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「コロナ禍」のラテンアメリカ

◎国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会(CEPAL)の3つの報告書

 2020年4月から5月にかけて、国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会が3つの報告書を公表しました。新型コロナウイルス感染拡大のラテンアメリカ・カリブ地域の社会・経済への影響を分析・評価し、「コロナ後」の世界において進めるべき政策の基本軸についての提言をまとめています。

 3つの報告書は以下のとおりです。
①4月3日「COVID-19パンデミックに直面するラテンアメリカ・カリブ地域:社会経済的影響」
②4月21日「経済の立ち直りを考えるためにCOVID-19の影響を評価する」
③5月12日「COVID-19時代の社会的課題」

 ①と②では主にパンデミックによる同地域へのマクロ経済面への影響を分析しています。③では現在の経済活動の停滞が、とりわけ貧困層・極貧層、そして低所得層など社会的に脆弱な立場におかれた人々の所得の減少、格差の拡大という形で重くのしかかっている現状を明らかにしています。そして中長期的に「新型コロナウイルスとの共存」が想定される世界で、一時的な政策だけでなく、この新しい社会的現実に対応する政策として「緊急ベーシックインカム」へ向けた提言を打ち出しています。

(1)新型コロナウイルス感染拡大による経済への影響について

 パンデミックが到来した時、ラテンアメリカ・カリブ地域の経済状況は、直近6年間(2014~19年)のGDP成長率が平均で0・4%と、あまり良好な状態ではありませんでした。パンデミック前の経済予測では、今年の経済成長率は最大で1・3%と評価されていました。ところが、この危機的状況の中で、CEPALは今年の地域の経済成長率を平均-5・3%と予測しています。この数字は、1930年の大不況時(-5%)よりも悪く、歴史的に見て最も悪くなる可能性を指摘しています。

 この経済の落ち込みは以下の5つの要素に起因すると指摘しています。
①主要な貿易相手国の経済活動の縮小
②一次産品価格の下落
③グローバル・バリューチェーンの中断
④観光サービスの需要減
⑤リスク忌避の強化と世界的な財政状況の悪化

 CEPALが「歴史的に先例のない事態」と評価しているように、「コロナ禍」のラテンアメリカ・カリブ地域の社会は、これまでにない公衆衛生的、経済的、社会的危機といった複合的な危機に直面しています。

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キューバ、感染症と国際連帯

1.  キューバにおける新型コロナウイルス感染拡大と対策について

(1)キューバの新型コロナウイルス感染状況

 キューバで新型コロナウイルス感染者が確認されたのは3月11日、イタリアからの旅行者3名でした。奇しくもこの日はWHO(世界保健機関)が「パンデミック」を宣言した日です。

 公共保健省が公表しているデータは以下のとおり。(5月15日時点)
・累積感染者数 1,862名
・死者数 79名
・陽性率 2.33%(検査を受けた人数79,834名)
・致死率 4.24%
・入院感染者数 321名
・感染の疑いがある中で、入院している者(918名)、自宅隔離(3,365名)
・感染者の状態は、症状が安定(314名)、重症(5名)、危篤(2名)、退院(1,460名)

 キューバでは感染者とその疑いのある人は隔離措置の対象となります(5月15日時点で4,604名)。疑いのある人は検査中か、感染者とのつながりがある人(家族など)です。

キューバ公共保健省資料より作成(2020年5月13日現在)
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ボリビアの行方とパンデミック

1.2019年10月大統領選挙の実施と結果

 2019年10月20日、総選挙(大統領、国会議員)が行われました。10月25日に最高選挙裁判所(TSE)が公表した大統領選の最終結果は以下のとおり。

 モラレスの得票率47.08%、過半数には届かなかったが、2位のカルロス・メサの36.51%を10.57ポイント上回り、決戦投票なしでモラレスの勝利を認定。

 当選基準は、①得票率5割以上か、②得票率4割以上かつ2位との差が10ポイント以上のいずれかで、今回は②の条件を満たしていたかが焦点となりました。

(1)2通りの集計システム

 票の集計は次の二通りで実施されました。①「予備的選挙結果伝送システム」(TREP)と呼ばれる迅速な集計システム。

 これは、作業を請け負う民間企業と市民登録サービスが共同で実施。事前に決められた技術スタッフ(市民)が各投票所からモバイルを使い投票用紙を撮影、その電子情報をTSEに伝送します。但し、エラーチェックがなされたものではなく、農村部ではインフラが未整備でアクセスに格差があるなど情報としては不完全。あくまでトレンドを示すものです。

 ②正式の集計システム。法的拘束力を持ち、①より完全で正確だが集計に時間がかかる。TSEが最終結果を決定し知らせるためのものです。

 これは、投票所から各県の選挙裁判所に票が集められ、エラーチェックを経た集計用紙には、陪審員制に類似して、市民から選出された六名の署名が必要とされます。また政党の代表者の立ち会いも可能で、これらの結果がTSEに伝えられます。

 TSEは、①は開票率80%までの結果であり、②が公式の結果であることを事前に説明しています。

 実際のTREPの経過ですが、第一報では、開票率83.85%、モラレス(45.71%)、メサ(37.84%)、その差は7.87ポイント。

 その後、約24時間後に更新された時点では、開票率95.30%、モラレス(46.86%)、メサ(36.72%)、その差が10ポイントを超えていました。

 この「空白の時間」と「ポイント差」について疑問を呈して介入したのが選挙監視団として参加していた米州機構(OEA)でした。

 21日、OEAは「投票後に周知された予備結果の傾向を正当とすることは難しく、この劇的な変化に対して驚きと深い憂慮」を表明しました。監視団を派遣した欧州連合(EU)もこれに同調します。

 これに対してモラレス政権は、開票作業の検証を呼びかけ、OEAによる検証が10月31日から始まります(同じく参加を打診された野党側のメサは一方的に決められたものとして拒否)。

 11月10日、OEAは中間報告を公表し、開票速報が選挙当日の夜から約24時間「中断」したことを問題視し、また10%以上の差があったかどうかは確かではないと結論づけて決戦投票の実施を求めました。12月4日に公表された最終報告書でも明確な証拠は提示されることなく「重大な不正の存在」を確認したと結論づけました。

(2)「不正選挙」だったのか?

 最初のOEAの疑義に対しては、米国にある経済政策研究センター(CEPR)が批判するレポートを公表しました(11月8日)。

 そこでは、得票率に関するTREPのトレンドと最終結果のそれは一貫している、OEAは選挙についての組織的で一般的な不正があったとする証拠を示していない(この点は野党も同様)、両者の差が拡大したのは、与党支持層の多い農村部からの開票が遅れていたことで説明可能と述べています。また、TREPの速報が「中断」していた間も公式の開票作業は続けられていました。

2.抗議開始からモラレス辞任まで

 20日、野党候補のメサが支持者に不正がないように監視することを呼びかけました。21日には、メサが選挙について「言語道断な不正」と批判し、「市民が歪曲され不正に操作された結果を受け入れないと確信している」と訴えました。ここから抗議行動が始まり、全国へと広がっていきます。

 反モラレス勢力は、当初は決戦投票の実施を求めていましたが、のちに大統領選挙の無効と再選挙へと要求を変化させていきます。TSEの人事の一新なども求めました。そのために、全国各地で無期限のストライキ、道路の封鎖などの行動に出ます。この過程で与党「社会主義運動」(MAS)の選挙事務所や県の施設などを襲撃し、放火事件も発生しました。反対派は、「我々はキューバでもベネズエラでもない」というスローガンを掲げていました。

 モラレス辞任を求める抗議行動の中心人物の一人がルイス・フェルナンド・カマチョ(サンタクルスの弁護士、企業家)でした(東部のサンタクルスは富裕層が多く反MAS派が強い地域)。カマチョは、思想的にはキリスト教保守派で、「ボリビアのボルソナーロ(ブラジルの現大統領で極右派)」と評されています。

 一方、モラレス率いるMAS支持層は「選挙結果の尊重」を訴え、同じくデモや道路封鎖(それを通じて都市の包囲)を行うとともに、反政府側の封鎖を解除する実力行使に出ました。そこで両者の暴力的な衝突が起こり、国家警察の治安部隊が介入する中、多数の負傷者、死者が発生しました。

(1)辞任に至るきっかけ

 11月8日、コチャバンバにある国家警察の作戦指揮部隊(UTOP)の隊員たちが反政府勢力の鎮圧命令に造反。国家警察署の建物の上でボリビア国旗を掲げて反旗を翻す姿がテレビで放映されました。隊員の一人は「我々は上官ではなく国民とともにいる」とコメント。こうした動きはスクレ(憲法上の首都)やサンタクルスの国家警察部隊にも拡大していきます。

 9日、ラパス(行政・立法府のある事実上の首都)では、大統領府の前にあるムリーリョ広場を警備していたUTOP隊員が国家警察署に引き上げる事態が発生。国家警察官たちは労働条件の改善(軍人と同じ賃金など)を要求します。

 同日、モラレス大統領は野党に「開かれた対話」を呼びかけますが、野党側のメサは「モラレスとその政府とは交渉する必要はない」と拒絶。

 軍が選挙後初めて声明を発表し、軍はボリビア国民とは対峙せず、政治的な解決を求めていることを強調。一方、モラレスは軍の動員については否定的な姿勢を示しました。

 10日、軍の最高司令官のウィリアムズ・カリマンが他の司令官とともに、平定をもたらし安定を保つことができるとして、モラレス大統領に辞任することを求める声明を読み上げました。

 この行為の法的根拠として、軍隊組織法第20条(軍の高官の権限と責任の一つに、「適切な解決策を対応する者に示唆するため、国内外の紛争状況を分析する」)の規定を引用しました。

 新しい選挙の実施を呼びかけていたモラレスは、こうした事態を受けて大統領辞任を表明。暴力が続くのを回避し、国の利益のためであることを強調すると同時に、反対派のグループが妹の家やオルーロとチュキサカの県知事の家に放火したことを非難しました。

 その後、モラレスはメキシコへ亡命(到着は12日)、12月12日にアルゼンチンへ再亡命します。

 メディアとのインタビューの中で、今回の事態は、在ボリビア米大使館を通じて画策された右派勢力によるクーデターであり、その目的には、同国に埋蔵されている希少金属のリチウムの開発と独占化があることを指摘して批判しました。

(2)「クーデター」を示唆する会話

 ボリビアのデジタル・メディア Erbolは、モラレスの大統領続投を阻止する計画についての16の音声会話の録音とその概要を報じました(2019年11月3日付)。

 この中で、反政府派の市民活動家、政治家・元軍人、米国関係者らが、総選挙前後で不安定な社会状況を作り出す計画について会話をしています。

  例えば、モラレスが続投した場合、ボリビアへの経済制裁を進めるために、マルコ・ルビオ、テッド・クルスら米国上院議員との約束があることや、総選挙を無効にする前提条件として軍・市民の反乱を起こし、全国的なストライキを組織する戦略を進めることやこうした行動を支持する軍・警察メンバーが存在していること、住民の中に恐怖の念を抱かせるためにMAS支持者の住居を攻撃するといった内容が語られています。

 また、米国在住の反政府派であるカルロス・サンチェス・ベルサイン(先住民らがガス資源の国有化を求めた2003年「ガス戦争」時の国防相)から50億ドルの資金を受け取ることや、選挙結果についての世論操作のために投票速報の装備を手に入れることも話し合われています。

 この他にも、アリエル・バステイロ元在ボリビア・アルゼンチン大使がインタビューの中で、クーデターはCIAの資金提供(NGOを経由)によって引き起こされたものであることが、数年のうちにはっきりするだろうと答えています。(Página 12  11月11日付)

3.アニェス暫定大統領と新しい選挙へ向けた動き

(1)大統領の「継承」とその後

 11月12日に上院副議長で中道右派のジャニーネ・アニェスが大統領として宣誓しました。

 憲法169条の規定では、大統領の失職(死亡、辞職、その他の原因)について、①副大統領、②上院議長、③下院議長の順で職務を引き受けなければならないとしています。

 今回の場合、正副大統領以下、上下院議長までが辞任したため、両院議会は新しい議長を選出する必要がありました。開催の法的な定足数を満たすには、両院の多数を占める与党MAS議員の参加が必要でした。MAS側は両院でまず議長を選出することを求めましたが、この要求は受け入れられることなく、MAS議員が欠席した状態でアニェスの暫定大統領就任が認められてしまいます。憲法裁判所もこの即時の継承を承認しました。20日、MAS議員団は臨時選挙法案を提出し、その中でアニェス就任を「認める」に至ります。

 就任後、内閣が一新され、軍・警察、TSEの人事も変更されました。対外的には11月にベネズエラ、2020年1月にキューバとの外交関係を停止し、ベネズエラ・キューバが進めてきた米州ボリーバル同盟(ALBA)からの離脱を表明しました。生産開発・多角経済省のウィルフレド・ロホ大臣は、モラレス政権の国営化路線に対して民営化推進の立場を明確にしています。

 一連の事態にMAS支持派は抗議し、デモの呼びかけも「今こそ、市民戦争を!」と過激化していく中で、野党勢力、警察との間で引き続き暴力的衝突が起こります。

 11月14日、アニェスは、国内秩序の回復と安定化のための行動に参加する軍の兵員について刑事責任を問わないとする法律(政令4078号)を出します(事態の鎮静化を果たしたとして同月28日に廃止)。

 こうした中、米州人権委員会(OEAの一機関)がのちに「虐殺」と評価する事件が、11月15日にコチャバンバのサカバで、同月19日にエルアルトのセンタカで起きます。

 それは、「クーデター」への反対と、警察の一部が先住民の旗である「ウィパラ」を焼いた行為に対する謝罪と「ウィパラ」の尊重、モラレスの帰還などを求めた抗議行動(サカバでは平和的な行進、センタカでは石油公社YPFBの天然ガスプラント周辺の封鎖)への軍・警察の発砲を伴う弾圧でした。これにより少なくとも18名の死者が出ています。

 10月総選挙以降の一連の衝突では合計36名の死者が出たと言われています。こうした中、12月18日に検察からモラレスに対して暴動扇動容疑で逮捕状が出されました。

(2)新しい総選挙へ向けて

 1月3日、TSEが新しい総選挙を5月3日に行うと発表しました。昨年制定の選挙法によりモラレスは大統領選に立候補できませんが(2期連続の任期を終えているため)、MASの参加は政党資格を失っていないため可能です。その後、アニェス政権の任期は次の選挙まで続くことが認められました。

 1月19日にMASの正副大統領候補が公表されました。大統領候補がルイス・アルセ(経済学者。モラレス政権の経済・財政大臣を2期務め、経済の高成長に貢献)、副大統領候補がダビッド・チョケワンカ(アイマラ族出身。同じく外務大臣を務める)です。反MAS派では、メサ、アニェス、カマチョが立候補を表明しています(2月3日、立候補の登録締め切り。大統領選は8名による争い)。

 1月初めに公表された各種世論調査では、いずれもトップはMAS候補で、それをアニェス、メサ、カマチョが追う展開です。

 決戦投票になった場合も含めてMASの得票率や上下院での獲得議席数がどうなるかにもよりますが、現在の政治的な対立構造が今後も続くことが十分予想されます。

 なお、MASはモラレスを上院議員の候補者リストに入れていましたが、TSEは「永住資格」を満たしていないとして認めないことを明らかにしました(2月20日)。

 ここで、モラレスとMAS側の問題点について触れておきます。一つは、モラレス再選への固執です。再選は、現憲法の再選2期までとする制限を削除するために実施した2016年の国民投票で否決された後に憲法裁判所の判断で「出馬可能」とした経緯があります。これは後継者ができていない問題でもあります。1月17日、モラレスは4選出馬を間違いだったと発言しています。

 二つ目は、左派・リベラル派からの支持を失ってきたことです。イシボロ・セクレ国立公園先住民居住区内での道路建設計画をめぐる先住民や環境活動家との対立(計画は停止)はその一例です。

 これらの問題は、左派・リベラル派の社会運動の高まりによって政権を獲得した後の国家と社会運動とがどのような関係を作っていくべきかを改めて問い直していると言えます。

4.新型コロナウイルス感染拡大と大統領選挙の延期

 選挙へ向けた活動が行われていた中、3月10日、ボリビア国内で2名の新型コロナウイルス感染者が初めて確認されました。2名ともイタリアへの旅行から帰国した人(60代の女性)でした。その後、感染者数は2266人に増え、死者の数は106人に上っています。(米ジョンズ・ホプキンス大学のサイトより、5月9日現在)。

 3月18日から部分的な隔離措置を実施。

 3月21日、政府は全国的な隔離措置(22日から外出と活動制限)の実施に踏み切りました。(4月29日、この措置を5月10日まで延長することを発表。その後は、地域ごとに感染状況に応じて制限を緩和していくとしています。)

 3月25日、政府は「公衆衛生緊急事態」を宣言し、新型コロナウイルス感染を防ぐための措置をさらに強化することを決めました(3月26日から4月15日まで実施。5月10日まで延長)。

 これにより、ボリビア国民が外出できるのは、平日では一週間に一度、食料や医薬品などの調達のみです(一家族につき一人まで。年齢は18~65歳までの者で、IDの末端ナンバーによる。時間は午前7時~昼の12時まで)。土曜・日曜は原則外出禁止(緊急時などは除く)。

 違反者は、1000ボリビアーノス(約150米ドル)の罰金、8時間拘束されます。活動には軍隊と警察が参加。

 他にも、3月26日から全面的な国境閉鎖、飛行機の国際便の中止を実施(その後5月末まで延長)。

 大統領選挙など一連の選挙については、3月21日、最高選挙裁判所(TSE)が、5月3日の投票について延期を発表しました(日程は未定)。

 4月30日、議会は、MAS議員の賛成最多数で、5月3日から90日以内に選挙を行うとする法案を承認しました。具体的な日程などはTSEが決めるように定めています。

 これまでの世論調査では、MAS候補の優位が伝えられており、選挙の日程をめぐって政治的な対立が続いています。

2020年5月11日 西尾幸治(アジェンダ編集員)

 この記事は、雑誌『アジェンダ―未来への課題―』第68号(2020年春号)掲載の「ラテンアメリカの現在―分岐する世界の中で―」第三回「ボリビアは何処へ」をその後の情勢も加味して再構成したものです。

©2020アジェンダ・プロジェクト

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キューバ、憲法改正から1年

 2019年4月10日にキューバの新しい憲法が施行されてから1年が経過しました。この日、第9期・全国人民権力議会・第2回特別国会が開催され、ラウル・カストロ(共産党中央委員会第1書記)が新憲法の公布を宣言しました(官報に公示)。

 まず、今回の改憲に至る経過を時系列で簡単に振り返ってみます。

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抗議するチリ、そしてパンデミック

 南米チリでは、2019年10月から政府・政治家に対する民衆の異議申し立ての闘いが燃えあがりました。この「社会的爆発」とも呼ばれる闘争はなぜ生まれ、チリ社会は今後どこへ向かおうとしているのか、その背景について読み解いていきたいと思います。

1.「目覚めた、チリは目覚めた!」(出来事の推移)

 人々の怒りが爆発した直接のきっかけは、サンティアゴの首都圏交通の地下鉄運賃値上げ(10月6日から実施)でした。地下鉄運賃は時間帯で変化し、ラッシュアワーなどのピーク時に高くなります。今回は最高が800ペソから830ペソへの値上げでした。

 翌7日から中等教育の学生たちが、値上げに反対して自動改札を飛び越える無賃乗車デモを始めました。その後、カラビネロスと呼ばれる国家警察軍が駅を警備、学生との衝突が激化して駅施設などが破壊されました。駅は閉鎖され運行にも支障が出ます。

 18日、様々な地区で鍋などを叩いて抗議の意思を示す「カセロラソ」や道路でのバリケード封鎖が始まります。地区の若者たちも抗議行動に参加。地下鉄の駅への襲撃(火災も発生)だけでなく、商業施設やスーパーマーケットなどでの略奪行為も起こりました(全国へ拡大)。

 19日、ピニェラ大統領が「非常事態」を宣言、「夜間外出禁止令」を発動して都市の治安維持の権限を軍に移行させました。同時に運賃値上げの中止を発表します。抗議行動には広範な階層の人々が参加し、運賃値上げにとどまらず、年金、教育、医療問題などについて様々な要求を訴えるようになります。

 22日、政府は事態の「正常化」を図ろうと、新たな「社会的アジェンダ」として、年金支給の増加や最低賃金の保証などの措置を発表しますが、不十分だと批判されます。

 25日、社会的不平等に抗議する行動が呼びかけられ、首都サンティアゴでは最大規模の120万を超える人々が結集しました。

 26日、ピニェラ大統領は大幅な内閣改造を発表、その後「夜間外出禁止令」と「非常事態宣言」を解除。

 30日、政府はアジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議などの開催断念を表明しました。しかし事態は沈静化せず、11月に入っても抗議行動は継続していきました(この間の抗議行動の過程で死亡した人は20名以上、負傷者2000名以上、逮捕者は5000名を超えています)。

2.人々は何に怒っているのか?

「社会的爆発」と呼ばれる今回の事態はなぜ起こったのか、いくつかの論説や記事を見てみたいと思います。

 まず取り上げるのは、歴史学者(民衆運動を研究)であるマリオ・ガルセスの「2019年10月:新自由主義のチリにおける社会的爆発」(Octubre de 2019:Estallido social en el Chile neoliberalⅠ 2019年10月22日公表。http://www.ongeco.cl/octubre-de-2019-estallido-social-en-el-chile-neoliberal/)です。要点だけまとめてみます。

(1)今回の抗議行動(暴力的行動も含めて)を始めたのは中等教育の学生たちでした。学割で運賃値上げの直接の影響を受けない学生たちがなぜ最初に反応したのかについて、「私たちの家族には影響がある」と彼らが答えたことを挙げています。また、彼らが軍事独裁時代を経験していない新しい世代であり、親たちの世代が持っていた「(独裁権力に対する)恐怖」の感情を持ち合わせていないとも述べています。

(2)地下鉄がターゲットにされた理由について、それが「秩序と国家の象徴」であること、若者たちの言葉では「システム」を表していると述べています。

 この点については、歴史学者のアンドラ・チャステインが書いた「サンティアゴ地下鉄:チリ社会の縮図」(The Santiago Metro as a Microcosm of Chile 2019年10月30日 https://nacla.org/news/2019/10/28/santiago-metro-chile-protests)という文章で補足しておきます。それによると、ピノチェト政権の下で操業が始まった地下鉄は国営企業によって運営されていますが、ラテンアメリカの中でも急速に路線が拡大されてきました(建設中も含めて7路線)。しかし当初から収益重視の下、支払い能力のある中間層の利用者に焦点を当てた結果、労働者階級は主に民間バスを利用するというすみ分けが形成されました。

 その後2007年に地下鉄と民間バスが統合されますが、システムの不備や地下鉄利用者の急増、民間バス路線の改編などが起こり、当初から批判が絶えませんでした。運賃についても世界的に非常に高い水準にあることが指摘されています。

 もう一つのターゲットがスーパーマーケットや薬局などでした。マリオ・ガルセスはこれを「資本の象徴」と分析しています。襲撃で最も被害のあった企業グループは、ウォルマートグループでした。ウォルマート・チリは、10月18日以降、128店舗が略奪にあい、その他にも火災や破壊などで合計97のスーパーマーケットが閉鎖になったと報じられています(2019年12月9日)。

 ここに被害が集中した理由を「人々にとって身近な存在で、日常的に訪れる場所」であるとし、薬局についても、とくに新発医薬品の価格の高さが多くの人々、とくに年金生活者を苦しめているとマリオ・ガルセスは指摘しています。

(3)社会運動、とくに左派の運動の課題についても分析しています。チリの左派運動は、1970年のアジェンデ社会主義政権を誕生させた「人民連合」、その後のピノチェト独裁に対する抵抗運動という歴史を持っています。しかしそれらの「敗北」の総括が十分なされておらず、その代償の一つが「左派政党」の体制的危機に現れていると述べています。

 また、社会運動の伝統的な主体である労働組合、農民や都市住民(ポブラドーレス)に代わって、フェミニズム、学生、エコロジスト、先住民族マプーチェなど、多様な運動主体が力を強めている一方で、それらの運動のダイナミックな動きを強めて結びつけることが必要だと訴えています(今回の運動は政党や労働組合といった従来のように中心になって呼びかける組織もなく「自然発生的」に起こっていると言われています)。

 学生ら新しい世代が問題にしているのは、ピノチェト軍事独裁から民主主義が回復して以降の現在に至るまでの政治の在り方です。今の中道右派のピニェラ政権だけでなく、中道左派についても厳しい評価をしています。民政移管以降のこの約30年そのものを問うているわけです。今回の闘いのスローガンの一つ、「30ペソではなく、30年だ」はそれを表しています(*30ペソは運賃値上げ額のこと)。中道左派政権も結局は独裁の「遺産」を清算できず、新自由主義的経済モデルを基本的には継続してきたと批判しています。

 一連の行動の中で、政府とマスメディアは「平和的な抗議行動」と「襲撃などの暴力」を区別して後者を「犯罪行為」として非難してきました。マリオ・ガルセスは、「にもかかわらず、これ(国家と市場の象徴に対する襲撃も含め)が起こらなければ、この社会の未来を想像し再生する可能性を切り開く危機と爆発の只中に我々がいることはなかったであろうことは認めなければならない」と指摘しています。

 その一方で、この運動への権力の過剰な暴力についても見ておく必要があります。国内の人権研究所の報告(11月25日)では、軍・警察による拷問や残酷な扱いに対する告訴は369件に上っています。

3.新自由主義モデルとその矛盾

 チリの経済については、「従うべきモデル」「経済的奇跡」といった讃辞が繰り返されてきましたが、今やその亀裂が明らかになっています。

 英BBC Mundoの記事(10月29日付 https://www.bbc.com/mundo/noticias-america-latina-50208871)によると、この経済モデルの特徴は、金融の自由化、経済における国家によるコントロールの緩和、海外投資の呼び込み、そして民営化です。水道や電気などの基礎的サービスから教育、医療もその対象となりました。

 確かにマクロ経済の統計数字は一定の成果を示しています。一人当たりGDPは傾向的に右肩上がりに増えています。世界銀行のデータによると、1973年(軍事クーデターの年)が1640ドル、1990年(民政移管の年)が2494ドル、2018年が1万5923ドルとなっています(単位は米ドル)。しかしその背後には様々な不平等が隠されていると指摘しています。

 10月23日付の記事(https://www.bbc.com/mundo/noticias-america-latina-50115798)では、「社会的爆発」を理解する鍵として、経済的不平等、ピニェラ政権の責任などを取り上げています。

 国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会の「ラテンアメリカの社会的展望」(2018年版)によると、チリでは、1%の最富裕層が国の純資産全体の約26・5%を所有、10%の富裕層が66・5%(約3分の2)を所有する一方で、50%の低所得層が所有する資産は2・1%です。

 国家統計局の調査(2018年)では、最低賃金が月423ドルなのに対して、労働人口の約50%が受け取っている賃金は月562ドル以下であり、国内の物価水準を考えると毎月の生活は苦しいと専門家は強調しています。

 今回の事態に対する政府の責任については、当初から弾圧を強めるばかりで人々の要求への対応が遅いばかりか、きちんと聞こうとしない態度が厳しく批判されています。ピニェラ大統領は、10月8日には、他の中南米諸国の状況と比べてチリは「ラテンアメリカのオアシスである」と言っていたかと思うと、「非常事態宣言」を出す際には「我々は戦争状態にある」と発言し、その後「市民の声に耳を傾ける」と述べるなど、その迷走ぶりが際立っています。

 英BBC Mundo 10月21日付の記事(https://www.bbc.com/mundo/noticias-america-latina-50124583)では、人々が不満を募らせている6つのテーマとして、①年金、②医療、③公共交通、④水道の民営化、⑤教育、⑥談合・汚職を取り上げています。

 例えば、近年最も議論になっている年金制度(AFP)では、事前に考えられていた受取額(退職前給与の70%)は実現せず、平均で月286ドルと最低賃金をかなり下回っています。教育では、質の良い大学に入るには、質の良い私立校に通っていないと難しく、親の経済力によって子どもの将来が決められてしまう可能性が高いと指摘されています。談合では大手三社による医薬品の価格吊り上げ、汚職では国家警察軍内での公金横領が発覚しています。

4.出口はどこに?

 マリオ・ガルセスは11月2日に公表した続編(Estallido social en el Chile neoliberal Ⅱ) http://www.ongeco.cl/estallido-social-en-el-chile-neoliberal-ii-represion-agenda-social-y-la-presion-social-que-no-cesa/ の中で、この運動の進むべき道を3つに要約しています。

(1)社会的圧力と運動への動員を継続しなければならない(動員がなければ変革はない)。

(2)この運動は底辺から強くならなければならない(この歴史的瞬間を理解し、要求を結びつけ、共有した政治的見通しを明確にすること)。

(3)憲法制定議会の必要性を訴える(現在の政治的・社会的危機の出口として、人民主権の行使によって、独裁時代を受け継いでいる憲法を新しい憲法に変えること)。

 そして11月15日、国会に議席を持つ与・野党(共産党を除く)が憲法改正の実施を問う国民投票を2020年4月に行うことで合意しました。11月15日に発表された「合意」内容は次のようなものです。

•憲法改正を行うか否かを国民投票で決める。

•憲法改正案を起草する組織について次の二択から決める。

①構成員の50%を現在の国会議員から、残りの50%を選挙で市民から選ぶ、②すべてのメンバーを選挙で選ぶ。改正案を起草する組織の任期は9か月まで(一回限りで3か月延長可能)。組織の投票規則などは構成員の3分の2で承認する。改正案が渡されてから60日以内に国民投票にかける。

 この合意には大きく分けて3つの問題点があります(マリオ・ガルセス Estallido social en el Chile neoliberal Ⅲより)。 http://www.ongeco.cl/estallido-social-en-el-chile-neoliberal-iii/

①市民の意見を聴くことなく、憲法改正の形式や時期を決めている点。例えば、時期の長さ(選挙して制憲議会を立ち上げるのに約1年、審議する歳月を入れると約2年近くかかる。)は、誰にとって利益となるのか?

②ピニェラ政権と議会それ自身の「救済」につながるのではないか? 大多数の市民はピニェラ大統領の辞任を要求している。

③議決方法について。3分の2という定足数が、少数派の「拒否権」を認めることにつながる。仮に(憲法改正に反対する)右派が3分の1+1の議員を確保できれば、制憲議会の議決をコントロールできるようになる。また、構成員の選挙が現行の選挙制度に則って行われれば、現在の政党連合に有利になるのではないか。

 マリオ・ガルセスは、今回の合意を「罠」と表現し、上記のような疑問を呈しています。ちなみにチリ共産党は、③の点に反対してこの合意には署名しませんでした。

5.感染拡大の危機へ

 2020年に入っても様々な社会運動は継続していました。1月からは、中等教育の学生たちが大学選抜テスト(PSU)の実施をボイコットする運動(所得の低い家庭の学生を差別する制度であるとして反対)が展開されていました。

 ところが3月になって状況が一変しました。新型コロナウイルスの感染発生と拡大です。チリで初めて感染者が確認されたのは3月3日。3月18日、ピネェラ大統領は、感染拡大を踏まえて「災害事態」(憲法上の例外事態の一つ)を宣言しました(期間は3月19日から90日間。この日までに確認された感染者数は238人)。

 翌19日、4月26日に予定されていた憲法改正の是非を問う国民投票は延期されました(新しい日程は10月25日)。これに合わせて、改正が決まった場合の制憲議会の議員を決める選挙も2021年4月へ延期となりました(当初は今年10月)。

 こうした状況の変化に対してマリオ・ガルセスは新しい文章を公表しました(Crisis sobre Crisis: Del Estallido Social a la emergencia del coronavirus 2020年4月2日)。http://www.ongeco.cl/crisis-sobre-la-crisis-del-estallido-social-a-la-emergencia-del-coronavirus/ 

この文章の終わりは次にように締めくくられています(以下、要約です)。

 パンデミックへの対策をきっかけに政府がイニシアティブを取り戻す一方で、社会運動は「街頭」という場所からの退却を余儀なくされている。しかし、「社会的爆発」が告発してきた様々な問題は何も解決されておらず、この危機に次ぐ危機(社会的爆発からパンデミックへ)の中で、社会運動は、新たなコミュニケーションの仕方を考案し、来るべき闘争が進んでいく新たな道のりを再び明確にする。

 新型コロナウイルス感染拡大とチリ社会への影響については機会を改めて取り上げてみたいと思います。  

2020年4月27日 西尾幸治(アジェンダ編集員)

この記事は、雑誌『アジェンダ―未来への課題―』第67号(2019年冬号)掲載の「ラテンアメリカの現在―分岐する世界の中で―」第二回「抗議するチリ」をその後の情勢も加味して再構成したものです。

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