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アルゼンチン 深まる政府と議会の対立

(1)「議会で最悪の敗北を喫す」との評価

BBCは、7月11日付の配信記事の中で、7月10日(木)、アルゼンチンのハビエル・ミレイ大統領が2023年12月に就任して以来、「議会で最悪の敗北を喫した」と報じています。

これは、同日、上院議会が4つの法案を承認したことを指しています。ミレイ大統領は、4つの法案に対して「反対」の意向を示していました。というのも、それらの法案が成立すれば、政府が優先事項と位置づけてきた「財政均衡」を掲げる緊縮財政政策を危うくすると考えているからです。

承認された4つの法案の中には、年金の7.2%増額、障害者への給付金の拡大、州での使用を目的とした国庫拠出金(ATN)基金の支出増、燃料税における負担割合の変更(国の負担増)などが含まれています。

※年金と障害者向けの2つの法案はそれぞれ「全会一致」と「満場一致」で成立、国庫拠出金(ATN)基金の支出増と燃料税における負担割合の変更の両法案は「賛成56票、反対1票で可決され、議会の3分の2の支持を得て」、下院で審議されることになっています。(カッコ内は上院のホームページからの引用)

この他にも、7月初めに下院で可決されたブエノスアイレス州南部の都市バイアブランカの洪水被災者に対する一連の財政支援策について、ミレイ大統領が拒否権を発動しましたが、この拒否権も「全会一致」で上院で否決されました。

同地域では、昨年3月、集中豪雨により少なくとも18人が死亡し、1400人以上が被災しました。ミレイ政権は、下院で可決された被害救済のための財政支援策について、拒否権を使って執行を停止していました。

ミレイ大統領は、今回の事態に対して、即座に反応し、強く反対の意を唱えています。

上院で4つの法案が可決された同日、ブエノスアイレス証券取引所において行った演説の中で、ミレイ大統領は「我々は拒否権を発動するつもりだ」と述べました。「そして、そうなるとは思わないが、もし拒否権が覆されるような状況が起こった場合には、裁判に訴えるつもりだ」と付け加えています。

その上で、「たとえ裁判所が、解決に何年もかかる問題について、突然、迅速に行動し、短期間で対処した(拒否権が覆される判決が出た)としても、それがもたらす損害は最小限になるだろう。それは2か月程度の汚点といったものだろう。うまくいけば、12月11日(10月の「中間選挙」を経て新議会が発足する日)には、その汚点は覆されるだろう。そして財政黒字化政策は恒久的なものとなる」とも述べています。

※10月の「中間選挙」については後述。

大統領自身の考えによれば、これらの法律が施行されれば、政府の支出が2.5%増加することになり、政権による緊縮財政と財政黒字化の政策に反することになるとしています。

先の内容のうち、とくに州への資金拠出金については、全23州の州知事が増額を求めており、これに難色を示すミレイ政権との間で対立が深まっていました。

アルゼンチン財政分析研究所(IARAF)のデータによると、国から州への資金移転は、昨年と比較して2025年上半期には増えてはいるものの、2023年(前政権期)の水準を下回っています。(実質9%の減少)

燃料税の分配割合の変更については、現行の州への分配率10.4%から57.04%へと大幅な引上げを提案しており、国の財政コストは年間 1.5 兆ドルになると見積もられています。

※各州への分配は、州割当て総額の25%を各州に均等配分し、残りについては法律の規定(係数)に基づいた傾斜配分となっています。

今回の議会の動きは、これまで強力に推し進めてきた政府の緊縮財政政策に「待った」をかけたことになります。それをBBCが「最悪の敗北」と評しているわけは、10月26日に「中間選挙」が控えているからです。結果次第では、任期が2027年までのミレイ政権の「命運」が決せられることになります。

※10月26日の「中間選挙」では、下院257議席のうち127議席(任期は2025年~29年)、上院72議席のうち24議席(任期は2025年~31年)が改選されます。

そもそも、大統領が所属する「自由前進」党は議会の中では少数派(下院38、上院6議席)であり、自らが望む政策を推進するためには、マウリシオ・マクリ前大統領が率いる中道右派の政党連合「共和国の提案」(Propuesta Republicana)などの他の政治勢力との連携に頼らざるを得ないのが実情です。

したがって、10月の「中間選挙」で望ましい結果を出すことが何よりも「重要」だとミレイ大統領は考えています。

そのことは、大統領と対立する野党勢力、とくには歴史的な中道左派勢力である「正義党(ペロン党)」(選挙では政党連合「祖国のための同盟」に所属)にとっても、10月の選挙が政権の力を弱体化させる上で「重要だ」ということを意味しています。

(2)政権側は「組織的クーデター」と非難

アルゼンチンは、ミレイ政権によって、厳しい財政統制のもとに置かれた結果、過度なインフレは落ち着いて、経済への「信頼」を取り戻しつつあったものの、深刻な社会保障費の削減を招いています。

とくに政府と州との溝の深さが際立っていました。それを示す象徴的な出来事が7月9日に起こりました。

この日、トゥクマン州(州都サン・ミゲル・デ・トゥクマン)でアルゼンチンの独立記念式典が行われました(1816年7月9日にトゥクマン議会で独立宣言が採択された)。ミレイ大統領も当初は出席する予定で、州知事らを招待していました。しかし当日、ほとんどの州知事は参加せず(参加は同州知事を含めて3名のみ)、ミレイ大統領も数時間前に出席をキャンセルするという事態になりました。ちなみに、2024年の式典には18名の州知事が参加しています。

政府は、「悪天候のため」(霧のため飛行機が離陸できなかった)にキャンセルしたと伝えていますが、招待した州知事のほとんどが不参加だったことが理由であったと見られています。

そのことを裏付けるかのように、同日、ラジオ(Radio El Observador)のインテビューの中で、ミレイ大統領は「彼ら(州知事)は国の政府を破壊したいのだ」と非難する発言をしています。

そして、今回の上院の決定に対して、ギジェルモ・フランコス内閣首席大臣(首相)などの政府関係者は、野党(主にペロン主義左派の議員)が起こした「組織的クーデター」と呼んで批判しています。

その上で、今回の会議は、上院議長であるビクトリア・ビジャルエル副大統領によって招集されていなかったため、上院の内部規則で定められた招集手続きに違反しており、「無効」であることを主張しています。

7月10日の上院での会議についてですが、上院のホームページを見ると、「上院は野党連合の主導により定例会議を開催し、定足数42名の議員が出席して午後2時15分に開会した。会議はシルビア・サパグ上院副議長の承認を得た」と書かれています。

政府側は「無効」であると主張する法的根拠として、上院の内部規則の第20条と第32条を挙げています。

第20条には、上院議長が「立法者からの要請を受けて、 最も適切と思われる日時で指定する」こと、「当該機関が日時を示さなかった場合には、案件または状況による」と規定されています。

第32条は上院議長の権限を規定する条項ですが、同条F項には、「通常会議、特別会議および臨時会議を招集するのは議長に権限がある」とされています。

「無効」であるとする政府「見解」に対しては、弁護士などの法律の専門家からは「上院自らが招集し、会議を開く権限がある」として疑問の声が出ています。アンドレス・ヒル・ドミンゲス弁護士は、以下のような投稿をX(旧ツイッター)で行いました。

上院の内部規則第19条「議会は、5名以上の上院議員または行政府の要請により特別会議を開催することができる」(その際には会議の目的を明示する必要がある)を引用した上で、「上院議長が招集義務を遵守しない場合、上院は自ら招集することができ、十分な定足数(規則第16条に基づく上院議員総数の絶対多数)があれば、会議を開き、会期の開始を宣言する権限が与えられる」と説明しています。

この時の会議における上院議長を担うビクトリア・ビジャルエル副大統領の対応については、政権内から「批判」の声が出ています。とくにパトリシア・ブルリッチ治安相がXの投稿で副大統領を非難し、両者の対立が深まっています。

ミレイ大統領も、上院議長が会議の開催を認めたことに対して「裏切り者」と非難しました。その後も非難を繰り返しています。(ビクトリア・ビジャルエル副大統領は、軍人一家で育った保守派の政治家。ミレイ大統領とは異なる「リバタリアン」党所属)

さらにこうしたやり取りとは別に、ミレイ大統領を支持するインフルエンサーの1人である、「エル・ゴルド・ダン」のペンネームで知られるダニエル・パリシーニ氏や、フランコ・アントゥネス氏は、今回の上院の動きを攻撃する過激な投稿を行いました。

パリシーニ氏は自身のXアカウントに「今、戦車が街頭にいる。(中略)ハベト、時が来たのだ」と投稿し、さらには「ハボ、F16戦闘機を議会上空に飛ばせ」とも述べました。

※「ハベト」「ハボ」とは、ミレイ大統領のファーストネーム「ハビエル」の愛称。

アントゥネス氏も「下院議員や上院議員を含めた議会全てを爆破しなければならない」と述べました。

これらのコメントについては、野党のジュリアナ・ディ・トゥリオ(Juliana Di Tullio)上院議員は、これらの脅迫に対して刑事告訴する意向を明らかにしています。

BBCの記事では、こうした政府と議会や州知事との対立が深まっている背景として、10月の「中間選挙」が近いことだけではなく、同国の様々な地域に緊縮財政政策が及ぼしている負の側面との関係について言及しています。

例えば、ウェブサイト「ラ・ポリティカ」を運営しているジャーナリストのイグナシオ・フィダンサ氏は、「マクロ経済の成果は議論の的となっている。農業、工業、商業での企業の倒産により実体経済はひどいことになっている」と書いています。

こうしたことが政府と地方との対立の背景にあることは確かなようです。現在のアルゼンチン経済の状況とその多面的な検証については、今回の記事では扱い切れないので、機会を改めて調べてみたいと思います。

BBCの記事では他にも、今回の議会の動きに政権が「神経を尖らせている」のは、先の4つの法案が上院議員の大多数によって承認された事実にあり、それは「与党がつい最近まで想像していなかった再編の兆候を示している」との、アルゼンチンの新聞「ラ・ナシオン」のコラムニストであるクラウディオ・ジャケリン氏の見解を伝えています。

このように10月の選挙戦を念頭に、与野党の政治的「駆け引き」が激しくなっていることがわかります。しかしそれは、アルゼンチンの民衆、中でもミレイ政権の政策によって大きなダメージを受けている人々の生活に寄り添う政治を実現するためのものでなければならないはずです。今後のアルゼンチンの政治の動向と、経済の現状については引き続き関心を向けていきたいと思います。

2025年7月29日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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チリ 先住民の権利を認める制度改正への動き

(1)ボリッチ大統領のテレビ演説

5月22日(木)夜、ガブリエル・ボリッチ大統領は、今年後半に国内に居住する先住民を憲法上承認する改正案と、先祖伝来の土地の返還に関する新制度の法案を議会に提出する考えを明らかにしました。

今回の発表は、5月6日(火)にこの問題を議論してきた「平和と理解のための委員会」が提出した最終報告書を受けてなされたものです。

「平和と理解のための委員会」は2023年6月に設置された大統領の諮問機関です。同委員会は、紛争が続いているの4つの地域(ビオビオ州、ラ・アラウカニア州、ロス・リオス州、ロス・ラゴス州)から5000人以上の意見を聞くなどして約2年間の議論を経て、チリ政府とマプーチェ族の間の紛争を解決するための21項目に及ぶ提言を作成しました。ボリッチ大統領はこの報告書を「明確かつ具体的な解決策」を提示したと評価しています。

今回の考えは、約11分間のテレビ演説を通じて国民に伝えられました。ボリッチ大統領は、「これにより、この国は平和と統一を得る」と述べ、「チリ政府とマプーチェ族の間の痛ましい紛争に我々は長らく苦しんできた。この紛争はこれまで数世代にわたり、何百万人ものマプーチェ族および非マプーチェ族の同胞に対して、土地の略奪、暴力、疎外をもたらしてきた」と述べました。

演説の中では、長年にわたる先住民の土地の権利回復をめぐる紛争の歴史的原因については言及しなかったものの、領土の境界やチリ国家とマプーチェ族との関係について定めた条約(タンタウコ条約、19世紀半ば調印)をチリ国家が軽視し、数百万ヘクタールの土地が没収されたことについて認めています。

その上で、賠償、承認、制度改革について以下の4つの点(措置と行動)について言及しました。

①土地の賠償に関する制度改革

現行の制度的枠組みには「欠陥」があり、「紛争を悪化させている主な要因の一つ」となっている。土地へのアクセスに関して、賠償を受けるまでに何年、あるいは何十年も待たなければならない状況にある。委員会の評価によると、現在のペースでは取り決めたことを実現するのに100年以上の年月がかかるため、「耐え難い結果」をもたらしている。

新しい先住民の土地制度は、効率的で透明性のあるものにし、回復にとって必要な事柄を限定するための明確な基準を定める。

今年後半には先住民の土地制度の変革に向けた第一歩を踏み出し、委員会が提案する新たな制度的枠組みとメカニズムについてマプーチェ族の人々と協議を開始し、国際労働機関(ILO)第169号条約(独立国における原住民及び種族民に関する条約)に基づいて、委員会にさらなる支援と法的正当性を与える。

②暴力やテロ行為の被害者に対する補償

ビオビオ州、ラ・アラウカニア州、ロス・リオス州、ロス・ラゴス州の市民には、平和に生活し働く権利がある。委員会の提言に従って、社会心理的ケアを含めて継続的で十分に徹底した支援を提供するために、「農村部での暴力の犠牲者に対する支援プログラム」を強化する。被害者登録簿を更新する。さらに犠牲者に対する包括的な賠償法案を国会に提出する。

※2021年10月以降、これらの地域は非常事態宣言下に置かれ、軍が常時駐留しています。

③先住民の憲法上の承認

これは、我々の文化的多様性と豊かさを認めることを意味する。憲法上の承認は、1989年の「ヌエバ・インペリアル協定」において国が行った約束の1つである。憲法の改正案を押し進める。

④先住民のニーズと課題に対応する制度の創設

国家には先住民の現在のニーズと課題に対応する強固な制度が必要とされている。

そのために国家の中に先住民の事柄についての新しい制度の創設を推進する。先住民の代表機関を創設する提案を取り上げる。

暴力だけでなく、不信感や無視が、豊かな文化と自然、そして無限の可能性を秘めた地域の発展に影響を与えている。

「(19世紀に調印された条約から)200年後の現在、我々は新しい機会を得ている」こと、それが「正義と平和を実現する唯一の、2度とない機会であることを確信している」とボリッチ大統領は述べています。

(2)歴史的経緯と報告書に対する批判

マプーチェ族は、19世紀に入ってスペインから独立したチリの共和制国家が、国家建設(領土開拓と経済開発)のために、これまで実効支配の及んでいなかったマプーチェ族の領有地を軍事的に占領し奪ったことに抵抗し、長い間、先祖伝来の領土の回復を求めてきました。

独立以前はスペイン植民地支配に抵抗してきた歴史があります。現在マプーチェ族は、国内では約190万人(人口の約10%)の少数民族と言われています。

土地問題の解決が困難であると言われているのは、軍事的占領の後に林業関連のコングロマリット(巨大複合企業)や農地所有者に引き渡された、ビオビオ州、ラ・アラウカニア州、ロス・リオス州、ロス・ラゴス州の各地域にまたがる約1200万ヘクタール(12万2000平方キロメートル)の土地の返還をどうするかという点にあります。

それらの地域すべてを返還するのが不可能であるのは、その大部分には大都市やインフラが建設されていることからも明らかと言われています。

今回の報告書では、約50万ヘクタールの土地の返還を提案しており、そのためには約40億ドルの費用が必要と見積もられています。

また、21項目の提案の中には、①正義と承認:憲法上の承認およびマプーチェ族固有の組織形態の承認、政治的代表、先住民政策の新たな上位機関、先住民の協議および参加など、②紛争の犠牲者に対する賠償、③土地:協定の根拠および賠償の基準など、④領土開発、⑤実施の保証が含まれています。

ボリッチ大統領の「評価」とは裏腹に、今回の文書の作成と提出が問題の解決につながるかどうかについては、懐疑的な見方があります。というのは、それ以前から、チリの政治的右派と、マプーチェ族の中の武装闘争を行ってきた勢力が、それぞれの理由は異なるものの、報告書に反対の意思を明確に示しているからです。

そもそもこの委員会は、政治的には超党派的な形で8名の委員から構成され、「全会一致」での文書の採択を目指していましたが、結果的に報告書は7名の賛成(1名が反対)という形で作成されました。

委員会の声明では、「多様な政治・社会セクターの代表者、委員らが作成した提案は、全会一致ではなかったものの、参加者8名のうち7名から支持され、広く合意された。」「この超党派的な合意は、チリ南部地域における平和と理解への道筋を探る上で歴史的な節目となる」と述べていました。

8名の委員の中で、提案の一部に反対したのは、Malleco農民協会のセバスティアン・ナベイリャン会長でした。ナベイリャン氏は、土地返還と返還される土地の量について異議を唱え、発生する費用にも疑義を呈したと報じられています。

共和党などの右派勢力は、全会一致でなかったことを理由に反対の意向を示しています。共和党のアントニオ・カスト氏は「大統領委員会が承認したものは平和への道ではなく、むしろ制度的分裂を深めるものだ」と一方的に非難しています。ちなみにカスト氏は今年11月に行われる大統領選挙の候補の1人です。

その一方で、委員の1人であるカルメン・グロリア・アラベナ上院議員(共和党)は、共和党がこの文書に反対していたために文書の合意に反対票を投じざるを得なくなるとして、共和党から離党することを決意しました。彼女はこの文書を「平和と社会の結束に向けた画期的な出来事」として評価しています。

他方、委員会が報告書を作成するために行った意見聴取の中には、武装闘争や農業・林業の開発に対する破壊工作を実施してきた一連の先住民組織は参加していません。

今回の文書に反対するマプーチェ族のグループの1つ、アラウコ・マレコ調整委員会(CAM)のリーダーであるエクトル・ライトゥル氏は、「この委員会は、領土回復プロセスに積極的に取り組んでいる我々の組織や自治を求めるマプーチェ運動の政治的目標を代表するものではない。我々の政策は、民族の再建と先住民領土の解放であり、これらの目標は、チリの政治家階級やその関連セクターによって理解も対処もされていない。」とコメントしています。

ライトゥル氏は、チリの刑務所に収監されているマプーチェ族の活動家約100人のうちの1人で、国家安全保障法違反などに対する罪で23年の刑に服しています。

「この委員会は、自らの土地のために闘う共同体やグループの要求を代表するどころか、平和と社会福祉という偽りのレトリックの陰に隠れている大企業や大地主の利益を体現している」と厳しく非難し、あくまでも自治を求めています。

ボリッチ大統領は、テレビ演説の最後に、国全体にとっての正義、平和と繁栄を確かなものにする国家とマプーチェ族との関係の新しい一章を開くために、この報告書とその勧告の下にまとまるよう呼びかけました。

こうした中で来年3月に任期を終えるボリッチ大統領が、この提言を具体化し、問題の解決に向けた道筋をつけることができるのか、今後も注視していきたいと思います。

2025年6月28日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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キューバ 苦境が続く観光業

前回(「キューバ 回復の兆しが不透明な経済状況」)では、キューバ経済の現状として、インフレと賃金の動向について概観しました。今回は少し角度を変えて、観光業の現状についてまとめてみました。

(1)観光業の最近の動向

キューバ経済にとって観光業は、社会の主な収入源、貴重な外貨獲得源の一つとして戦略的な重要性を担ってきた産業です。それ以外の主な外貨獲得源としては、海外在住キューバ人からの送金、専門職サービスの海外輸出(医療従事者など)があります。

観光業の動向を見ることはキューバ経済の今後を考える上で必要不可欠とも言えます。それでは、今年に入ってからの観光業に関する統計データを引用してみます。

5月13日(火)に国家統計情報局(ONEI)が公表した報告によると、2025年第1四半期(2025年1月~3月)におけるホテルの稼働率が、24.1%でしかなかったことが明らかにされました(2024年同時期は35.6%)。つまり、昨年同時期と比較して11%のマイナスということです。

しかもこの数字がより深刻であるのは、この時期が観光の「ハイシーズン」(繁忙期)に当たっているからです。一般的にキューバ観光のベストシーズンは乾季の11月から4月と言われています。

次に海外からの観光客数の動向についてです。

海外からの訪問客数は、25年第1四半期が57万1772人でした。24年第1四半期が80万8941人でしたので、昨年同期比の70.7%、30%近い減少となっています。

同じ時期の主な国別の観光客数の減少率を見ると、ロシア(50.1%減)、カナダ(31.8%減)であり、国ではありませんが海外在住のキューバ人についても(20.4%減)となっています。
※ここで言う「海外在住キューバ人」は定義上「観光客」として扱われている人々のことを指しています。

カナダは30%を超えるマイナスを記録していますが、実際の数では27万2274人であり、依然としてキューバを訪れる観光客の国の中では第一位となっています。その次に多いカテゴリーが国ではありませんが、海外在住のキューバ人(5万9896人)、続いて、米国(3万9447人)、ロシア(3万3395人)、ドイツ(1万7242人)、フランス(1万4746人)、アルゼンチン(1万2275人)、メキシコ(1万1592人)、スペイン(9827人)、イタリア(8913人)と続いています。

一方、トルコと中国からの観光客は増えており、増加率がそれぞれ、32.8%と18%を記録したと報じられています。

観光客数の減少とともに、宿泊日数も28.5%の減少となり、国営の観光施設の収入についても21.5%の減少となっています(いずれも昨年同時期比)。

ちなみに海外からの観光客数の推移ですが、2020年と2021年は新型コロナ・パンデミックの影響で大きく減少しましたが、2022年には160万人と回復し、2023年には240万人に増加しました。

しかし昨年については、政府は300万人以上の受け入れを見込んでいたのが、220万人にとどまり、23年よりも減少して終わりました(23年より約9.6%減)。

新型コロナ・パンデミック以前の数年間は、年間400万人を超える観光客(2017年には約470万人に達した)が訪れていました。とくに2019年の約430万人と比べて昨年の数字は50%近い減少となっており、現在のキューバ経済の危機的な状況を端的に反映しているとともに、そこからの立て直しが容易でないことがこれらの統計数字から伺えます。

政府は今年の海外からの観光客数を260万人と見込んでいますが、先の統計データからはその目標達成も危ういと見られています。

専門家の見解では、こうした観光業の苦境を招いている要因として、必要な物資を保証できないという経済的な問題のほか、電力危機の影響、航空路線の減少、米国政府による制裁といった様々な要因が重なった結果であるとされています。

対照的に、ドミニカ共和国やジャマイカなどの同じカリブ海諸国が、高品質のサービス、競争力のある価格、近代的なインフラ設備などの提供によって観光客をひきつけていることから、キューバ政府の観光政策の不備を指摘する向きもあります。

いずれにせよ、国の重要な収入源の一つであり、政府が戦略的にも力を入れてきた観光業の現状からは、現在の経済の危機的な状況からの立ち直りがいかに難しいかが浮き彫りになっています。

(2)政府の分析と政策上の問題

政府の観光業に対する政策はどうなっているのでしょうか? 次にそれを見てみます。

観光業全般にわたる政府の政策を述べることはできないので、ここでは政府による国家投資の動向について触れておくことにします。

ONEIのデータによれば、2024年の分野別の国家投資の額を見ると、全体の4割近く(37.4%)が観光とホテル業に関連する事業(※)に割り当てられており、これは教育と医療分野に割り当てられた合計額の12倍超に上っています。

※項目としては①「企業サービス、不動産、賃貸」(249億730万ペソ)、②「ホテル、レストラン」(119億3650万ペソ)の合計が368億4380万ペソ。「教育」(9億9390万ペソ)、「医療・社会扶助」(19億7740万ペソ)で、合計が29億7130万ペソ。国家投資の総額は985億6950万ペソ。

これは、政府が国の経済をけん引する原動力としてこの分野を位置づけていることの反映であると言えますが、先に見たようにそれに見合ったような結果をもたらしていないとも言えます。

キューバ人経済学者のペドロ・モンレアル氏(スペイン・マドリード在住)は、この投資計画について「国家投資の慢性的な歪み」を反映したものと批判的な見解を示しています。

とくに国民生活に直結するような分野(教育、医療のほかには食料生産としての農牧畜業など)との優先順位の付け方、投資バランスに偏りが見られるのは明らかであり、それに対する批判や疑問の声が上がるのもやむを得ないように見えます。経済全体が悪化して国民生活が苦しさを増している中ではなおさらと言えます。

ホテルなどの観光施設の建設ブームは新型コロナ・パンデミック以前からの傾向を引き継いでいると言われており、現在のようにプラスの効果が十分には見られていない中でもその傾向が維持されていることは問題ではないかと思います。

キューバ政府(担当当局)も観光業の現状について、燃料価格の上昇や航空会社によるキューバ行きフライトのキャンセル(減便、運休)などの問題があることや、さらに現在の経済状況の悪化が観光業に影響を及ぼしていること(例えばホテルの供給についての遅れ、燃料不足による交通障害、停電による賃貸物件への影響など)は認めてはいます。

その他の外的要因として、米国政府による制裁措置、とくに第1次トランプ政権時の2019年にクルーズ船の入港が禁止されたことが大きな影響を与えたことなどを指摘しています。

2023年に公表された観光省の年次報告書の中では、2022年の観光分野の問題として、「主に食料、飲料、物資の不足、サービスの悪さ、観光地でのレクリエーション活動や娯楽の不足、施設のメンテナンスの悪さ、インターネットサービスの不安定さ」により、一連の品質上の問題があったことを認めています。

その他に構造的な問題として指摘されているのが、ホテルの部屋の「故障」についてです。具体的には、空調設備(エアコン)が正常に機能していない、シャワーが水漏れするなど、宿泊客の快適さを損ねる部屋が一定数存在していることです。

これについては年ごとの正確なデータは公表されていないようですが、新しくホテルが建設されたとしても、このような実際に機能不全にある部屋の改善がなされていかなければ、限られた投資資金の一定額が「無駄」になってしまうのではないかと懸念されます。

ホテルの年間の平均稼働率の推移を振り返ってみても、新型コロナ・パンデミック以前の2019年でさえ、48.2%、2017年でも56.9%です。先に見たように「ハイシーズン」でも稼働率が30%に届いていない現状で新たな宿泊施設の建設に資金を投じることの是非が客観的なデータをもとに議論される必要があります。

前述したペドロ・モンレアル氏は以前から、国民生活に直結する食料供給に不安がある状況下で新しいホテルの建設への投資を進めることに疑義を呈しています。その上で「現在の投資パターンを変える」ことを訴えています。

その他にも観光業との関連で言えば、リゾート地以外のインフラ設備の脆弱性などを観光業の不振の原因として指摘している専門家もいます。

国家資金が限られている中で、どの政策分野に優先的に資金を投じていくのか、全体のバランスを図りながら決めていくのは、まさに生活と直結した政治の課題であり、投資結果の検証と評価を踏まえた上での政府の姿勢が問われているのではないかと思います。

2025年5月27日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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キューバ 回復の兆しが不透明な経済状況

(1)政府による今年の経済予測

昨年12月に開かれた人民権力全国議会(国会)において、ホアキン・アロンソ・バスケス経済計画相が、今年(2025年)の経済見通しについて報告し、国内総生産(GDP)の成長率に関しては約1%のプラス成長を見込んでいると述べました。

キューバ経済は、2023年がマイナス1.9%、2024年については正式なデータが公表されていませんが、マイナスだったとして、2年連続のマイナス成長であったことを政府が認めています。

※従来は12月の国会でその年のGDP成長率(速報値)が報告されていましたが、昨年は具体的な数字について言及がありませんでした。

マイナス成長が続いている主な要因として挙げられているのが、①燃料不足と電力インフラの劣化による停電の長期化、②高いインフレ率の継続、などです。

とくに①は生産活動の低下を招くとともに、市民の日常生活にも悪影響を及ぼしています。さらに住民にとっては、②の長引く物価高がこれに追い打ちをかける形となっています。

政府は、今年のプラス成長の根拠に、観光業の回復、輸出収入の増加、国家電力システム(SEN)の安定化などを挙げています。しかしその根拠がうまく機能するかどうかについては疑問視する声が少なくありません。これと合わせて市民の生活にとっては、今後のインフレ動向も気になるところだと言えます。

今年に入ってすでに第1四半期(1~3月)が過ぎましたが、今回は現在のインフレがどうなっているのか、それと合わせて働く人の賃金がどうなっているのかについて、わかる範囲で見ていきたいと思います。

(2)長引くインフレに変化の兆し?

今年3月のインフレ率について、前年同月比で20.62%であったことが、国家統計情報局(ONEI)によって報告されました。この数字は過去数年間の中で最も低く、7カ月連続でインフレ率(前年比)が30%を下回る状況になっていると報じられています。

このようにインフレ率の伸びには一定の緩和傾向が見られるものの、依然として高い水準にあることには変わりがなく、市民生活への悪影響が引き続き懸念されています。つまり、政府のインフレ対策がこの状況を十分にコントロールできていない現状が見えてきます。

3月のインフレ率の変化を前の月(今年2月)と比較してみると、1.22%の上昇幅でした。2月の上昇幅(今年1月との比較)が2.75%でしたので、幾分下がっていることがわかります。3月までの6か月間(半年)で、前の月より上昇幅が小さかったのは3月が初めてだということです。

これが傾向的なものかどうかは、今後の動向を注視する必要があります。物価高のペースが緩和されてきているとは言っても、2020年以降で見ると、キューバの物価水準は3倍になっていると報じられています。

実際、ONEIの報告では、国民の収入の9割以上が、消費者物価指数(CPI)の算出基準となる基本的な財とサービスの品目を消費する部分にあてられていると述べています。つまり、国民が日常生活を送る上で必要なモノやサービスを手に入れるので精いっぱいといった状況にあることがわかります。

(3)賃上げでも基本的な生活水準をカバーできていない

同じく、ONEIが4月18日(金)に公表したデータによると、キューバの国営部門で働く労働者の平均月給が2024年に25.6%アップしたことが報告されています。国営部門の平均給与は5,839キューバ・ペソでした。

ただし、この賃上げだけでは、キューバの平均的な家庭の必需品の費用をカバーするのには十分ではないと言われています。

というのも、このアップ率は、フォーマルな市場で記録された2024年の年間インフレ率(前年比で24.88% 推計値)をわずかに上回ってはいますが、先に見たようにインフレによる生活費の高騰によってほぼ相殺されてしまうことは明らかだからです。

しかも、公式のインフレ率には、商品の供給が豊富と言われるインフォーマルな市場での価格上昇は反映されていないので、実際のインフレ率はこれ以上に高く(3ケタに達する可能性があるとも言われる)、統計データと日常生活の現実との間にはかなりのギャップが生じているとも指摘されています。

スペインのEFE通信社によると、賃上げによる実際の購買力の増加は、年1%にも届いていないとしています。

また、キューバ人経済学者のオマール・エベルレニ・ペレス氏によると、配給制度で補助される食料品を考慮に入れたとしても、2人世帯が生活に必要とされる基本的な食料品(17品目)を賄うには、平均月収の4倍以上が必要だということです。

続いて、部門別、県別の給与格差についても見ておきます。

ONEIのデータによると、最も給与の高い部門はガス、水道、電気供給部門で、平均給与は9,317ペソとなっています。反対に低い部門は、清掃業務などのコミュニティ・サービスなどで、平均給与が4,033ペソとなっています。

別の報道では、コミュニティ・サービス部門では、人手不足や業務に必要な資材不足などから作業環境が一段と厳しくなっていることが伝えられています。

その他では、医療従事者と教育従事者の平均給与はそれぞれ6,154ペソ、5,451ペソとなっています。

県別では、最も高いのはハバナ県の月平均6,449ペソ、最も低いのは東部のサンチャゴ・デ・クーバ県の5,123ペソと報告されています。

ここまで非常に簡単ではありますが、最近のインフレと賃上げの動向について概観してみました。

キューバは近年、食料品だけでなく、医薬品や燃料(ガソリンなど)といった基本物資が不足し、長期にわたる停電が続くなど、4年以上にわたって複合的な経済・エネルギー危機に直面しています。外貨不足により基本物資を海外から調達することも困難です。

その要因としては、新型コロナ・パンデミックによる影響の長期化、第1次トランプ政権時から続いている米国政府による対キューバ経済制裁の強化、さらにキューバ政府による経済政策がうまく機能していないことなどがあり、それら複合的な要因が絡まり合っていて、キューバ経済の構造的な問題がより深刻化していると言われています。

その解決が一筋縄でいかないことは容易に想像できます。しかし、実態を反映した、より正確な現状分析に基づいて、地に足の着いた経済政策を実行しながら、住民の信頼を回復していくことが何よりも必要なことではないかと思います。

2025年4月27日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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アルゼンチン 退職した年金生活者の闘い

数か月前から毎週水曜日、退職した年金生活者のグループが国会前で抗議活動を続けています。それはミレイ政権の財政緊縮政策による生活水準の低下に対する抗議であり、生存権の保障を求める闘いです。

(1)3月12日、デモ隊と警官隊の衝突が発生

そうした中、3月12日(水)の行動には、退職した年金生活者の行動を支援するために、数百人のサッカークラブのサポーターたちが参加しました。他にも労働組合なども参加していました。

この日の行動では、投石などを行うサポーターや国会議事堂周辺の道路を占拠した抗議者たちと、これを追い払う目的で、放水砲、催涙ガス、ゴム弾、警棒を使用した治安部隊との間で激しい暴力を伴う衝突事件が発生しました。

その中で、フリーランスの写真ジャーナリストであるパブロ・グリロさんが最もひどい重傷を負ったことが報じられています。

父親のファビアン・グリロさんによると、衝突の最中に警官の写真を撮影していたところ、催涙ガス弾が頭に当たり、頭蓋骨を骨折したということでした。そのため、パブロさんは緊急入院を余儀なくされました(3月13日の報道)。

パブロさんを警官が撃つ瞬間の動画がソーシャルメディアで共有されたほかにも、杖で身を守ろうとした女性の年金生活者に対して、警官が催涙ガスを発射する瞬間をとらえた動画も拡散されており、警官隊による過剰な弾圧の実態が明らかにされています。

今回の事件に対してパトリシア・ブルリッチ治安相は、抗議者の中には、サッカークラブの最も暴力的なファン層(フーリガン)が含まれていると述べ、「デモに参加した人の多くは、人を殺す覚悟で来ていた」と一方的に非難し、警察による弾圧行為を正当化しました。

当局の公式発表によると、当日は124人以上の人が逮捕され(うち90人以上がすでに釈放済み)、警察官26人を含む少なくとも46人が負傷したと報告されています。また、警察車両2台も放火され、数十個のゴミ箱も放火されるなどの被害が発生しています。

(2)抗議行動が続いている背景について

アルゼンチンのハビエル・ミレイ大統領は、政権発足以降、インフレ抑制を目的として、過去に前例のないほどの公共支出削減策を実施しています(「財政赤字ゼロ」計画。「チェーンソー」政策と呼ばれている)。これにより、最も大きな悪影響を受けているのが、退職した年金生活者たちです。

とくに高齢者は、実際にかかる生活費の負担が増える中で、購買力の損失を被っただけでなく、これまで無料であったり、割引が適用されていた医薬品の購入についてもその条件が変更されたことで、入手することができなくなる事態に至っています。

さらに、昨年3月から政府は、これまでは退職者が受け取ることのできた年金のボーナス支給を凍結しました(一定の所得条件付きの下で最低年金から段階的に支給される形に変更)。

報道によると、アルゼンチンでは、定年年齢が女性60歳、男性65歳となっており、退職者の人数は約740万人で、総人口の15.7%を占めています。また、退職者の63.5%が最低年金を受給しています。

問題は、この最低年金額(基準をもとに額を算出)では日々にかかる基本的な生活費を賄うことができないということです。

法律で保障された独立組織であるブエノスアイレス市オンブズマン機関の調査によると、上記のボーナス支給を含めた最低年金額では、生きていくのに必要な収入額の3分の1にも満たないことが公表されています。

インフレ率の伸びは鈍化しているとは言え、上昇し続けていることには変わりないため、算出される年金支給額の伸び率が上がっても、インフレ率よりも低いために実質的な所得は減っているのが実際のところです。

※このデータは高齢者の住宅費を含めたもので、ブエノスアイレス周辺の高齢者が多い地区をサンプルとしています。

さらに、今年の3月23日以降、年金制度への拠出期間(30年)を満たしていない労働者に対して、法的に認められてきた支払い猶予期間の終了が決定されたため、これらの労働者たちは退職年金を受け取ることができなくなります。

この人たちの中で「社会的に脆弱」とされる人たち(証明が必要)は、高齢者向け国民年金(非拠出型)の受給資格を得ることができますが、この年金の支給開始年齢は65歳以上となっているため、とくに定年年齢60歳となっている女性たちに与える「影響が大きい」と指摘されています。

そのため、高齢になっても働き続ける必要があり、しかも見つけられたとしても低所得の仕事に就かざるを得ない状況がつくられています。

(3)過剰な弾圧を貫く政府の姿勢

このような「人道上の危機」とも言われる、ミレイ政権による「生存権の侵害」に反対し、十分な生存権の保障を求めて、2024年半ば以降、先の国会前の抗議行動が続けられてきたわけです。

その中で、抗議行動にサッカークラブのサポーターたちが参加するきっかけとなる事件が起こりました。それは、アルゼンチンのサッカークラブである「CAチャカリタ・ジュニアーズ」のシャツを着た一人の退職した高齢男性が、警察の警棒と催涙スプレーの使用によって負傷させられたという事件でした。

事件発生の翌週には、弾圧を受けた当人に伴ってそのクラブのサポーターたちのグループが抗議行動に参加しましたが、ここでも再び警察による弾圧を受けました。

こうした事態に対して、様々なサッカークラブのサポーターたちに抗議デモへの参加を呼びかけるアピールが広がりました。今回の衝突が発生した3月12日のデモに対しても、全てのサッカークラブのサポーターの参加を促す呼びかけがソーシャルメディアを通じて広まり、注目を集めていました。

サッカークラブのサポーターたちが抗議行動に参加している背景として、ソーシャルメディア上では、かつてのアルゼンチン・サッカーのスーパースターであったマラドーナ氏の言葉が引用されていることが報じられています。

それは、1992年当時、国家最高司法裁判所前(マラドーナ氏がそこにいた)で行われた退職者たちの抗議活動について尋ねられた際に、マラドーナ氏が答えた発言内容です。

「私は退職者を擁護する。どうして彼らを擁護しないでいられようか? 退職者を擁護しないのは憶病者でしかない。」

ソーシャルメディア上では、このマラドーナ氏の言葉を引用しながら、抗議行動に賛同するコメントが多く寄せられている一方で、行動には暴力沙汰や犯罪行為を行うフーリガンもいるとして非難するコメントも上がっています(BBCの2025年3月12日付配信記事より)。

先述したように、パトリシア・ブルリッチ治安相は、この日の抗議行動を「フーリガンが参加している」とした上で、「今日のことは異常で深刻だ」とコメントしました。

さらに「政府を打倒するために政治的に団結したこれらの人々は、今回、人を殺す覚悟でやって来た」とも述べています。

12日の朝には、公道でのデモ中に暴力行為に参加した者はサッカースタジアムへの入場を禁止するとの新たな決議を政府が承認したと警告を発していました。

ブルリッチ治安相は、退職者とその支援者に抗議する権利はあると認めていますが、道路を封鎖する権利はないとして、この行為を禁じています。

アルゼンチンでは、長年にわたり抗議活動の一つの方法として「ピケ」と呼ばれる「道路封鎖」が実施されてきましたが、ミレイ政権はこれを許さないとして徹底的に弾圧しています。それを評価する声がある一方で、デモ参加者に対する過剰な弾圧を非難する声も強く上がっています。

強大な権力を行使できる側が、たとえその力によって一時的には抗議の声を押さえつけることができたとしても、その抗議が沸き起こる原因を解決するための努力を続けなければ、その声が止むことはないと言わざるを得ないと思います。

2025年3月23日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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