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ボリビア 大統領選・決選投票の結果

10月19日(日曜)、大統領選の決選投票が行われ、8月17日の1回目投票で第1位だった中道派のロドリゴ・パス候補がホルヘ・キロガ候補を破って当選しました。新しく選出された正副大統領は11月8日に就任式を迎えます。

(以下の記事は、BBCの2025年10月20日付配信記事等を参照してまとめました。)

ボリビアの最高選挙裁判所(TSE)の報告(開票速報値)によると、

ロドリゴ・パス候補(キリスト教民主党) 得票数(335万6937票) 得票率(54.6%)
ホルヘ・キロガ候補(自由同盟)     得票数(279万0364票) 得票率(45.4%)

※投票率85%

全国9県のうち、得票率でパス候補が上回ったのが6県(北からコビハ、ラパス、コチャバンバ、オルーロ、スクレ、ポトシ:中部・西部の地域)でした。

この結果報告について、キロガ候補は、「(第1ラウンドと同じく)第2ラウンドでの集計作業を尊重します。ロドリゴ・パス氏を祝福します。心からお祝いを申し上げたい」とコメントし、自らの敗北を認めました。

選挙結果速報システム(SIREPRE)が約1時間停止していたことから、キロガ候補の支持者の一部から、選挙結果について「不正」があったのではないかという疑惑が表明されていましたが、キロガ候補の発言はこれを打ち消すものでした。

「ボリビアで初めて行われた歴史的な第2回目の投票で大統領に選出されたロドリゴ・パス・ペレイラ氏に祝意を表し、その政府の成功を切に願います」と、任期を迎えて退任するルイス・アルセ現大統領はX(旧ツイッター)で述べました。

1回目の投票結果については、このコーナー「ラテンアメリカの現在」の2025年8月29日付配信記事に書きましたが、今回の選挙の大きな争点の1つは、高止まりするインフレとマクロ経済の停滞をどう打開するかという点にあります。

この点について言うと、敗れたキロガ候補の考えは、「今のボリビアは破産している」と評価した上で、公共支出の大幅削減、燃料へのユニバーサルな補助金の削減(公共交通と社会的脆弱層に対象を絞る)、赤字国営企業の閉鎖または民営化、省庁の廃止などによる「抜本的な改革」の必要性を訴えていました。典型的な新自由主義的改革路線です。

それに対して、勝利したパス候補は「すべての人のための資本主義」をスローガンに掲げ、貧困層向けの社会保障制度を維持しながら民間部門の成長を促進するなど、より段階的なアプローチを取ろうとしています。そのポイントの1つは、ボリビア経済の多くを担っているインフォーマル部門で働く人々、とくに自営業者への対策と見られています。とは言え、燃料補助金の削減や公共支出の広範な削減(支出の合理化と中央と地方の財政配分の調整)という面ではキロガ候補と共通しています。

隣国アルゼンチンのハビエル・ミレイ大統領が実施してきたようなドラスティックな緊縮財政措置の導入を心配する向きもありましたが、パス候補はこれについては否定しています。

今回のパス氏の勝利は、1回目の投票で与党「社会主義運動」(MAS)に投票した都市部と農村部の票(主に下層階級)をうまく獲得することができたからと見られています。その上で、「支持」を引きつけたのが副大統領候補のエドマン・ララ氏の存在です。ララ氏は元警察官で、ソーシャルメディアで汚職スキャンダルを告発することで有名な「大衆受け」する人物です。こうした経歴が若者や労働者階級の有権者からの支持につながったと言われています。

「祖国を愛するすべての人たちと一緒に統治するために我々は手を広げている」とパス氏は、勝利した後の最初の演説で訴えました。そして約20年間続いた左派の「社会主義運動」(MAS)政権を批判する形で、「イデオロギーは我々を食べさせてくれない。我々を食べさせてくれるのは、労働の権利、法に基づく保障、私有財産の尊重、そして将来への確実性である」と述べました。

パス氏の政治信条は、基本的に中道右派の大統領(1989~1993年)であった、自身の父親であるハイメ・パス・サモラ氏を受け継いでいると言われています。

左派政権から中道派への政権交代が確実となった中で、経済面、外交面では米国との関係がポイントとなっています。マルコ・ルビオ米国務長官は、選挙結果を受けて、「米国は、ロドリゴ・パス氏がボリビアの次期大統領に選出されたことを祝福する。同じく、ボリビアにとって歴史的な瞬間にあるボリビア国民を祝福する」と述べました。

その上で、「米国は、不法移民の根絶、 二国間投資の市場アクセスの改善、地域の安全保障強化のための国際犯罪組織との闘いなど、共通の優先事項についてボリビアと協力する用意がある」と主張し、ボリビアとの関係を改善する意向を明らかにしています。

9月下旬、パス氏は燃料供給を確保するために米国との15億ドルの経済協力協定を結ぶ計画を発表するなど、米国からの経済的支援に期待を寄せています。そこにはアルゼンチンと同じく、南米大陸への影響を強めるための足場を確保したい米国側の思惑も透けて見えます。

大統領選に勝利したとは言え、8月に行われた総選挙の結果を受けた国会(上下院)の議席構成を見ると、パス氏の所属するキリスト教民主党は両院とも単独過半数に届いていません(上院では16議席、総数36。下院では49議席、総数130)。

議会運営においては、敗れたキロガ氏の自由同盟との連携が欠かせないことになります(自由同盟は、上院では12議席、下院では39議席)。どこまで政策上の独自性を打ち出せるか、また政策をどこまで実行できるかについては今後の話し合いによると見られています。

主要な労働組合であるボリビア労働総連(COB)は、同組合がこれまで達成してきた社会的、経済的成果に対するいかなる脅威にも反対すると警告した上で、新政権に対して、街頭での抗議行動の影響を回避するための政治的手腕が必要となるだろうと強調しています。

2025年10月26日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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アルゼンチン 州議会選挙での与党の敗北

9月7日(日曜)、国内最大の選挙区であるブエノスアイレス州の州議会選挙が行われ、ハビエル・ミレイ大統領率いる与党「自由前進」は、正義党(ペロン主義)系野党に敗北を喫しました。今回の敗北は、ミレイ氏が大統領に就任して以来「最悪の敗北」とも評されています。

※州議会議員のほか、ブエノスアイレス州の各市議会議員と学校評議員も選出されました。

州議会選挙の結果については以下のとおりです。

ブエノスアイレス州議会選挙

改選議席 下院46(総数92のうち) 上院23(総数46のうち) 任期はいずれも4年

開票率98.96%で、

1位 フエルサ・パトリア(Fuerza Patoria):得票率47.28% 382万119票 

2位 自由前進(La Libertad Avanza):得票率33.71% 272万3710票

※以下の政党については省略

獲得議席数 フエルサ・パトリア:下院21 上院13 合計34

      自由前進:下院18 上院8  合計26

投票率は60.98%

▪「フエルサ・パトリア」:統一名簿で戦うことに成功した中道左派のペロン主義勢力の選挙連合の名称。

▪「自由前進」:「自由前進」と「Propuesta Republicana」(PRO:2015年から19年まで大統領だったマウリシオ・マクリが率いる中道右派政党)との選挙連合の名称。

両者の得票率の差は13ポイント超と予想以上に開きました。ブエノスアイレス州は全国の登録有権者数の40%近くを占めており、今回「フエルサ・パトリア」が同州8つの選挙区のうち6つで勝利しました。

ミレイ大統領は、選挙前には「キルチネル主義(ペロン主義左派)の棺桶に最後の釘を打ち込む」と豪語していましたが、結果は惨敗に終わりました。

※今回の選挙に先立ち今年5月に行われたブエノスアイレス市の市議会選挙では「自由前進」が勝利していました。

この結果に対して、ミレイ大統領は「政治的には、今日、我々は間違いなく明確に敗北を喫した」と述べるなど、早々に負けを認めました。にもかかわらず、「2023年に我々が大統領選挙で目指した方向性は変更されるどころか、むしろ強化されるだろう」と強気の姿勢を崩しませんでした。

今回の結果(与党の敗北)については、選挙前の各種世論調査でも示されていましたが、これほどの差がつくと政権側は予想していなかったと報じられており、政治的逆風が鮮明になっています。

今回の州議会選挙は、10月26日に国会議員選挙(中間選挙)が控えていることから、その「前哨戦」と見られていました。以下、与党が敗北し野党が勝利した主な要因は何だったのかについてまとめてみます。

(1)経済状況の停滞

まずは、経済状況の停滞と国民生活への影響という点です。

ミレイ氏が大統領に就任するにあたり掲げた主な公約は、一言でいえば、アルゼンチン経済の回復と安定でした。

そのために非常に高いインフレ率を抑制し、為替レートの安定を維持するために、財政支出のドラスティックな削減など一連の措置を講じてきました。インフレ率の低下などそれぞれの数字に変化が見られるものの、それに伴う「副作用」も明らかとなっています。

それらが今回の選挙結果にどれほどの影響を与えたかは推測の域を出ないところがありますが、少なからず影響していることは各種調査などからも示されていると言えます。

貧困率(人口比)についてですが、2024年第1四半期に過去最高の54.8%に達しました(同年前半期52.9%)。同年後半には38.1%まで減少しました。2025年第1四半期の貧困率は31.7%(推計値)となっています(アルゼンチン国家統計センサス局(INDEC)による正式発表は年2回)。

政府の人的資本省は、この減少に関して政府のインフレ抑制とマクロ経済の安定化政策によるものと説明しています。このように貧困率は減少しているものの、依然として国民の3分の1以上が貧困状態にあるのも事実です。

今年7月に世論調査機関の「スバン・コルドバ」が実施した調査によると、アルゼンチン人の50.3%が失業を恐れており、63.7%が生活の糧を得るのがますます困難になっていると回答しています。また、65.1%が過去6ヶ月間で経済状況が悪化したとも回答しています。他にも、多くの人にとって月々の支出が月末までに賄えなくなっているとの専門家の指摘もあります。

こうした生活苦の訴えに対して、ミレイ大統領は「もしそれが本当なら、(その人たちは)街頭で過ごさなければならず、そこは遺体でいっぱいになっているはず」(そんなことはないの意)と答えています。

マスメディアによると、「ブエノスアイレス州は国内で最も貧困が深刻な地域」であり、地元の産業も打撃を受けていると指摘しています。ミレイ氏が大統領に就任して以来、同州では民間部門の雇用が44,000も失われたとの報道もあります。

他にも、ドル高抑制のために、中央銀行が市中銀行に対して預金準備率の引き上げを課し、ペソの流通量の減少を図ったことで、金利が急上昇するなど、企業にとって資金調達コストの負担が大きくなっています。さらに家計のローン金利も上がっています。今回の選挙後には、ペソも株価も急落するなど市場は不安定な動きを続けています。

(2)汚職疑惑の発覚

経済状況に続いて大きな影響を与えたのが、8月に発覚した汚職疑惑でした。

8月20日、ミレイ大統領の妹で大統領府長官のカリーナ・ミレイ氏が、国家障害者庁(ANDIS)の医薬品購入を巡る贈収賄疑惑に関与していたとされる一連の音声データがマスメディアやソーシャルメディアなどに流出しました。

流出した録音データには、ミレイ兄妹と最も親しい協力者の1人であり、この時障害者庁長官だったディエゴ・スパグヌーロ(Diego Spagnuolo)氏とされる人物の発言が記録されており、障害者用の医薬品調達に関して、製薬会社が契約維持のために資金提供を行い、カリーナ・ミレイ氏がキックバックによる賄賂(キックバック総額の3%程度)を受け取っていたとする内容が含まれていました(政権与党による組織的な関与の疑い)。またこの人物は、メッセンジャーアプリ「WhatsApps」でのカリーナ氏の全メッセージを保持しているとも証言しています。

この音声データの漏洩をきっかけとして、スパグヌーロ氏は解任され、司法当局が大規模な捜査に乗り出す事態となりました。またグレゴリオ・ダルボン弁護士がすぐに裁判所に告発状を提出しました(ダルボン氏は以前に正義党左派で元大統領のクリスティーナ・フェルナンデス氏の代理人を務めていました)。そうした背景もあり、ミレイ政権は、この汚職疑惑を否定した上で、「(野党勢力による)政治工作」によるものだと主張しています。

ミレイ大統領とその政権に対する信頼度には、今回の贈収賄疑惑が明らかになる前から陰りが見えていましたが、この疑惑が国民の信頼をさらに大きく損なう動きに拍車をかけたことは、選挙結果を見ても明らかだと言えます。

2023年の大統領選挙に勝利した際、ハビエル・ミレイ氏は、私腹を肥やすために国家とその資金を利用してきた役人などの「カースト」を終わらせると述べていたにもかかわらず、こうした事態を招いたことの政治的責任は避けられないと考えられます。

その上、「ラテンアメリカの現在」25年7月29日の記事でも触れましたが、議会内においても野党側の攻勢が強まっており、ミレイ大統領が推進してきた政策に対してブレーキがかかる状態になっています。今回の汚職疑惑の展開次第では、今後の政権運営に大きな支障をきたす可能性が出てきました。

(3)野党側の動き:中道左派のペロン主義勢力の統一

今回の州議会選挙で正義党系の左派が勝利した要因として、それぞれに違いがあるにもかかわらず、ペロン主義内の各勢力が統一して選挙を戦うことができたことが指摘されています。

具体的には、アクセル・キシロフ、セルヒオ・マッサ、マキシモ・キルチネルの3者が事前の話し合いで協力することで合意(7月9日)し、「フエルサ・パトリア」として今回の選挙戦を戦いました。

▪アクセル・キシロフ(Axel Kicillof)氏は、現職のブエノスアイレス州知事であり、クリスティーナ・キルチネル政権下で経済大臣を務めました。

▪セルヒオ・マッサ(Sergio Massa)氏は、アルベルト・フェルナンデス前政権下で経済大臣を務めました。2023年大統領選の決選投票でミレイ氏に敗北。クリスティーナ・キルチネル派とは一線を画しています。

▪マキシモ・キルチネル(Máximo Kirchner)氏は、アルゼンチンの元大統領ネストル・キルチネルとクリスティーナ・フェルナンデス・デ・キルチネルの息子であり、正義党員(現下院議員、ブエノスアイレス州正義党党首)です。

ブエノスアイレス州の州議会選挙は、従来は国政選挙と同時に行われてきましたが、今回はキシロフ州知事の判断によって国政選挙と切り離して実施した(2003年以来初めて)ことがペロン派の「勝利」につながったと言われています。

クリスティーナ・フェルナンデス氏が今回の選挙の分離実施に反対していたことや、キシロフ氏がペロン派の「刷新」を訴えていたこともあり、両者の相違は明白になっていました。今回の選挙結果により、キシロフ氏の影響力が強まり、メディアなどでは「2027年の大統領選に向けた有力左派候補」として注目を集めています。

※詳しい経緯は省略しますが、クリスティーナ・フェルナンデス氏については、今年6月10日、副大統領在任中の公共事業に関する汚職に関する訴訟で、最高裁が下級審の判決を支持する決定を下し、禁錮6年の判決が確定しました。また同月17日、裁判所は高齢などを理由に自宅軟禁とすることを許可しています。こうしたこともあり、最終的にはクリスティーナ・フェルナンデス氏がキシロフ氏の意向を受け入れざるを得なかったと言われています。

キシロフ氏は、選挙後に「投票箱が大統領に明確なメッセージを送った。公共事業の停止、年金削減、障害者支援や医療・教育・文化予算の削減は許されないというメッセージを。」と訴えました。

注目を集めている10月26日の国会選挙に向けて、今回と同じような統一した連合を全国レベルで維持・提示できるかどうかが中道左派勢力にとって大きなカギとなることは確かだと見られています。

2025年9月25日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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ボリビア 8月大統領選挙の結果

ボリビアでは、ルイス・アルセ現大統領の任期満了に伴い、8月17日(日曜)、総選挙が行われました。総選挙では、正副大統領のほか、下院議員(130名)、上院議員(36名)が選出されます。大統領選挙については、1回目の投票で決まらなかった場合(※)は、上位2名による決戦投票が行われます。大統領の任期は、2025年から2030年まで(5年)となります。(大統領就任式は2025年11月8日)

※ボリビア憲法では、第1回投票で候補者が有効投票数の50%以上、または2位の候補者との差が10ポイント以上で、かつ40%以上の票を獲得した場合に大統領選挙に勝利できると定められています。

(1)大統領選挙の結果─決戦投票へ

大統領選挙の状況に絞ってまとめてみます。大統領選挙は8名の候補者で争われました。最高選挙裁判所(TSE)の発表(予備的選挙結果:速報)によると、以下の結果となりました。

第1位 ロドリゴ・パス・ペレイラ(キリスト教民主党) 162万5882票(約32.14%)
第2位 ホルヘ・キロガ(自由同盟) 135万6370票(約26.81%)

投票率は78.55%(有権者総数:約750万人)

この結果により、中道政治の刷新を掲げるパス氏と、保守右派のキロガ氏の2名による決選投票が10月19日に行われることになりました。決戦投票が行われるのは、2009年にボリビアで決選投票制度が導入されてから初めてのことです。

ルイス・アルセ現大統領は、今回の選挙戦について、「我々は平和的かつ透明性のある選挙プロセスを確保するためにあらゆる努力を払った」とするコメントを出しました。

今回の選挙戦では大きな混乱が発生することなく、選挙結果の公表についてもスムーズになされたことは専門家からも評価されています。

事前の世論調査ではパス・ペレイラ氏が決戦投票に進むことは予想されておらず、同氏が第1位となったことは予想を「裏切る」ものでした。事前の予想では、3位に終わったサミュエル・ドリア・メディナ氏と2位につけたキロガ氏の争いと見られていました。

パス・ペレイラ氏は選挙後、支持者に向けて「この勝利を可能にしてくれたすべての人々に感謝します。私たちは、投票所に現れなかった人々や(略)声を上げることのできなかった人々の声を代弁する者です。ボリビアには無視されているものがあるのです」とアピールしました。

2位のキロガ氏はパス・ペレイラ氏の選挙運動を祝福しつつも次のように述べました。

「これからボリビアは永遠に自由になります。(略)私たちは民主主義への信頼を取り戻し、封鎖や妨害行為に抗い、投票の力で国を変えることができるという信念を取り戻しました。今日、ボリビアの民主主義は勝利しました」

両候補の違いについては、パス氏がより刷新的で穏健な人物像を示しているのに対して、キロガ氏は思想的に保守的な性格をより強く打ち出していることが指摘されています。

以下、両者の経歴と選挙戦の評価についてまとめておきます。

①ロドリゴ・パス・ペレイラ氏(57歳)

ハイメ・パス・サモラ元大統領(1989~1993年)の息子であり、2020年からタリハ県の上院議員を務めています。それ以前は2002年から2010年までは下院議員、2015年から2020年まではタリハ市長を務めた経験があります。

1964年のレネ・バリエントス将軍によるクーデター後、父親はボリビアを離れてヨーロッパに逃れました。パス氏はその亡命中にスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラで生まれ、政治家一家の中で育ちました(父親の出自からボリビア国籍を取得)。数年後にラテンアメリカに戻り、いくつかの諸国(コロンビア、ベネズエラ、チリ、アルゼンチン)を転々としました。

政治家一家に生まれ、こうした政治キャリアを持つにもかかわらず、今回の選挙戦では「いつもの顔ぶれ」とは違う候補に投票したいと考えている有権者に強くアピールしていました。

その上で、パス氏に支持が集まったのは、パス氏のこれまでの実績というよりも、副大統領候補であるエドマンド・ララ氏の人気によるところが大きいとも言われています。

ララ氏は元警察官で、警察内部の汚職疑惑を告発してソーシャルメディアでは人気がある人物として知られています。選挙でも「汚職との闘い」「市民の権利擁護」を強く訴え、これが多くの人の共感を得たと評価されています。

いずれにしてもパス陣営の「躍進」は、政権与党、既存の保守政党などに対する人々の不満を吸収する「受け皿」としてうまく機能した結果だと見られています。

②ホルヘ・キロガ氏(65歳)

米国の大学で学び、IBMのシステムエンジニアとしてのキャリアを歩んできました。その後、ボリビアに戻り、様々な公職に就きます(外務省の技術顧問、公共投資・国際協力担当副大臣)。

政治家としては、独裁者であったウーゴ・バンセル氏が創設した保守政党の民族民主行動党(ADN)に入党し、1997年には副大統領に選出されました。

2001年から1年間、バンセル大統領が健康上の理由で辞任した後に憲法上の規定により大統領の職に就きました。2005年の大統領選ではエボ・モラレス氏と争ったが敗北、2020年の大統領選では人気が低かったことから途中で撤退しています。

キロガ氏は自らについて、現政権与党の「社会主義運動」(MAS)に強硬な姿勢をとる経験豊富な政治家であると述べています。思想的・社会的には保守であり、経済的には新自由主義的と評価されています。専門家からは、そのことが穏健派やMASに幻滅して離れた有権者を引きつけるのに妨げになっていると見られています。

(2)約20年続いた左派政権の終焉─その要因

非左派の野党候補であるパス氏とキロガ氏の決選投票進出という今回の選挙結果は、2000年代以降のボリビア政治における歴史的な転換を示していると言えます。

エボ・モラレス氏が2005年の大統領選挙で初めて先住民出身の左派候補として勝利して、2006年に政権を担ってから現在に至るまでほぼ20年間続いてきた「社会主義運動」(MAS)による左派政権が「敗北した」からです。

この間、MASは、物議を醸した2019年の選挙を除き、第1回の投票で50%を超える得票率を獲得して勝利を果たしてきました。

※2019年選挙については、過去の配信記事「ボリビアの行方とパンデミック」(2020年5月11日)をご覧ください。

しかし今回、MASが擁立したエドゥアルド・デル・カスティージョ候補は15万9769票(3.16%)しか獲得できませんでした(全体では6位)。左派系の候補で1番得票が多かったのは、アンドロニコ・ロドリゲス候補で41万5611票(8.22%)でした(全体では4位)。

左派は今回の選挙に関しては「惨敗」を喫しました。それは左派に対する「懲罰的な」意味合いを持った抗議票の結果と言われています。

その理由は主に2つあります。1つは、ボリビア経済の悪化とその先行きが不透明であること、とくに庶民にとっては物価高に対する政府への不満です。もう1つはMASの内部対立と分裂に嫌気がさしていることです。

今回MASに関係する選挙運動は3つに分かれることになりました。

①当初はルイス・アルセ大統領が、MASの候補として再選を目指していましたが、投票に関する世論調査での評価があまりにも不人気であったことから、5月になって出馬を断念する意向を明らかにしました。その後継として指名されたのがデル・カスティージョ候補(36歳)でした。

デル・カスティージョ候補は弁護士でしたが、2020年11月に発足したルイス・アルセ政権の一員として内務大臣に任命されて職務を担ってきました(大臣に任命された時は32歳)。しかし立候補した後の世論調査でも同党への支持は思うようには伸びませんでした。

②アルセ大統領とMAS内で主導権を争って対立していたのが、エボ・モラレス元大統領(2006~2019年)でした。しかし2023年12月に憲法裁判所(TCP)が「無期限再選」は適用されないと宣言したことで、過去3期連続で政権を担ったモラレス氏が2025年の選挙に立候補することは事実上不可能となりました。

TCPは24年11月にも、連続か不連続かを問わず、任期は2期までで、3期目に延長することはできないとの判断を示していました。それにもかかわらず、今年2月にモラレス氏は今年の大統領選に立候補する考えを発表してMASを離党、3月末には新党「Estamos Volviendo Obedeciendo」を立ち上げました(但し選挙に出るには一定数の登録した党員数が必要)。時間的余裕がないために、モラレス氏は別の党からの立候補を模索していましたが、結局うまくいきませんでした。

その後、TCPは今年5月に同じ内容の裁定(2期を超える再選禁止)を明らかにしました。これにより、モラレス氏が大統領選挙に立候補することは完全に禁じられることになりました。

※モラレス氏はすでに3度(2006~2009年、2010~2014年、2015~2019年)政権を担っています。2009年に憲法改正が行われたので、新憲法の下では2度ということになります。

TCPの裁定に反発したモラレス氏は、結果的に今回の選挙についてはどの候補も支持せず、選挙の正当性に疑義を持たせようということで、無効票の獲得を目指すキャンペーンを展開しました。今回の無効票は100万4846票(19.86%)でした。この結果に対してモラレス氏は「私たちの抗議は聞き届けられました」とコメントしています。

③MASがアルセ大統領のグループとモラレス氏のグループの対立から分裂する中、両者から距離を置きつつ、左派勢力の第3極とも言うべき候補者が現れました。それが人民同盟から立候補したアンドロニコ・ロドリゲス現上院議員(36歳)でした。

ロドリゲス議員はMASに所属していましたが同党を離れて、5月に立候補を表明しました。人民同盟は3つの左派政党が大統領選挙を戦うために統一して今年4月に結成されました。

ロドリゲス氏は、モラレス氏と同じくコカ栽培生産農家の出身で、父親の影響もあり農民組合の会合に参加するなど組合の活動に従事してきました。そうしたこともあり、以前はモラレスの「後継者」とも見られていました。

しかしロドリゲス氏の立候補について、モラレス氏は「帝国の候補者」と呼んで批判していました。またモラレス派の議員も彼を「裏切者」として非難していました。

そうした声に対してロドリゲス氏は、「私はアルセ派の候補者でも右派、帝国の候補者でもない。私はより良いボリビア、平和と団結の中で生きたいと願うボリビアの候補者だ」と訴えていました。

「無効票や白票は中立的ではない。それは、我が国の資源を私有化し、大多数の人を排除し、ボリビアを見捨てた旧右派への便宜だ」としてモラレス氏のキャンペーンに反論していました。

同時にロドリゲス氏は、現在のボリビアの経済危機に対する責任はアルセ政権にあるとしてアルセ大統領も批判しています。

こうしたMASに代表される左派勢力の分裂と影響力の衰退が今回の結果に如実に表れていると言えます。

分裂したのは与党側だけではありませんでした。野党勢力の間でも昨年末の時点では候補者の一本化を図ることで合意していましたが、最終的に一本化の調整がうまくいかずに破綻して選挙戦を戦うことになりました。

選挙前の世論調査では、実業家のサミュエル・ドリア・メディナ氏(61歳)と前述のキロガ氏が20%台の支持率で争っていました(メディナ氏の方がやや優勢)。

メディナ氏は「統一同盟」から立候補しました。政治家のキャリアとしては、ハイメ・パス・サモラ政権(1989~1993年)の下で計画大臣を務めました。2005年、2009年、2014年には大統領選に出馬しましたが、いずれもエボ・モラレス氏に敗北しています。2020年の選挙では世論調査の結果がよくなかったため撤退しています。政治的な姿勢としては、キロガ氏よりも穏健派と見られているため、MASに幻滅した層からの支持を得られると見られていました。

今回の選挙では、メディナ氏は第3位で決戦投票には進めませんでした。選挙後の会見の中で、メディナ氏は、決選投票では第1位のロドリゴ・パス・ペレイラ氏を支持する考えを表明しています。

最後に、今回の選挙に大きな影響を与えた経済状況について簡単に触れておきます。

今回のMASの敗北は、MASの分裂もさることながら、「経済危機、インフレ、ガソリンを求める行列、そしてタイムリーに調整されなかった経済政策の結果」であるとの見方が一般的です。コロナ禍以降、ボリビア経済は非常に良くない状況にあります。

ボリビア国立統計研究所(INE)が2025年7月のボリビアのインフレ率を公表しました。それによると、2025年7月の消費者物価指数(CPI)は2024年と比較して25%もインフレとなっています。また今年1月から7月までの累計インフレ率は17%(前年同期比で14%の上昇)、2025年7月単月では1.20%(6月からはやや鈍化)となっています。

その要因ですが、これまでボリビア経済の好調を支えてきた天然ガスの輸出が減少していることにより、外貨(ドル、金)不足、自国通貨の価値下落が生じて、ドル高による持続的な物価上昇と、ディーゼル燃料およびガソリン不足を招いていると指摘されています。

そのような中で、市民が日々、食料品の値段をチェックしたり、ガソリンスタンドのWhatsAppグループ(LINEグループのようなもの)で、燃料がいつ入荷されるかをチェックすることに多くの時間を費やしていると報じられています。

こうした経済の危機的状況、「低成長(昨年のGDP成長率は0.7%)とインフレ」に対してアルセ政府が有効な対策を打ち出せていないことが、将来不安を高め、人々の怒りと不満を強めています。こうした状況が人々の投票行動に影響を与えることは選挙前から予想されていました。

第1位につけたパス氏(キリスト教民主党)は、MASの国家主導型の経済モデルに対して、「経済は国家のものではなく、人々のものだ」と言って問題視するとともに、キロガ氏のエリート主導の新自由主義政策も疑問視しています。その中で、パス氏は自らの立場を「第三の道」として、「少数者のためではない、すべての人のための資本主義」を掲げています。

いずれにしても、次の政権としては、この危機にあるボリビア経済と人々の生活基盤をどのように立て直していくのか、その手腕が問われることになります。

2025年8月29日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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アルゼンチン 深まる政府と議会の対立

(1)「議会で最悪の敗北を喫す」との評価

BBCは、7月11日付の配信記事の中で、7月10日(木)、アルゼンチンのハビエル・ミレイ大統領が2023年12月に就任して以来、「議会で最悪の敗北を喫した」と報じています。

これは、同日、上院議会が4つの法案を承認したことを指しています。ミレイ大統領は、4つの法案に対して「反対」の意向を示していました。というのも、それらの法案が成立すれば、政府が優先事項と位置づけてきた「財政均衡」を掲げる緊縮財政政策を危うくすると考えているからです。

承認された4つの法案の中には、年金の7.2%増額、障害者への給付金の拡大、州での使用を目的とした国庫拠出金(ATN)基金の支出増、燃料税における負担割合の変更(国の負担増)などが含まれています。

※年金と障害者向けの2つの法案はそれぞれ「全会一致」と「満場一致」で成立、国庫拠出金(ATN)基金の支出増と燃料税における負担割合の変更の両法案は「賛成56票、反対1票で可決され、議会の3分の2の支持を得て」、下院で審議されることになっています。(カッコ内は上院のホームページからの引用)

この他にも、7月初めに下院で可決されたブエノスアイレス州南部の都市バイアブランカの洪水被災者に対する一連の財政支援策について、ミレイ大統領が拒否権を発動しましたが、この拒否権も「全会一致」で上院で否決されました。

同地域では、昨年3月、集中豪雨により少なくとも18人が死亡し、1400人以上が被災しました。ミレイ政権は、下院で可決された被害救済のための財政支援策について、拒否権を使って執行を停止していました。

ミレイ大統領は、今回の事態に対して、即座に反応し、強く反対の意を唱えています。

上院で4つの法案が可決された同日、ブエノスアイレス証券取引所において行った演説の中で、ミレイ大統領は「我々は拒否権を発動するつもりだ」と述べました。「そして、そうなるとは思わないが、もし拒否権が覆されるような状況が起こった場合には、裁判に訴えるつもりだ」と付け加えています。

その上で、「たとえ裁判所が、解決に何年もかかる問題について、突然、迅速に行動し、短期間で対処した(拒否権が覆される判決が出た)としても、それがもたらす損害は最小限になるだろう。それは2か月程度の汚点といったものだろう。うまくいけば、12月11日(10月の「中間選挙」を経て新議会が発足する日)には、その汚点は覆されるだろう。そして財政黒字化政策は恒久的なものとなる」とも述べています。

※10月の「中間選挙」については後述。

大統領自身の考えによれば、これらの法律が施行されれば、政府の支出が2.5%増加することになり、政権による緊縮財政と財政黒字化の政策に反することになるとしています。

先の内容のうち、とくに州への資金拠出金については、全23州の州知事が増額を求めており、これに難色を示すミレイ政権との間で対立が深まっていました。

アルゼンチン財政分析研究所(IARAF)のデータによると、国から州への資金移転は、昨年と比較して2025年上半期には増えてはいるものの、2023年(前政権期)の水準を下回っています。(実質9%の減少)

燃料税の分配割合の変更については、現行の州への分配率10.4%から57.04%へと大幅な引上げを提案しており、国の財政コストは年間 1.5 兆ドルになると見積もられています。

※各州への分配は、州割当て総額の25%を各州に均等配分し、残りについては法律の規定(係数)に基づいた傾斜配分となっています。

今回の議会の動きは、これまで強力に推し進めてきた政府の緊縮財政政策に「待った」をかけたことになります。それをBBCが「最悪の敗北」と評しているわけは、10月26日に「中間選挙」が控えているからです。結果次第では、任期が2027年までのミレイ政権の「命運」が決せられることになります。

※10月26日の「中間選挙」では、下院257議席のうち127議席(任期は2025年~29年)、上院72議席のうち24議席(任期は2025年~31年)が改選されます。

そもそも、大統領が所属する「自由前進」党は議会の中では少数派(下院38、上院6議席)であり、自らが望む政策を推進するためには、マウリシオ・マクリ前大統領が率いる中道右派の政党連合「共和国の提案」(Propuesta Republicana)などの他の政治勢力との連携に頼らざるを得ないのが実情です。

したがって、10月の「中間選挙」で望ましい結果を出すことが何よりも「重要」だとミレイ大統領は考えています。

そのことは、大統領と対立する野党勢力、とくには歴史的な中道左派勢力である「正義党(ペロン党)」(選挙では政党連合「祖国のための同盟」に所属)にとっても、10月の選挙が政権の力を弱体化させる上で「重要だ」ということを意味しています。

(2)政権側は「組織的クーデター」と非難

アルゼンチンは、ミレイ政権によって、厳しい財政統制のもとに置かれた結果、過度なインフレは落ち着いて、経済への「信頼」を取り戻しつつあったものの、深刻な社会保障費の削減を招いています。

とくに政府と州との溝の深さが際立っていました。それを示す象徴的な出来事が7月9日に起こりました。

この日、トゥクマン州(州都サン・ミゲル・デ・トゥクマン)でアルゼンチンの独立記念式典が行われました(1816年7月9日にトゥクマン議会で独立宣言が採択された)。ミレイ大統領も当初は出席する予定で、州知事らを招待していました。しかし当日、ほとんどの州知事は参加せず(参加は同州知事を含めて3名のみ)、ミレイ大統領も数時間前に出席をキャンセルするという事態になりました。ちなみに、2024年の式典には18名の州知事が参加しています。

政府は、「悪天候のため」(霧のため飛行機が離陸できなかった)にキャンセルしたと伝えていますが、招待した州知事のほとんどが不参加だったことが理由であったと見られています。

そのことを裏付けるかのように、同日、ラジオ(Radio El Observador)のインテビューの中で、ミレイ大統領は「彼ら(州知事)は国の政府を破壊したいのだ」と非難する発言をしています。

そして、今回の上院の決定に対して、ギジェルモ・フランコス内閣首席大臣(首相)などの政府関係者は、野党(主にペロン主義左派の議員)が起こした「組織的クーデター」と呼んで批判しています。

その上で、今回の会議は、上院議長であるビクトリア・ビジャルエル副大統領によって招集されていなかったため、上院の内部規則で定められた招集手続きに違反しており、「無効」であることを主張しています。

7月10日の上院での会議についてですが、上院のホームページを見ると、「上院は野党連合の主導により定例会議を開催し、定足数42名の議員が出席して午後2時15分に開会した。会議はシルビア・サパグ上院副議長の承認を得た」と書かれています。

政府側は「無効」であると主張する法的根拠として、上院の内部規則の第20条と第32条を挙げています。

第20条には、上院議長が「立法者からの要請を受けて、 最も適切と思われる日時で指定する」こと、「当該機関が日時を示さなかった場合には、案件または状況による」と規定されています。

第32条は上院議長の権限を規定する条項ですが、同条F項には、「通常会議、特別会議および臨時会議を招集するのは議長に権限がある」とされています。

「無効」であるとする政府「見解」に対しては、弁護士などの法律の専門家からは「上院自らが招集し、会議を開く権限がある」として疑問の声が出ています。アンドレス・ヒル・ドミンゲス弁護士は、以下のような投稿をX(旧ツイッター)で行いました。

上院の内部規則第19条「議会は、5名以上の上院議員または行政府の要請により特別会議を開催することができる」(その際には会議の目的を明示する必要がある)を引用した上で、「上院議長が招集義務を遵守しない場合、上院は自ら招集することができ、十分な定足数(規則第16条に基づく上院議員総数の絶対多数)があれば、会議を開き、会期の開始を宣言する権限が与えられる」と説明しています。

この時の会議における上院議長を担うビクトリア・ビジャルエル副大統領の対応については、政権内から「批判」の声が出ています。とくにパトリシア・ブルリッチ治安相がXの投稿で副大統領を非難し、両者の対立が深まっています。

ミレイ大統領も、上院議長が会議の開催を認めたことに対して「裏切り者」と非難しました。その後も非難を繰り返しています。(ビクトリア・ビジャルエル副大統領は、軍人一家で育った保守派の政治家。ミレイ大統領とは異なる「リバタリアン」党所属)

さらにこうしたやり取りとは別に、ミレイ大統領を支持するインフルエンサーの1人である、「エル・ゴルド・ダン」のペンネームで知られるダニエル・パリシーニ氏や、フランコ・アントゥネス氏は、今回の上院の動きを攻撃する過激な投稿を行いました。

パリシーニ氏は自身のXアカウントに「今、戦車が街頭にいる。(中略)ハベト、時が来たのだ」と投稿し、さらには「ハボ、F16戦闘機を議会上空に飛ばせ」とも述べました。

※「ハベト」「ハボ」とは、ミレイ大統領のファーストネーム「ハビエル」の愛称。

アントゥネス氏も「下院議員や上院議員を含めた議会全てを爆破しなければならない」と述べました。

これらのコメントについては、野党のジュリアナ・ディ・トゥリオ(Juliana Di Tullio)上院議員は、これらの脅迫に対して刑事告訴する意向を明らかにしています。

BBCの記事では、こうした政府と議会や州知事との対立が深まっている背景として、10月の「中間選挙」が近いことだけではなく、同国の様々な地域に緊縮財政政策が及ぼしている負の側面との関係について言及しています。

例えば、ウェブサイト「ラ・ポリティカ」を運営しているジャーナリストのイグナシオ・フィダンサ氏は、「マクロ経済の成果は議論の的となっている。農業、工業、商業での企業の倒産により実体経済はひどいことになっている」と書いています。

こうしたことが政府と地方との対立の背景にあることは確かなようです。現在のアルゼンチン経済の状況とその多面的な検証については、今回の記事では扱い切れないので、機会を改めて調べてみたいと思います。

BBCの記事では他にも、今回の議会の動きに政権が「神経を尖らせている」のは、先の4つの法案が上院議員の大多数によって承認された事実にあり、それは「与党がつい最近まで想像していなかった再編の兆候を示している」との、アルゼンチンの新聞「ラ・ナシオン」のコラムニストであるクラウディオ・ジャケリン氏の見解を伝えています。

このように10月の選挙戦を念頭に、与野党の政治的「駆け引き」が激しくなっていることがわかります。しかしそれは、アルゼンチンの民衆、中でもミレイ政権の政策によって大きなダメージを受けている人々の生活に寄り添う政治を実現するためのものでなければならないはずです。今後のアルゼンチンの政治の動向と、経済の現状については引き続き関心を向けていきたいと思います。

2025年7月29日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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チリ 先住民の権利を認める制度改正への動き

(1)ボリッチ大統領のテレビ演説

5月22日(木)夜、ガブリエル・ボリッチ大統領は、今年後半に国内に居住する先住民を憲法上承認する改正案と、先祖伝来の土地の返還に関する新制度の法案を議会に提出する考えを明らかにしました。

今回の発表は、5月6日(火)にこの問題を議論してきた「平和と理解のための委員会」が提出した最終報告書を受けてなされたものです。

「平和と理解のための委員会」は2023年6月に設置された大統領の諮問機関です。同委員会は、紛争が続いているの4つの地域(ビオビオ州、ラ・アラウカニア州、ロス・リオス州、ロス・ラゴス州)から5000人以上の意見を聞くなどして約2年間の議論を経て、チリ政府とマプーチェ族の間の紛争を解決するための21項目に及ぶ提言を作成しました。ボリッチ大統領はこの報告書を「明確かつ具体的な解決策」を提示したと評価しています。

今回の考えは、約11分間のテレビ演説を通じて国民に伝えられました。ボリッチ大統領は、「これにより、この国は平和と統一を得る」と述べ、「チリ政府とマプーチェ族の間の痛ましい紛争に我々は長らく苦しんできた。この紛争はこれまで数世代にわたり、何百万人ものマプーチェ族および非マプーチェ族の同胞に対して、土地の略奪、暴力、疎外をもたらしてきた」と述べました。

演説の中では、長年にわたる先住民の土地の権利回復をめぐる紛争の歴史的原因については言及しなかったものの、領土の境界やチリ国家とマプーチェ族との関係について定めた条約(タンタウコ条約、19世紀半ば調印)をチリ国家が軽視し、数百万ヘクタールの土地が没収されたことについて認めています。

その上で、賠償、承認、制度改革について以下の4つの点(措置と行動)について言及しました。

①土地の賠償に関する制度改革

現行の制度的枠組みには「欠陥」があり、「紛争を悪化させている主な要因の一つ」となっている。土地へのアクセスに関して、賠償を受けるまでに何年、あるいは何十年も待たなければならない状況にある。委員会の評価によると、現在のペースでは取り決めたことを実現するのに100年以上の年月がかかるため、「耐え難い結果」をもたらしている。

新しい先住民の土地制度は、効率的で透明性のあるものにし、回復にとって必要な事柄を限定するための明確な基準を定める。

今年後半には先住民の土地制度の変革に向けた第一歩を踏み出し、委員会が提案する新たな制度的枠組みとメカニズムについてマプーチェ族の人々と協議を開始し、国際労働機関(ILO)第169号条約(独立国における原住民及び種族民に関する条約)に基づいて、委員会にさらなる支援と法的正当性を与える。

②暴力やテロ行為の被害者に対する補償

ビオビオ州、ラ・アラウカニア州、ロス・リオス州、ロス・ラゴス州の市民には、平和に生活し働く権利がある。委員会の提言に従って、社会心理的ケアを含めて継続的で十分に徹底した支援を提供するために、「農村部での暴力の犠牲者に対する支援プログラム」を強化する。被害者登録簿を更新する。さらに犠牲者に対する包括的な賠償法案を国会に提出する。

※2021年10月以降、これらの地域は非常事態宣言下に置かれ、軍が常時駐留しています。

③先住民の憲法上の承認

これは、我々の文化的多様性と豊かさを認めることを意味する。憲法上の承認は、1989年の「ヌエバ・インペリアル協定」において国が行った約束の1つである。憲法の改正案を押し進める。

④先住民のニーズと課題に対応する制度の創設

国家には先住民の現在のニーズと課題に対応する強固な制度が必要とされている。

そのために国家の中に先住民の事柄についての新しい制度の創設を推進する。先住民の代表機関を創設する提案を取り上げる。

暴力だけでなく、不信感や無視が、豊かな文化と自然、そして無限の可能性を秘めた地域の発展に影響を与えている。

「(19世紀に調印された条約から)200年後の現在、我々は新しい機会を得ている」こと、それが「正義と平和を実現する唯一の、2度とない機会であることを確信している」とボリッチ大統領は述べています。

(2)歴史的経緯と報告書に対する批判

マプーチェ族は、19世紀に入ってスペインから独立したチリの共和制国家が、国家建設(領土開拓と経済開発)のために、これまで実効支配の及んでいなかったマプーチェ族の領有地を軍事的に占領し奪ったことに抵抗し、長い間、先祖伝来の領土の回復を求めてきました。

独立以前はスペイン植民地支配に抵抗してきた歴史があります。現在マプーチェ族は、国内では約190万人(人口の約10%)の少数民族と言われています。

土地問題の解決が困難であると言われているのは、軍事的占領の後に林業関連のコングロマリット(巨大複合企業)や農地所有者に引き渡された、ビオビオ州、ラ・アラウカニア州、ロス・リオス州、ロス・ラゴス州の各地域にまたがる約1200万ヘクタール(12万2000平方キロメートル)の土地の返還をどうするかという点にあります。

それらの地域すべてを返還するのが不可能であるのは、その大部分には大都市やインフラが建設されていることからも明らかと言われています。

今回の報告書では、約50万ヘクタールの土地の返還を提案しており、そのためには約40億ドルの費用が必要と見積もられています。

また、21項目の提案の中には、①正義と承認:憲法上の承認およびマプーチェ族固有の組織形態の承認、政治的代表、先住民政策の新たな上位機関、先住民の協議および参加など、②紛争の犠牲者に対する賠償、③土地:協定の根拠および賠償の基準など、④領土開発、⑤実施の保証が含まれています。

ボリッチ大統領の「評価」とは裏腹に、今回の文書の作成と提出が問題の解決につながるかどうかについては、懐疑的な見方があります。というのは、それ以前から、チリの政治的右派と、マプーチェ族の中の武装闘争を行ってきた勢力が、それぞれの理由は異なるものの、報告書に反対の意思を明確に示しているからです。

そもそもこの委員会は、政治的には超党派的な形で8名の委員から構成され、「全会一致」での文書の採択を目指していましたが、結果的に報告書は7名の賛成(1名が反対)という形で作成されました。

委員会の声明では、「多様な政治・社会セクターの代表者、委員らが作成した提案は、全会一致ではなかったものの、参加者8名のうち7名から支持され、広く合意された。」「この超党派的な合意は、チリ南部地域における平和と理解への道筋を探る上で歴史的な節目となる」と述べていました。

8名の委員の中で、提案の一部に反対したのは、Malleco農民協会のセバスティアン・ナベイリャン会長でした。ナベイリャン氏は、土地返還と返還される土地の量について異議を唱え、発生する費用にも疑義を呈したと報じられています。

共和党などの右派勢力は、全会一致でなかったことを理由に反対の意向を示しています。共和党のアントニオ・カスト氏は「大統領委員会が承認したものは平和への道ではなく、むしろ制度的分裂を深めるものだ」と一方的に非難しています。ちなみにカスト氏は今年11月に行われる大統領選挙の候補の1人です。

その一方で、委員の1人であるカルメン・グロリア・アラベナ上院議員(共和党)は、共和党がこの文書に反対していたために文書の合意に反対票を投じざるを得なくなるとして、共和党から離党することを決意しました。彼女はこの文書を「平和と社会の結束に向けた画期的な出来事」として評価しています。

他方、委員会が報告書を作成するために行った意見聴取の中には、武装闘争や農業・林業の開発に対する破壊工作を実施してきた一連の先住民組織は参加していません。

今回の文書に反対するマプーチェ族のグループの1つ、アラウコ・マレコ調整委員会(CAM)のリーダーであるエクトル・ライトゥル氏は、「この委員会は、領土回復プロセスに積極的に取り組んでいる我々の組織や自治を求めるマプーチェ運動の政治的目標を代表するものではない。我々の政策は、民族の再建と先住民領土の解放であり、これらの目標は、チリの政治家階級やその関連セクターによって理解も対処もされていない。」とコメントしています。

ライトゥル氏は、チリの刑務所に収監されているマプーチェ族の活動家約100人のうちの1人で、国家安全保障法違反などに対する罪で23年の刑に服しています。

「この委員会は、自らの土地のために闘う共同体やグループの要求を代表するどころか、平和と社会福祉という偽りのレトリックの陰に隠れている大企業や大地主の利益を体現している」と厳しく非難し、あくまでも自治を求めています。

ボリッチ大統領は、テレビ演説の最後に、国全体にとっての正義、平和と繁栄を確かなものにする国家とマプーチェ族との関係の新しい一章を開くために、この報告書とその勧告の下にまとまるよう呼びかけました。

こうした中で来年3月に任期を終えるボリッチ大統領が、この提言を具体化し、問題の解決に向けた道筋をつけることができるのか、今後も注視していきたいと思います。

2025年6月28日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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