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ペルー 大統領の罷免と「政治的危機」

(1)はじめに

 12月7日(水)、ペルー国会は、「恒久的な道徳的能力の欠如」を理由としてカスティージョ大統領の罷免を決議しました。カスティージョ大統領に対する罷免決議は今回が3度目でした(1度目は21年11月、2度目は22年3月でいずれも不成立)。

 ペルー憲法には、「議会によって宣告された、恒久的な道徳的・身体的能力の欠如」による「空位」という規定(憲法113条2項)があります。「空位」とは大統領がその地位を明け渡すことです。これは、法定議員数の3分の2以上の賛成票によって承認されます。

 国会(一院制)の定数は130議席ですので87票以上が条件となります。今回の決定は、賛成101票、反対6票、棄権10票でした。これによってカスティージョ氏は失職することになりました。

(2)罷免決議と逮捕・失職に至る経過

 この日の国会では、事前の申告に基づいて午後から、カスティージョ大統領に対する「恒久的な道徳的能力の欠如」による「空位」(罷免)を審議、決議することになっていました。

 その前日にカスティージョ大統領は、「民主主義の破壊を望んでいる」と野党側を非難するとともに、汚職の告発についても無実を繰り返し表明していました。

 そして罷免の動きを阻止するために、午前11時50分にカスティージョ大統領は、「例外的な緊急政府」の設立を宣言し、国会の一時的な閉鎖、夜間外出禁止(7日午後 10 時から翌日の午前 4 時まで)を命じました。

 さらに、今後9か月以内に憲法改正を目的とした新しい国会選挙の実施、司法権力の再編を行う意向を示しました。新しい国会が選出されるまでは政令を通じて統治を行うことも明らかにしました。

 この発表直後、ベッツィー・チャベス首相、アレハンドロ・サラス労働・雇用促進相、クルト・ブルネオ経済・財政相、セザール・ランダ外相、フェリックス・チェロ法相ら13名の閣僚が、カスティージョ大統領の意向は憲法違反だとして相次いで辞任を表明しました。

 カスティージョ大統領担当弁護士もカスティージョ氏の弁護を放棄せざるを得ないとのコメントを公表しました。

 憲法裁判所長官は、カスティージョ大統領の行為を「国家クーデター」と認定した上で、「いかなる者も、権利を侵害した政府に従う必要はない。」と明言しました。

 さらに、国会議員には「自らの権限と能力に従って行動する」よう促すとともに、ディナ・ボルアルテ副大統領に政府の引き継ぎを行うよう訴えました。

 検察庁・国軍・国家警察に対しても、「法に従って行動すること」、「法を逸脱している者に対処すること」を呼びかけました。

 国軍と国家警察は、文書で共同声明を出し、「現行の憲法秩序を尊重する」と述べました。ペルー憲法の規定(第134条)によると、大統領が国会を解散できるのは、同一政権下で国会が内閣に対する信任決議を2度否決した場合となっています。つまり、今回のカスティージョ大統領の宣言はこの規定に反していることを意味します。

 さらに「現行の憲法秩序に反するどのような行為も憲法違反であり、国軍と国家警察はその行為を遵守しない」意思を明確にしました。また、市民に対しては「平静を保つ」こと、国家機関への信頼を呼びかけました。

 国会での審議中、カスティージョ氏とその家族は車で大統領官邸を後にしたことが確認されましたが、リマにあるメキシコ大使館から亡命する可能性があるということで、その途上でカスティージョ氏は現行犯逮捕されました。罪状は、反逆罪(刑法第346条)、職権乱用(刑法第376条)、憲法違反(第46条)でした。数時間拘留された後、ヘリコプターで警察特殊作戦局の本部にあるバルバディージョ刑務所に移送されました(アルベルト・フジモリ元大統領も収監されています)。

 午後1時15分から国会が開かれ、カスティージョ大統領の罷免に関する審議と投票が行われました。そして午後1時 55 分、賛成101票、反対6票、棄権10票により罷免が可決しました。

 11月29日に提出された動議(67名の議員が署名)によると、「恒久的な道徳的能力の欠如」を示す具体的な内容については、大統領自身が関与したとされる汚職疑惑(収賄)や、「市民の福祉を損ない、大統領とその親族の利益を優先して、深刻な問題を抱えた高官を任命することで国家機関を乗っ取り・解体したこと」などが列挙されています。

 汚職に関しては、10月に、公共工事の不正入札による利益の取得を主導したり、調査を妨害したりしていたとする告発が検察によって国会になされていました。

(3)ボルアルテ新大統領の就任と、長引く「政治的危機」

 カスティージョ氏が失職したことにより、副大統領のディナ・ボルアルテ氏が女性初の大統領に就任しました。ボルアルテ氏は、カスティージョ氏が行った議会閉鎖の決定に対しては、はっきりと距離をおいて「憲法に反する行為」と批判していました。

「私は、議会の閉鎖によって憲法秩序を崩壊させるペドロ・カスティージョの決定を拒否します。これは、政治的・制度的危機を悪化させる国家クーデターであり、ペルー社会は法を厳守してこれを克服しなければならない。」とソーシャルメディアに書き込みました。

 ボルアルテ新大統領の任期は、選挙の前倒しが行われない限り、現在の任期が終了する2026年までとなります。

 大統領就任後の最初のメッセージでボルアルテ氏は、「国家的統一政府を設置するために政治的休戦を求めます。そのための責任はすべての人が負わなければなりません。」と断言しました。

「話し合い、対話し、合意に達することは我々の責任です。」「そのために、議会に代表されているか否かに関わらず、すべての政治勢力の間での幅広い対話のプロセスを求めます。」と述べました。

 さらに、取り組むべき最初の措置として「国家機関における腐敗との闘いを開始すること」を掲げ、検察庁と国家代理人庁(Procuraduría)の支援を要請しました。

 ボルアルテ氏の就任は「ペルー初の女性大統領」として注目を集めていますが、今後の政権運営が安定するかどうかは疑問視する向きもあります。政治を安定させ、政策を前に進めるには、野党議員の支持を取り付けることが必要とされるからです。

 2021年7月に誕生したカスティージョ政権は短命に終わりました。この約1年半の間に5つの内閣、約80名に上る閣僚が任命されたことからも、政権がいかに安定していなかったかがわかります。

 カスティージョ氏が大統領選挙に立候補した時の所属政党は左派の「ペルー・リブレ」でした(2020年9月30日に党員登録)。ボルアルテ氏も副大統領候補として同党から立候補しました。

 しかし、カスティージョ氏は党規約への抵触(党の団結の破壊促進)、実施された政策が選挙公約とは異なっている(「失敗した新自由主義プログラムを実施している」)ことを理由に、党員を辞めるように同党からの勧告を受けて、今年6月末に離党しました。

 ボルアルテ氏も「ペルー・リブレ」に所属していましたが、メディアとのインタビューでの発言(「私はペルー・リブレ党のイデオロギーを受け入れたことはない。」)などが問題視されて、現在は離党しています。

「ペルー・リブレ」は21年の選挙では37議席を獲得して最大勢力となりましたが、その後、党内運営などをめぐる対立から多くの議員が党を離れたため(別の政党グループに分かれる)、現在は15にまで議席を減らしています。現在の最大勢力は右派の「フエルサ・ポプラール」(党首ケイコ・フジモリ氏)で24議席です(ペルーの国会は、無所属を除いて13の政党で構成されています)。

 このような経緯がありましたが、今回のカスティージョ大統領の罷免決議に関して「ペルー・リブレ」は必ずしも賛成の立場には立ちませんでした。実際の投票では、反対の6票、棄権のうち9票は同党の議員が投じています。

 いずれにしても、ボルアルテ新大統領にとっては野党勢力との協力が必要不可欠になっていることに変わりはありません。

 しかし、近年のペルー政治を見渡した時、今回のケースが特別だったとは言い難い面があります。2018年から現在までに大統領の交代が繰り返され、6人が大統領の座についていたことになります。

 まず18年3月にペドロ・パブロ・クチンスキ氏が収賄容疑で辞任、2020年11月に跡を継いだマルティン・ビスカラ氏が収賄容疑で罷免、同年就任後わずか5日でマヌエル・メリノ氏が辞任、フランシスコ・サガスティ氏は21年の任期終了まで、21年7月からはペドロ・カスティージョ氏、現在はディナ・ボルアルテ氏と続いています。

 交代が相次いで起こる要因としては、汚職疑惑が大きいわけですが、その一方で構造上の問題があることも指摘されてきました。

 1つは多党制に見られる政治的な分裂状況です。もう1つは議会と大統領との競合関係であり、憲法上、一方が他方の権限を無効にすることができる制度になっている点です。

 具体的には、議会には大統領を罷免する権限があり、大統領には議会を解散する権限があることです。一院制の議会と大統領の間に対立がある場合、こうした制度が国の統治を難しくすることにつながる可能性があると言われています。

 また、今回適用された「恒久的な道徳的能力の欠如」の中身についても、憲法に細かい規定がないため、「解釈の余地」があることが指摘されています。

 今回の交代劇が、近年続いている「ペルーの政治的危機の終わり」をもたらすかどうかは依然不透明です。というのも、国会は引き続き多党に分裂した状況にあって国民の支持が低いことと、罷免を受けて全国各地で数多くの人々が新しい選挙(国会と大統領の両方)の実施を求めて抗議活動を活発化させているからです。

 ボルアルテ新大統領は、10日(土)、新しい内閣を任命しました。任命した17人の閣僚のうち、8人が女性です。元最高検事のペドロ・アングロ・アラナ氏を首相に任命し、汚職反対の行動を取るように指示しました。

※以下の過去の記事もご参照ください。
ペルー 大統領の辞職と政治的危機の構図(2020年12月1日)
ペルー 大統領選挙から見た政治的課題(2021年4月29日)
ペルー 高まる政治的・社会的危機の中で(2022年4月28日)

2022年12月12日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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