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ベネズエラ 米国の軍事侵略に対する中南米地域の反応

前回の記事で載せられなかった中南米地域の反応についてまとめておきます。

①コロンビア

「コロンビア共和国政府は、ベネズエラ・ボリバル共和国でここ数時間の間に記録された爆発と異常な航空活動の報告、およびそれに伴う同地域の緊張の高まりを深い懸念をもって注視している」とコロンビアのグスタボ・ペトロ大統領は、攻撃があった直後にSNSに投稿しました。

さらに以下のようにコメントしました。

「コロンビアは地域の平和維持を志向する立場をとっており、緊張緩和を緊急に呼びかけるとともに、関係各国に対し、対立を深める行動を控え、対話と外交ルートを優先するよう求める。」

「コロンビア政府は、状況を悪化させたり、民間人を危険にさらす恐れのある、いかなる一方的な軍事行動も拒否する。」

「コロンビア共和国は、いかなる形態の武力衝突よりも、平和、国際法の尊重、生命と人間の尊厳の保護が優先されなければならないという信念を改めて表明する。」

②キューバ

キューバのミゲル・ディアス=カネル大統領は、「キューバは、これらの行為を国家テロ行為、平和地帯である『我らのアメリカ』に対する犯罪的攻撃、独立・尊厳・団結の象徴である国家の主権侵害、そして国際法に対する容認できない攻撃であると宣告し、非難する」と述べました。

またキューバ政府は声明の中で以下のように主張しました。

「これは、モンロー主義に根ざした『我らのアメリカ』に対する米国の覇権主義的野望を復活させ、ベネズエラとその地域の天然資源への無制限のアクセスと支配権を獲得することを目的とした、支配を目的とした露骨な帝国主義的かつファシスト的な侵略行為である。また、ラテンアメリカ・カリブ海諸国の政府を脅迫し、従属させることも狙っている。」

「キューバ革命政府は、世界のすべての政府、議会、社会運動、国民に対し、ベネズエラに対する米国の軍事侵略を非難し、国際平和と安全を脅かし、世界、特にラテンアメリカとカリブ海地域において米国帝国主義による新たな支配原理を押し付けようとするこの国家テロ行為に立ち向かうことを呼びかける。」

③チリ

チリのガブリエル・ボリッチ大統領は、「ベネズエラの危機は暴力や外国の干渉ではなく、対話と多国間主義の支援を通じて解決されなければならない」こと、「チリは武力行使の禁止、不介入、国際紛争の平和的解決、国家の領土保全といった国際法の基本原則の遵守を再確認する」と訴えました。

④メキシコ

メキシコのクラウディア・シャインバウム大統領は、国連憲章第2条を引用し、「この組織の加盟国は、国際関係において、いかなる国の領土保全や政治的独立に対する武力による威嚇や武力の行使も、また、国際連合の目的と矛盾するいかなる他の方法による武力の行使も慎まなければならない」と述べました。

⑤ブラジル

ブラジルのルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァ大統領は、「ベネズエラ領内での爆撃と大統領の拘束は容認できない一線を越えている」とし、「これらの行為はベネズエラの主権に対する非常に重大な侮辱であり、国際社会全体にとってもう一つの極めて危険な前例となる」と発言しました。

また「国際法に著しく違反して諸国を攻撃することは、暴力、混乱、不安定の世界への第一歩である」とし、米国の行動は「ラテンアメリカとカリブ海諸国の政治への介入の最悪の瞬間を思い起こさせ、この地域の平和地帯としての維持を脅かすものだ」と述べています。

⑥アルゼンチン

これらの反応とは対照的に、トランプ大統領の同盟者であるアルゼンチンのハビエル・ミレイ大統領は、「自由は前進する。自由万歳」とXに投稿し、事実上米国の軍事侵攻を支持するコメントを発しました。

⑦スペイン、ブラジル、チリ、コロンビア、メキシコ、ウルグアイの6カ国による共同声明

4日、上記6か国が連名で米国のベネズエラへの軍事攻撃を非難する共同声明を発表しました。

1.我々は、ベネズエラ領土において一方的に行われた軍事行動に対し、深い懸念と非難を表明する。これらの行動は、国際法の基本原則、特に国連憲章に定められた武力行使及び武力による威嚇の禁止、並びに国家の主権及び領土保全の尊重に違反するものである。これらの行動は、平和と地域の安全保障にとって極めて危険な前例となり、民間人を危険にさらすものである。

2.ベネズエラ情勢は、外部からの干渉なしに、国際法に基づき、対話と交渉、そしてベネズエラ国民のあらゆる意思の尊重を通じた平和的手段のみによって解決されなければならないことを我々は改めて強調する。ベネズエラ国民主導の包摂的な政治プロセスのみが、人間の尊厳を尊重する民主的で持続可能な解決につながることを改めて確認する。

3.我々は、ラテンアメリカ・カリブ海地域が相互尊重、紛争の平和的解決、そして不介入の上に築かれた平和地帯であることを再確認するとともに、地域の安定を脅かすいかなる行動に対しても、政治的相違を超えた地域の結束を呼びかける。同様に、国連事務総長と関係する多国間機関の加盟国に対し、緊張緩和と地域平和の維持に貢献するために尽力するよう強く求める。

4.我々は、国際法に反し、地域の政治的、経済的、社会的安定を脅かす、天然資源や戦略的資源に対する政府による管理、運営、または外部からの不当な取得を企てるいかなる試みに対しても懸念を表明する。

最後に、ベネズエラ側の被害や政府の対応などについて触れておきます。

今回の攻撃による負傷者・死者についてですが、ベネズエラのウラジミール・パドリーノ・ロペス国防相が、マドゥーロ大統領を警護していたボディーガードの大半が米軍によって「殺害された」ことを報告していますが、それ以外の詳細は明らかにされていません。

これとは別にキューバ政府が、ベネズエラ側の要請に従って協力・防衛任務を遂行していた「キューバ人32名が戦闘中に命を落とした」ことを明らかにしています。

次にベネズエラ政府の動きですが、マドゥーロ大統領に代わり、大統領代行を担うことになったデルシー・ロドリゲス氏が初めての閣僚会議を行い、その後、以下の内容の「ベネズエラから世界と米国へのメッセージ」を公表しました。

ベネズエラは平和と平和的共存をその使命としていることを再確認する。我が国は、尊重と国際協力の環境下で、外部からの脅威を受けることなく生きることを望んでいる。全世界の平和は、第一に各国の平和を保障することによって築かれると信じている。

我々は、米国とベネズエラ、そしてベネズエラと地域諸国との間で、主権の平等と不干渉に基づき、バランスのとれた敬意ある国際関係を築くことを最優先事項と考えている。これらの原則は、我々が世界各国と外交を行う上での指針となってきた。

我々は米国政府に対し、国際法の枠組みの中で共通の発展を目指し、永続的なコミュニティの共存を強化するための協力計画に共同で取り組むよう呼びかける。

ドナルド・トランプ大統領:我が国民と我々の地域は、戦争ではなく平和と対話に値する。これはニコラス・マドゥーロ大統領が常に説いてきたことであり、今、すべてのベネズエラ国民が呼びかけていることでもある。これこそが私が信じるベネズエラであり、私が人生を捧げてきたベネズエラである。私の夢は、ベネズエラが、善意あるすべてのベネズエラ国民が共に集える偉大な国になることである。

ベネズエラには平和、発展、主権、そして未来への権利がある。

デルシー・ロドリゲス、ベネズエラ・ボリバル共和国大統領代理

5日、国会においてロドリゲス氏は暫定大統領に就任するための宣誓式を行いました。

2026年1月6日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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ベネズエラ 米国の軍事侵略と民主主義の危機

1月2日夜から1月3日早朝にかけて、ベネズエラに対する米軍の軍事侵攻「断固たる決意作戦(Operation Absolute Resolve)」が実行されました。その過程でニコラス・マドゥーロ大統領とシリア・フローレス夫人が身柄を拘束(逮捕)され、訴追されるためニューヨークに移送されました。

中南米の多くの国が今回の米国の行動をベネズエラの主権侵害、侵略行為として非難する声明を出しています。また米国内を含めた世界各地でも米国による軍事侵攻と主権侵害に抗議する行動が起こっています。

1月2日深夜から3日早朝の軍事作戦の概要とその後の事態について、現時点(1月4日午後)までに報道されていることを中心にまとめてみます。

(1)1月2日深夜から始まったベネズエラへの軍事侵攻

ベネズエラ当局によると、米軍による攻撃は首都カラカスと近隣のアラグア州、ミランダ州、ラ・グアイラ州で行われました。攻撃を受けた対象には、ラ・カルロタ空軍基地(カラカス)、ラ・グアイラ港、フェルテ・ティウナ(軍事施設)、エル・ボルカン・アンテナ施設、イグエロテ空港などが含まれていたことが確認されています。攻撃に伴い、カラカスのいくつかの地域では停電が発生している旨が報告されています。今回の作戦は数か月前から準備されていたことが確認されています。

米統合参謀本部のダン・ケイン議長の説明によると、作戦はベネズエラの防空システムに対する攻撃から始まり、航空機約150機が参加したとのことです。マドゥーロ大統領の逮捕には陸軍のデルタフォースと第160特殊作戦航空連隊(通称「ナイトウォーカーズ」)が参加、現地時間の午前2時頃に大統領のいる施設に侵入し、作戦全体は約2時間20分を要したとのことです。

トランプ大統領は、この任務で米軍関係者の死者は出ていないと主張しましたが、一部負傷兵が出たとの報道もあり、現時点では米軍側の負傷あるいは死者の数は不明です。一方ベネズエラ側では、民間人を含めて少なくとも40人が死亡したとニューヨーク・タイムズが伝えています。

拘束されたマドゥーロ大統領夫妻は、ヘリコプターでカリブ海に展開する米軍の強襲揚陸艦「イオー・ジマ」に移送されました(その後、船内で撮影されたとされるマドゥーロ大統領の写真が公表)。身柄はニューヨークに移送され、マンハッタンの連邦裁判所で起訴されました。米国のパム・ボンディ司法長官は、容疑は「麻薬テロの陰謀とコカイン密輸の陰謀」などと説明しています(シリア・フローレス夫人もコカインの密輸共謀などで起訴)。

トランプ大統領は、3日に記者会見を開いて、今回の軍事作戦についての説明を行いました。その中で、そのような事態は起こりそうにないとしながらも、必要と判断すればベネズエラに対してさらに大規模な第2次攻撃を仕掛ける用意がある考えを明らかにしています。

その一方で今後のベネズエラについては「安全かつ適切で賢明な政権移行」が行われるまで米国がベネズエラを「統治する」と述べましたが、その具体的な期限や移行のやり方については説明していません。

また、昨年ノーベル平和賞を受賞したマリア・コリーナ・マチャド氏に対しては、「国内で支持も尊敬も得ていない」として、「リーダーになるのは非常に難しいだろう」と否定的な見解を示しています。

さらにベネズエラの原油資源については、米国企業が運営を引き継ぐことを望んでいる旨を公言しました。ベネズエラのエネルギー産業のインフラ再建に米国企業が資金を出すことで、石油生産の収益性が回復するようになると述べています。

「我々は国を適切に統治するつもりだ。優れた判断力と公正なやり方で統治されるだろう。そして、多くの利益も得られるだろう」とトランプ大統領は、米国資本による植民地主義的な野心を明らかにしています。

今回の行動については、1989年12月に中米パナマで行われた軍事侵攻との類似が指摘されています。このときパナマの軍事独裁体制の統治者であったマヌエル・ノリエガ将軍が、米国への麻薬密輸容疑で米海軍特殊部隊「SEALS(シールズ)」によって身柄を拘束され(本人が投降)、米国内で裁判にかけられました。身柄が拘束された日付が今回と同じ1月3日でした。ノリエガ氏は米国内で40年の懲役を言い渡されましたが、その後減刑され、米国で17年服役しました(2017年死亡)。

(2)ベネズエラ政府の対応

今回の軍事侵攻が始まった際、マドゥーロ大統領は、ベネズエラ全土に非常事態を宣言する文書に署名し、すべてのベネズエラ国民に対し、結集し、米国による攻撃に対抗するよう呼びかけました。また拘束される前の最新のインタビューの中で、マドゥーロ大統領は米国がベネズエラの石油と鉱物資源のすべてを欲していると述べていました。

当初デルシー・ロドリゲス副大統領が「マドゥーロ大統領と大統領夫人の生存証明」を求めました。国営テレビを通じて「我々は国際法の尊重を要求し、我が国民に対するこのような残虐な侵略行為を非難する」とのメッセージを出しました。

にもかかわらず、トランプ大統領は先の記者会見の中で、マルコ・ルビオ国務長官がベネズエラのロドリゲス副大統領と会談して、ベネズエラの再建に必要なことを行う用意があることについて確約したと発言しました。

こうしたトランプ大統領の発言があったのちも、ロドリゲス副大統領は、ベネズエラ人は「諦めず、屈服せず、古代の帝国であろうと、新しい帝国であろうと、衰退している帝国であろうと、誰の植民地にもならない国民である」と主張し、あくまでも抵抗する意思を示しました。

ベネズエラの最高裁判所は、3日夜、マドゥーロ大統領不在の間、ロドリゲス副大統領が大統領代行を務めるべきとの判断を下しています。

最後に、1月3日付で公表されたベネズエラ政府の声明の抜粋をあげておきます。

ベネズエラ政府の声明(2026年1月3日)

「ベネズエラ・ボリバル共和国は、現在のアメリカ合衆国政府が、共和国の首都カラカス、およびミランダ州、アラグア州、ラ・グアイラ州の民間および軍事施設において、ベネズエラの領土と国民に対して行った極めて重大な軍事攻撃を、国際社会に対して拒否し、非難し、告発する。この行為は、主権の尊重、国家の法的平等、武力行使の禁止を規定した国連憲章、特にその第1条および第2条に対する明らかな違反である。このような侵略は、国際的な平和と安定、特にラテンアメリカおよびカリブ海地域の平和と安全を脅かし、何百万人もの人々の生命を深刻な危機にさらしている。」

「この攻撃の目的は、ベネズエラの戦略的資源、特に石油や鉱物を奪い、武力によって国家の政治的独立を破壊することにある。しかし、彼らは成功しないだろう。(中略)ファシスト的な寡頭政治と結託して、共和制政府を破壊し、政権交代を強制しようとする植民地戦争の試みは、これまでのすべての試みと同様に失敗に終わるだろう。」

「ボリバル政府は、国内のあらゆる社会的・政治的勢力に対し、動員計画を発動し、この帝国主義的攻撃を非難するよう呼びかける。」

「我々は、ラテンアメリカ、カリブ海地域、そして世界中の国民と政府に対し、この帝国主義的侵略に対抗して積極的な連帯行動を起こすよう呼びかける。」

今回の米軍による一方的な軍事侵攻とベネズエラに対する主権侵害行為は到底許されるものではなく、これを強く非難します。事態がどのように推移するかも含めて今後とも状況を注視していきたいと思います。今回の行動に対する各国政府(主に中南米地域)の対応については、回を改めてまとめてみます。

2026年1月4日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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チリ 右派大統領の誕生 「右傾化」が進む南米

12月14日、大統領選挙の決選投票が行われ、1回目の投票で2位だった右派のホセ・アントニオ・カスト氏が、左派のジャネット・ハラ氏を破って当選を果たしました。

※11月に行われた1回目の投票については前回(11月29日)配信の記事(チリ 11月大統領選挙の結果)をお読みください。

(1)決戦投票の結果

最終的な結果は以下のとおり。

ホセ・アントニオ・カスト 得票数(7,254,850) 得票率(58.16%)
ジャネット・ハラ     得票数(5,218,444) 得票率(41.84%)

投票率85.06% 白票165,355(1.23%) 無効票783,001(5.83%)

この結果、現在のガブリエル・ボリッチ大統領率いる左派政権から右派政権へと政権交代が行われることになります(新しい大統領の任期は2026年3月11日から2030年3月11日までの4年)。

チリでは大統領の連続再選が認められていないこともあり、近年は大統領の任期ごとに左派と右派が交互に大統領の地位を占めてきました(ボリッチ大統領の前は、2006年から左派のミシェル・バチェレ氏と右派のセバスティアン・ピニェラ氏が交互にそれぞれ2回大統領に就任)。

今回、両者の得票率の差は16.32ポイントであり、大きく差をつけられました。またチリの全ての地域でカスト氏の得票率がハラ氏を上回っており、得票数でも「過去最高」を記録しました。

※「得票数」の多さについては、登録選挙人(有権者)の人数が増えていること、また以前(任意投票制)と違って、今回初めて「義務投票制」(法律上投票が義務付けられている)の下での選挙になったことが影響している部分があることも指摘されています。

前回2021年の大統領選の登録選挙人の数は15,030,973人で、今回は15,779,102人。前回の投票率ですが、この時も決選投票となり、任意投票制の下で55.64%でした。今回の投票率とかなり差があることがわかります。

事前の選挙予想でもカスト氏が「勝つ」と見込まれていましたので、この結果に「驚きはなかった」と言われています。

(2)カスト氏が勝利した要因

3度目の挑戦でカスト氏が勝つことができた要因はどこにあったのか、BBCの記事などを参考にまとめてみたいと思います。

勝因の1つとされているのが、多くの国民が抱いている「恐れ」「不安」の感情に強く訴えたことです。それは「組織犯罪」と「不法移民」に対する「恐れ」です。しかもこの2つは関連したものと考えられています。つまり、流入する「不法移民」が「組織的に犯罪行為」を行っている、そのため社会の治安や平穏が脅かされているという考えです。

事実、カスト氏が提案する政策も「犯罪組織の摘発の徹底」や「不法移民対策の強化」など、この点にクローズアップしたものとなっています。例えば、30万人と言われる「不法移民」の国外追放などです。

カスト氏は勝利した直後の演説の中で、「恐れを抱くことなく生きるという希望が勝利した」と述べ、自らが掲げる「変革の道が支持された」ことを強調しました。

その上で、「安全がなければ平和はない、平和がなければ民主主義はない。民主主義がなければ自由はない。そしてチリは再び犯罪、苦悩、恐怖から解放されるだろう」と訴えました。

その一方で、「ここには魔法のような解決策はない」「一日ですべては変わらない」、「我々に奇跡を求めるのではなく、エネルギーを求めてください」と述べて、結果が出るには時間がかかることを強調しています。

さらに、左派と右派という分断の克服と協調を呼びかけるとともに、自らを「すべての人の大統領」として押し出しています。

勝因の2つ目として指摘されているのは、これまでは「極右」のイメージが強かったのに対して、今回は「穏健派」に徹したことが「中道」的な立場の人々からの支持を得ることに成功したという点です。

とくに決選投票にあたっては、リベラル寄りの右派や中道的な立場を意識したメッセージを発することで、1回目の投票で3位につけた「中道」のパリシ氏を支持した票や、中道左派連合の右派寄りの票のそれぞれ一部を獲得したと評価されており、これらが「大勝」に結びついたと分析されています。

例えば、中道左派連合内のキリスト教民主党に属していたエドゥアルド・フレイ元大統領が、決選投票を前にしてカスト氏と会談しています(但し、フレイ氏はカスト氏への明白な支持は表明しなかったとされています)。

前回ボリッチ大統領に敗れた2021年の選挙の時には、カスト氏は保守的なカトリック教徒として、性的マイノリティの権利や中絶の権利に対して否定的な考えを示すとともに、独裁者であったピノチェトを称賛する旨を公言していました。

それに対して、今回の選挙戦では、そうしたテーマについては、チリの国民にとっての優先事項ではないと回避して、専ら先に挙げたテーマ(治安回復など)について取り上げることで「極右」というイメージを薄めようとしていました。

今回の選挙で「極右」的な役回りを演じたのが、国民自由党のヨハネス・カイザー候補でした(1回目の投票では第4位)。カイザー氏は、ピノチェト軍事政権下で人権侵害を行った人物の恩赦を提案していました。

結果的に決戦投票はカスト氏の「圧勝」となったわけですが、これがそのままカスト氏への全面的な支持につながっているかについては疑問視する向きもあります。

というのも、1回目の時のカスト氏の得票率は23.92%でしたが、これは前回(2021年)の時の1回目の得票率だった27.91 %を下回っているからです(2021年は7名で争われました)。先に見たように登録選挙人数と投票率が上がっているにもかかわらず、カスト氏自身への支持が増えているとは単純に言えないと見られています。

(3)「右傾化」が進む南米地域

カスト氏の勝利に対して海外からは、アルゼンチンのハビエル・ミレイ大統領が「中南米の自由を守る一歩」と祝意を表明し、米国のマルコ・ルビオ国務長官が、チリと治安改善や貿易促進での協力を期待する旨の声明を発表しました。

※アルゼンチンでは10月26日に上下院議会の「中間選挙」が行われ、「苦戦」という事前の評価とはうらはらに、上下院ともミレイ大統領率いる与党連合が40%以上の得票率を獲得して勝利しました。

早速、カスト氏は16日(火)、アルゼンチンのブエノスアイレスでミレイ大統領と会談しました。今後の両国関係について「かつてないほど良好な関係を築いていくだろう」と報道陣に語りました。また、「独裁政権を終わらせるあらゆる状況」を支持すると述べて、ベネズエラへの米国の介入に対する賛同を表明しました。

その一方で、コロンビアのグスタボ・ペトロ大統領は、カスト氏が勝利した後、SNSで「ファシズムが進んでいる」とカスト氏を批判するコメントを発しています。

また、敗れたハラ氏はSNSを通じて「民主主義は力強く、そして明確に語りかけた。私は今、次期大統領のカスト氏と話をして、チリの利益のために彼の成功を望んでいることを伝えました」とコメントしました。

2019年秋の大規模な社会運動から生まれた左派のボリッチ政権でしたが、ピノチェト独裁時代の影響が残る憲法を改正しようという試みが2度に渡って失敗したことで、顕著な成果を残すことができなかったと言えます。今回の敗北から何を学び、中道派を含めた左派勢力の立て直しを図っていくのかが問われています。

さらに、来年はコロンビアとブラジル、ペルーで大統領選挙が行われます。南米地域でより一層の右傾化に拍車がかかるのか、それを押し留めるのかが注目されます。また現在の米国トランプ政権によるベネズエラへの戦争挑発の動きがどう展開されていくのか、戦争反対の意思を示しつつ、事態を注視していきたいと思います。

2025年12月19日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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チリ 11月大統領選挙の結果

11月16日(日)、南米チリで次期大統領選挙と国会(上下院)議員選挙が行われました。その結果についてまとめてみます。

(1)大統領選の結果

大統領選挙は8名の候補者で争われました。結果(数字は得票率)は以下のとおりです。

①ジャネット・ハラ候補(共産党)26.85%
②ホセ・アントニオ・カスト候補(共和党)23.92%
③フランコ・パリシ候補(人民党) 19.71%
④ヨハネス・カイザー候補(国民自由党)13.94%
⑤エヴリン・マテイ候補(独立民主同盟)12.46%
⑥ハロルド・メイネ-ニコルズ候補(無所属)1.26%
⑦マルコ・エンリケス-オミナミ候補(無所属)1.20%
⑧エドゥアルド・アントニオ・マルテス候補(無所属)0.66%

白票:1.06% 無効票:2.68%  投票率:85.26%(チリは義務投票制)
※チリの大統領は再選を認めておらず一期のみ。次の任期は2026年3月11日から2030年6月11日までの4年間。

いずれの候補者も過半数に届かなかったため、上位2名による決戦投票が12月14日(日)に行われることになりました。

現在の与党であるボリッチ政権を含めた中道左派勢力は早くから候補者を共産党のハラ氏に一本化し(6月29日)、選挙直前の世論調査でもトップに立っていました。

一方、カスト氏に代表される右派勢力からは、3名(カスト氏、カイザー氏、マテイ氏)が立候補しました。その中でカスト氏が「勝利」(全体では2位)したことで、12月の決戦投票は左派のハラ氏と右派のカスト氏の一騎打ちとなります。

12月の決戦投票に向けては、多くのメディアが、カスト氏「有利」・ハラ氏「苦戦」と報じています。というのも、今回の投票での他の右派候補(4位のカイザー氏と5位のマテイ氏)の得票率の合計が26.4%で、これをそのままカスト氏の得票率と合計すると50.32%の過半数となるからです。

そこでカギと見られているのが、今回3位につけたハリシ氏を支持した票の行方です。仮にハリシ氏の得票率19.71%がそのままハラ氏の得票率に上乗せされたとしても46.56%で過半数には届きません。当初からハラ陣営は1回目の投票で30%台の得票率を目標にしていましたが、思ったようには支持が伸びませんでした。

上記のことはあくまでも単純な計算上のことであり、12月14日までの限られた時間の中で両陣営、とくにハラ候補がどのような訴えをして有権者の支持を獲得していくのかが注目されます。

ハラ氏は、今回の結果を受けて、「わが国には未来があり、それは子どもたちの中にあります」と述べました。「民主主義は守られ、尊重されなければなりません。私たちは民主主義を取り戻すのに多くの犠牲を払ったにもかかわらず、今、民主主義は危険にさらされています」と呼びかけました。

他方、カスト氏は「チリの利益のため、そして私たちが直面している危機を乗り越えるためには、団結が不可欠です。チリという大義のために、私たちは団結しなければなりません」と訴えました。こう訴えるカスト氏の傍には5位のマテイ氏の姿があり、4位のカイザー氏もカスト氏への支持を表明しました。

カスト氏本人は「3度目の正直」と語っています(今回が3度目の挑戦。前回はボリッチ現大統領に敗れた)。今回の選挙でカスト氏が掲げている政策は、米国のトランプ大統領の政策と同じように、「不法移民」対策と称した国境取り締まりの強化や、組織犯罪に強硬な対応を取ることなどを提案しています。

カスト氏は、弁護士出身で保守的なカトリックと言われています。「極右」と言われることには否定的な態度を示していますが、過去には、軍事独裁を敷いたアウグスト・ピノチェト氏を支持する発言をするなど、物議を醸してきました。

他方、事前の予想を上回って全体の3位につけたパリシ氏は「街頭で支持(票)を獲得せよ」と、ハラ氏にもカスト氏にも呼びかけて、どちらの候補に対しても支持を表明しませんでした。中道右派と言われるパリシ氏は、それぞれの候補を「極左」と「極右」と規定して、「イデオロギー」よりも「国民」を優先するよう訴えました。

自らを既存勢力の「アウトサイダー」として押し出し、左派も右派も国民を利用してきた、その悪弊を終わらせるというのがパリシ氏が演説で強調している点です。選挙戦では自らを、「怒り」を持った中間層の代表と位置づけてきました(※パリシ氏は、経済学者として米国の大学で教鞭をとってきました。大統領選への出馬はカスト氏と同じく3度目)。

パリシ氏の3位「躍進」は、こうした訴えが一定の支持を得たことの表れです。あとで見るように、下院議会ではパリシ氏の率いる「人民党」が14議席を獲得したことで「キャスティング・ボード」を握っていると見られています。

カスト氏が「有利」な中、ボリッチ現政権を支えてきた左派勢力がハラ氏のもとで引き続き政権を継承し維持できるかどうかの岐路に立っていると言えます。

(2)国会(上下院)議員選挙の結果

続いて、政党連合別(現在の与野党)の国会議員選挙の結果は以下のとおりです。

▪下院(改選:全155議席)

与党(左派)
①「チリのための統一」(Unidad por Chile:共産党・社会党・拡大戦線など7政党)(61議席)
②「緑、地域主義、人道主義」(Verdes, Regionalistas y Humanistas:緑の地域主義・社会連盟)(3議席)
③「無所属」(現与党支持)(1議席)

野党(右派)
①「偉大で統一したチリ」(Chile Grande y Unido:独立民主同盟・民主党など4政党)(34議席)
②「チリのための変革」(Cambio por Chile:共和党・国民自由党など3政党)(42議席)

※「人民党」(14議席):現時点で議決の際に野党に加わるか不明

▪上院(改選23議席 全50議席)

与党(左派)
①「チリのための統一」(Unidad por Chile)(改選11+非改選9 計20議席)
②「緑、地域主義、人道主義」(Verdes, Regionalistas y Humanistas)(改選1+非改選2 計3議席)
「無所属」(現与党支持)(改選0+非改選2 計2議席)

野党(右派)
①「偉大な団結したチリ」(Chile Grande y Unido)(改選5+非改選13 計18議席)
②「チリのための変革」(Cambio por Chile)(改選6+非改選1 計7議席)

人民党は獲得議席0

※( )内は獲得議席数

この結果、下院では野党の右派勢力は合計76議席を獲得しましたが、過半数の78議席には2議席及びませんでした。しかし態度を明確にしていない人民党の対応如何では右派が過半数を制することになります。

上院では、改選・非改選を合わせて右派勢力が25議席を獲得、一方、与党支持と見られている無所属を含めた左派勢力も25議席となり、同数で拮抗する結果となりました。

(3)大統領選挙での大きな争点

再び大統領選にもどって、今回の大統領選挙の争点の一つが、犯罪の増加による治安対策と急増する移民への対応と言われてきました。とくに組織犯罪の増加への対応が有権者の大きな関心事となっています。

移民の増加については、国立統計局(INE)のデータによっても近年急増していることが明らかになっています(2024年の調査では160万人超、人口比約8.8%、2017年~24年の間で倍増)。来ている国で多いのはベネズエラ(全体の41.6%)で、続いてペルー(14.5%)、コロンビア(12.3%)となっています。

この移民の急増に関して多くの人が「不安」を抱くようになっていることが世論調査でも顕著となっています。公共研究センター(CEP)の調査では、自分の地域に外国人がいることについて「非常に心配している」と答えた人の割合が約44%、「ある程度心配」が約22%、「ほとんど、あるいは、まったく心配していない」が約34%となっています。

そして、移民と犯罪の増加との関連についてですが、移民の増加が犯罪率を高めている(国内の治安が悪化している)と考える国民の割合が増えています。チリのカトリック大学が行った調査(2023年)では、犯罪増加の原因は移民にあると考えている人が9割にも達しています。

しかし、統計上の分析ではその関連性が薄い(移民が増えていても、外国人の犯罪がとりわけ増えているわけではない)ことが指摘されています。

但し、外国人の犯罪種別で多いのが薬物関連の犯罪(麻薬密売)、組織犯罪(強盗)であることや、殺人事件でも犯人が外国人だった場合にメディアの報道が頻繁に行われていることなどにより、人々の認識がそのように(移民が増えたことで外国人による犯罪が増えたと認識)作用しているのではないかと分析されています。

(4)決戦投票に臨むハラ候補の経歴

先にも少し触れましたが、右派で反リベラルと見られているカスト氏に対して、ハラ氏は自らを「民主主義の守護者」としての立場をより積極的に打ち出す必要があると見られています。

ハラ氏が共産党員であることから、共産党に対する抵抗感を持たれている側面のほかに、現与党の左派連合からの候補でもあることで、国民が関心を持っている治安や移民問題に対する現政権の対応が不十分であると考えている有権者からの支持を得られていないという面があります。

つまり決戦投票に臨むにあたって、国内治安への人々の不安や移民の増加といった問題に十分な関心を示すことで、ハラ氏が現政権に批判的な立場をとる有権者の間でどれだけ支持をのばすことができるのかが勝負の分かれ目と見られています。

ハラ氏(51歳)は、首都州サンティアゴ北部の低所得地域である旧コンチャリ(現在はインデペンデンシア)の出身で、父親が工場の機械工で労働組合の活動家、母親が主婦で、5人きょうだいの長女として育ちました。きょうだいの中で大学に進学したのは彼女だけだったとのことです(大学では行政学と法学を学び、学費は働いて賄っていた)。

1989年(10代半ば)にチリ共産主義青年団に参加し、チリ共産党には1990年に入党し活動しています(ピノチェト独裁から民政移管の時期)。職業上のキャリアとしては、行政官と弁護士になっています。政治家としては、第2期ミシェル・バチェレ政権(2014~2018年)時に社会保障次官に就任し、現在のボリッチ政権では労働・社会保障大臣を務め(2022年3月から2025年4月まで)、労働時間の短縮や最低賃金の引き上げ、年金改革などに尽力してきました。

来月半ばの決戦投票によって、2030年に向けてのチリの政治と社会の方向性が決せられることになります。引き続き状況を注視していきたいと思います。

2025年11月29日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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コロンビア 米国による圧力強化と深まる対立

今年9月以降、カリブ海で「麻薬密輸船」との疑いのある船舶に対する米軍の軍事攻撃が断続的に続いています。BBCの報道(10月24日)によると、米軍による武力攻撃はすでに10回を数えており、その範囲もカリブ海から太平洋へと拡大させています(7回目までと10回目はカリブ海域での行動)。

10月24日に報じられた10回目の武力攻撃では、6名が死亡しました。これにより一連の武力攻撃による死者の数は少なくとも43人と伝えられています。さらに、ヘグセス国防長官が、原子力空母「ジェラルド・フォード」を中心とする空母打撃群を地中海からラテンアメリカ海域に移動するよう命じたことも報じられています。

10月21日から22日にかけて太平洋沖で行われた8回目と9回目の武力攻撃ではそれぞれ2名と3名が死亡した一方で、米軍からは1人も負傷者が出なかったことがヘグセス国防長官から明らかにされました。同長官によると、米国の情報機関は船舶が違法な麻薬密売に関与していたことを認識していたと述べています。

しかしながらメディアの報道によると、これまでのところ、米国当局は攻撃で死亡した人々の身元や、その者たちが所属しているとされる麻薬密売組織についての詳細をほどんど明らかにしていません。

そうした中、10月16日に行われた軍事行動では、攻撃を受けた船舶の乗組員4名のうち2名が生存していたことが明らかになりました(乗組員全員が死亡しなかったのはこれが初めて)。この生存者2名(エクアドル人とコロンビア人)は米海軍に一時的に拘束されたのち、それぞれの国に送還されました(※この経緯については専門家から疑問の声が上がっています)。

この攻撃について、トランプ大統領は自身のSNSで「もしこの潜水艦(※攻撃された船舶のこと)の接岸を許せば、少なくとも2万5000人の米国人が死亡することになるだろう」と、裏付けとなる根拠を示すこともなく述べています。

この2名はそれぞれ身元が特定されていますが、コロンビア人に関しては、「脳損傷」を負っており重体であることが、同国のベネデッティ内務大臣のXで報告されました。この人物について同内務大臣は「麻薬密売の罪で起訴されることになる」と述べています(10月19日)。もう1人のエクアドル人に関しては、係争中も含めて犯罪行為を犯したことを示す証拠がないため釈放されたと報道されています(10月20日)。

この2か月近くで10度に及ぶ武力攻撃を一方的に行っている米国政府ですが、トランプ大統領はこの軍事行動について、国際水域で違法な麻薬組織を攻撃する法的権限があると主張しています。報道によると、トランプ政権の基本的見解は、米国と麻薬組織は「紛争状態」にあり、この密輸組織の構成員を「違法戦闘員」に認定しているというものです。その一方で、陸上での作戦に関しては議会の承認を求める可能性があることをトランプ大統領は示唆しています。

ヘグセス長官は、22日に行った8回目と9回目の武力攻撃についての説明の中で、麻薬組織を「麻薬テロリスト」と呼び、攻撃された船舶は「外国テロ組織(FTO)によって運用され、東太平洋で麻薬密売を行っていた」と述べています。さらに、「アルカイダがわが国に戦争を仕掛けたように、これらのカルテルはわが国境と国民に戦争を仕掛けている」として、9.11を主導した「アルカイダ」に例えています。

しかし法律の専門家からは当然、「麻薬密売人」を司法審査なしに即刻殺害できる「違法戦闘員」として扱うことができるのかという根本的な疑義が出されています。

同じく民主党・共和党議員からも、一連の攻撃についての合法性と大統領の命令権限について懸念する声が上がっています。具体的には、9月10日、民主党上院議員25人が、「乗船者や積荷が米国に脅威を与えたという証拠もないまま」船舶を攻撃したという内容の書簡をホワイトハウスに送ったこと、共和党のランド・ポール上院議員が、このような攻撃には議会の承認が必要だと主張したことが報じられています。

一連の軍事作戦は、トランプ大統領が「ラテンアメリカの麻薬組織」対策のために軍事力の使用を開始する命令に秘密裏に署名したところから始まっています(8月8日の報道)。米国政府は、ベネズエラの高官(マドゥーロ大統領を含む)が、ベネズエラの麻薬組織「カルテル・デ・ロス・ソレス」、犯罪組織「トレン・デ・アラグア」などを率いて米国への麻薬密輸を仲介していると断じています(当然、ベネズエラ政府はこれを否定)。トランプ大統領は、マドゥーロ大統領を「世界最大の麻薬密売人の1人」と非難しており、マドゥーロ大統領逮捕につながる情報提供に対する懸賞金までかけています。※米国政府は、両組織を「外国テロ組織(FTO)」に指定。

8月以降に展開された米軍は、イージス艦(駆逐艦)、ミサイル巡洋艦、原子力潜水艦、強襲揚陸艦などの艦艇8隻と、F35戦闘機10機、約4500名の兵員(うち海兵隊員2200名)という大掛かりなものでした。これには20年以上使われていなかったプエルト・リコの海軍基地が作戦拠点として使われています。

そして最初の武力攻撃が行われたのが9月2日、快速艇を無人機で撃沈し、乗員11名が死亡しました。

この件に関して、米国政府は撃沈の映像のほかには具体的証拠を示しませんでした。これに対しては米国内でも大統領に「麻薬密売容疑者」を殺害する権限は認められていないとする声が上がりました(「外国テロ組織」に指定されたとしても、自動的に殺害できる力の行使は認められてはいません)。また国際法の専門家からは国際海洋法や国際人道法違反の可能性を指摘されています(米国は国連海洋法条約には署名していませんが、米国政府は国際法を遵守してきたと主張)。

なぜトランプ政権はこのような武力攻撃を繰り返し行っているのでしょうか? ベネズエラのマドゥーロ政権への圧力を強め、政権転覆を謀ろうとする意図が働いているというのが一般的な見立てです。そのための口実が「麻薬密輸」の取り締まりです。これは、トランプ政権に限らず、歴史的に米国政府が行ってきた中南米諸国の内政に介入するための常套手段とも言えるものです(1989年のパナマ侵攻によるノリエガ将軍逮捕・米国への連行が有名。この時も麻薬の大量密輸の罪で裁かれました)。

10月15日、トランプ大統領は、米中央情報局(CIA)にベネズエラ国内での秘密作戦の実行を許可したとの報道を認めました。さらにベネズエラ領土への攻撃を検討しているとも発言しています。

米国の軍事行動の主要なターゲットがベネズエラ(マドゥーロ政権)であるのはこれまで見たとおりですが、現在では、ベネズエラに限らず、隣国コロンビアのペトロ政権に対する圧力を強めています。それはペトロ大統領がトランプ大統領に対する批判を繰り返し行っているからであり、広くは中南米の左派政権に対する揺さぶりであるとも言えます。以下、コロンビアとの関係についてまとめてみます。

9月2日、最初の軍事作戦が行われたあとで、ペトロ大統領は、ベネズエラへのいかなる攻撃もラテンアメリカとカリブ海諸国への攻撃に等しいと述べて米国政府を批判しました。

9月15日、米国政府は、コロンビアが麻薬密売対策の義務を「著しく怠った」として、麻薬取引対策パートナーとしての認定を取り消し、ベネズエラなどとともに「国際麻薬対策協定に基づく義務を順守できなかった国」に指定しました(但しこの時は同対策に基づくコロンビアへの軍事・経済援助は継続すると判断)。

9月23日、ペトロ大統領は国連総会で演説し、カリブ海における米国の軍事攻撃について米国が「麻薬密売撲滅」を口実にラテンアメリカにおける支配を強めていると非難し、トランプ大統領を含む米当局者に対する刑事訴訟を開始するよう訴えました(演説中、米国代表団は議場を退席)。

10月18日、ペトロ大統領が、9月16日にカリブ海で麻薬密売組織に対する米軍の軍事作戦が行われている最中、漁に出ていたコロンビア人の船が攻撃を受け、コロンビア人漁師1人が家に戻っていないと非難、「(その船は)おそらくコロンビアの海域にいたと思われる」として、米国政府がコロンビアの領海における主権を侵害したと批判しました。

※メディアの報道などでは、この「コロンビア人漁師」については過去に犯罪歴があったことが明らかにされていますが、これらの麻薬組織との関係など詳細は不明です。

翌19日、これに対してトランプ大統領はペトロ大統領を「違法な麻薬組織のリーダー」と呼んで非難し、麻薬生産を「止めるための措置を一切講じていない」として、コロンビアに対する補助金などの支援を打ち切ると表明しました(2024年に米国議会が認めたコロンビアへの対外援助は3億7750万ドル)。

10月21日に行われた武力攻撃はコロンビアの近海で実施されたと報じられています。

10月24日、米国政府が、ペトロ大統領、大統領夫人とその長男、ベネデッティ内務大臣らを麻薬密売に関与した疑いのある人物として制裁対象に指定しました。

このように、9月以降、米国とコロンビア両国政府の政治的対立により緊張関係が高まっています。その中でトランプ政権による一方的な軍事力の行使が、ラテンアメリカ・カリブ海地域の平和と安全を著しく損なうことになっていることは明らかだと思います。すぐにでもこうした軍事行動・戦争を挑発する行為をやめるべきです。

もちろん、麻薬密売対策が必要であるとしても、事の詳細を明らかにすることなく、また一切の司法プロセスを欠いた形で、強大な軍事力を行使することがこの問題を解決することにつながらないことは、これまでの両国の取り組みの歴史を見ても明らかだと言えます。

※この記事を作成するにあっては、BBCの配信記事、CNNの配信記事などを参照してまとめています。その他には、週刊金曜日(No.1537)「マドゥーロ政権打倒を目指す 麻薬組織中枢の制圧口実に」(伊高浩昭)、月刊「地平」(2025年11月号)「緊迫するベネズエラ トランプ政権による軍事挑発の背景」(新藤道弘)を参照しました。

2025年10月27日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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