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アルゼンチン ミレイ大統領と「投資詐欺」疑惑

現在、仮想通貨「$LIBRA(リブラ)」を使った「投資詐欺」疑惑にミレイ大統領が関与したか否かに関して、連邦判事の調査が開始されています。今年2月に突如起こったこのスキャンダルについてまとめてみます。
なお、事態が現在進行中なので情報が古くなっている可能性がありますが、最初の概要ということでご理解ください。

(1)事件の概要

2月14日金曜日19時1分、ハビエル・ミレイ大統領が、自身のXアカウントに1つのメッセージを投稿しました。その内容は「$LIBRA(リブラ)」と呼ばれる新しい仮想通貨を宣伝する以下のような内容でした。

「リベラルなアルゼンチンは成長する!!! この民間プロジェクト(「$LIBRA(リブラ)」の発行)は、アルゼンチンの経済成長を促進し、アルゼンチンの中小企業や新規事業に資金を提供することに寄与します。世界はアルゼンチンに投資したいと考えています。」と書き、その下に「Viva La Libertad」プロジェクト(※)のリンク(vivalalibertadproject.com.)を貼り付け、最後に「$LIBRA」の文字で締めくくっています。

ミレイ大統領は、以前から「トークンエコノミー」(※)の推進を熱烈に支持してきました。

(※)「Viva La Libertad」プロジェクトは、アルゼンチンの経済成長を支援するプロジェクトのことで、仮想通貨「$LIBRA(リブラ)」はその1つとして導入されました。

「Viva la libertad」(自由万歳)という名称は、ミレイ大統領が演説の締めくくりに使うフレーズ(Viva la libertad, carajo!)に由来しています。

(※) トークンエコノミーとは、仮想通貨やブロックチェーン技術を基盤とした新しい経済圏のことを意味します。トークンとは「代替通貨」のことを指しています。仮想通貨はデジタル通貨、暗号資産などとも呼ばれています。

専門家によると、この投稿のあと、約4万人が購入を申し込んだことで「$LIBRA」の価値が急騰し、時価総額が40億ドルを超える事態となりました。

しかしそのわずか数時間のうちに、「$LIBRA」の価値は急落することになりました。それは、「$LIBRA」の初期保有者たちのグループが、約9000万ドル(「流動性プール」に預けられた資産の80%以上)を引き出した後に起こりました。要するに価値が上がったところで「$LIBRA」を売却して莫大な利益を得たことで暴落したということです。

※こうした行為は「ラグプル」と呼ばれています。「ラグプル」(英語名「ラグプリング」)とは、開発した暗号資産を宣伝・販売し、投資家などからお金を集めて価値を急騰させたところで売り抜け、資金が引き出された後の投資家には価値のない資産が残るという「出口詐欺」の一種です。

地元の報道によると、「$LIBRA」の最高値は4978ドルに達しましたが、数時間以内に0.99159ドルにまで急落したと書かれています。

こうした中、深夜0時過ぎにミレイ大統領は、先の投稿を削除し、Xに以下のような新しいメッセージを投稿しました。

「数時間前に、これまで何度もそうしてきたように、明らかに私とは何の関係もないと思われる民間プロジェクトを支持するツイートを投稿した。私はそのプロジェクトの詳細を知らなかったが、それを知った後、これ以上情報を広めないことに決めた(それで、ツイートを削除した)。」

しかしこの説明では「火消し」にはならず、今や大きな政治汚職事件に発展する可能性が出てきています。

翌週の月曜(17日)、ミレイ大統領は、地元のテレビ局TNとのインタビューの中で、この件に関する自らの責任を回避した上で、その仮想通貨の購入を宣伝したのではなくて情報を広めたと主張しました。

「もし君がカジノに行ってお金をすった場合、カジノとはそうした性質のものだということがわかっていたなら、どんなクレームをつけるだろうか?」と釈明しました。

「参加した人たちは自発的にそれを行った。これは私人間の問題であり、政府は何の役割も果たしていない」とも述べています。

今や、この案件は「巨大な仮想通貨詐欺」とも呼ばれています。BBCは3つの観点からこの事件について考察しています(2025年2月17日付のVeronica Smink記者の記事)。

(2)事件をめぐる背景と疑惑

まずは、「$LIBRA」を開発した関係者と、大統領との関係についてです。

「$LIBRA」立ち上げの推進者の一人が、ケルセン・ベンチャーズ社(米国に拠点を置く)のCEOである米国人起業家のヘイデン・マーク・デイビス氏です。

デイビス氏は、16日(日曜)、ソーシャルメディアに声明と動画を投稿し、自らがミレイ大統領のアドバイザーであり、アルゼンチンの資産のトークン化プロジェクトの中で「大統領とそのチームとともに働いている」と述べました。

今年の1月30日、デイビス氏は大統領官邸のカサ・ロサーダにおいてミレイ大統領と会談していました。会談後に大統領自身が、「アルゼンチンの技術開発を加速し、アルゼンチンを世界的な技術大国にする」ことが会談の目的だったと投稿しました。

デイビス氏は、「$LIBRA」の「主な支援者(スポンサー)」はシンガポールの技術起業家でKIPプロトコルの創設者であるジュリアン・ペ氏であると明言しました。ペ氏も昨年10月にミレイ大統領と会談しており、この新しい仮想通貨の失敗についてはケルセン・ベンチャーズ社に責任があるとしています。

デイビス氏は、「$LIBRA」の開始について「確かに計画通りにはいかなかった」との考えを明らかにしましたが、この仮想通貨に関して沸き起こった主要な非難の1つ、つまり、この仮想通貨が、「ラグプル」と呼ばれる手法を通した単なる詐欺ではないかという非難については否定しました。

デイビス氏は、手数料で得た資金を含む約1億ドルの資金を再投資することで、「$LIBRA」の「流動性」を回復させると述べ、「$LIBRA」を提供しているすべての仮想通貨プラットフォームに同様の対応を求めました。

「$LIBRA」の突然の崩壊に関して、デイビス氏は、ミレイ大統領がプロジェクトに対する支持を撤回し、その信頼性を損なったことに責任があると非難しています。

「パートナーたちは、(仮想通貨の)立ち上げについて公的な支持を獲得してきたし、今後も支援が続くと私に保証していた」と述べています。

ここでデイビス氏が述べている「パートナー」とは、マウリシオ・ノヴェッリ氏とマヌエル・テロネス・ゴドイ氏だと見られています。両名は、ミレイ大統領が政界入りする前に一緒に働いていたトレーダーだということです。

次に政治的および法的な影響についてです。

この事件が明らかになるとすぐに、野党勢力は、大統領に対する訴訟を起こすとともに、「巨大詐欺」への関与の疑いで議会での弾劾を求めています。

マリア・ロミルダ・セルビニ連邦判事の下に17日(月曜)に提出された刑事告訴状によると、ミレイ大統領が、「4万人以上を」だまして、「40億ドル以上の損害を与えた」「違法な団体」に加わっていたようであるとされています。

セルビニ判事によると、裁判は、詐欺容疑の告訴状に加えて、15~16日の週末にかけて大統領に対して提出された他の告訴状(公務倫理法違反の容疑など)も合わせて行われる見通しになっています。

その一方で、「祖国と社会主義のための同盟」(中道左派の野党)は、議会への弾劾要請を進めることを発表しました。この措置はまず委員会で検討されたのち、弾劾を進めるには下院で3分の2の賛成票を得る必要があります。

また他の野党勢力は、特別調査委員会の設置を要求すると発表しました。設置には単純過半数の賛成が必要となります。

「祖国と社会主義のための同盟」所属のイタイ・ハグマン議員は、「大統領は数百万ドル規模の詐欺に必要不可欠な関わりをした」とラジオ番組の中で指摘しました。

さらに、「そのお金が何に使われたのか、誰が利益を得たのか、そしてそのお金が『自由前進』(ミレイ大統領率いる与党)の選挙運動と何らかの関係があるのかどうかを調べるには徹底的な調査が求められる」とも発言しました。

こうした事態に対して政府の方は、「$LIBRA」とのつながりについて正式に否定するとともに、今回のスキャンダルに対応して2つの措置を講じました。

1つは、大統領府の声明によると、「大統領自身を含む国家政府のメンバーによる不適切な行為があったかどうかを判断するため、汚職防止局(OA)に直ちに介入を要請した」としています。

もう1つは、ミレイ大統領が特別捜査ユニット(UTI)の創設を発表したことです。UTIは大統領府(大統領の妹で右腕のカリーナ・ミレイ氏が率いる)の管轄下で活動し、事件の分析を担当する予定です。UTIは、暗号資産、金融活動、マネーロンダリングに関連する組織の代表者で構成されることになります。

最後に、ミレイ大統領と仮想通貨とのつながりについてです。

ハビエル・ミレイ氏は、大統領になる以前から長年にわたり、新しいデジタル通貨を支持していました。

しかもミレイ氏が暗号資産を宣伝したのは今回が初めてでないばかりか、そのトークン(仮想通貨)がスキャンダルに巻き込まれるのも今回が初めてのことではないと述べられています。

2022年2月、当時国会議員であったミレイ氏は自身のネットワーク上で、マウリシオ・ノヴェリ氏(現在は「$LIBRA」と関連している)の別のベンチャーであるビデオゲーム会社Vulcanoのデジタル資産を称賛しました。

「Vulcano game NFTgamingプロジェクトは非常に興味深い。大多数のプロジェクトとは異なり、長期的に持続可能な経済ダイアグラム(モデル化)である」とミレイ氏は語っていました。

(※)NFTとは、デジタル上にある無形の価値を証明するための仕組みで、デジタル資産管理データのこと。

しかし、このメッセージの発信から数週間後に、このプロジェクトに関連したトークン(仮想通貨)である「$VULC」の価値が暴落し大きな損失が発生しました。

また同じ年に、ミレイ氏は、あるラジオのインタビューの中で、投資プラットフォームである「CoinX」の宣伝で報酬を受け取っていたことを認めています。このプラットフォームは、「ねずみ講」による詐欺の疑いで非難され、同年、国家証券委員会はこのプラットフォームに対して投資助言活動を停止するように命じました(関連して4名が逮捕)。

ミレイ氏は当時、「CoinX Worldとそのチームのオフィスを訪問する機会に恵まれました。彼らはアルゼンチン人がインフレから逃れられるように、投資方法に革命を起こしています。ペソ、ドル、暗号通貨への投資をシミュレーションして利益を上げることができます。私に代わってCoinX Worldにメールを書いてください。そうすれば最善のアドバイスをしてくれます」とインスタグラムに投稿していました。

この時も、「だまされた」と感じた人々に対する責任について問われると、ミレイ氏は、これは詐欺ではなく、ただ自分の「意見」を述べただけと釈明しました。しかも、「ビジネスはよく組織化されていた」と明言していました。

このように、今回だけでなく、過去にわたって同じようなことが繰り返されてきたことがわかります。

今回のスキャンダルの事実関係の解明と責任追及が、どのような形で推移していくのか、その中でミレイ大統領の責任は認められるのかなど、まだまだ不明な点はありますが、少なくともミレイ大統領の政治的影響力に大きなダメージを与えるのは必至と思われます。事実関係を含めて、今後の展開を注視していきたいと思います。

2025年2月24日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
©2025アジェンダ・プロジェクト

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メキシコ 「トランプ2.0」に備える経済発展プラン

1月12日、メキシコのクラウディア・シェインバウム大統領は、昨年10月1日に就任してから100日が過ぎたのを記念して首都メキシコシティのソカロ広場で式典を行いました。

政権発足から100日についてのシェインバウム大統領に対する国民の評価ですが、世論調査(De Las Heras Demotecnia社が実施)では、「支持する」が80%と高い人気を示しています。

そして翌13日には集まったメキシコの高官や主要企業の幹部たちを前にして、政府が新たに策定した包括的な目標である「プラン・メキシコ」についてプレゼンテーションを行いました。この「プラン」は、その一週間後の1月20日に誕生する「トランプ2.0」(第2次トランプ政権)を前にして、メキシコ政府がどのように立ち向かっていくのかを示すための指針となっています。

米国のトランプ大統領は、昨年11月の時点で、メキシコとカナダからの輸入品に対して25%の関税を課す考えであることを明らかにしていました。また選挙戦では移民政策の1つとして、米国南部の国境を事実上「閉鎖」するなどの意向も示していました。

このように「トランプ2.0」の発足によりメキシコを取り巻く環境の不確実さが強まる状況において、シェインバウム大統領は、今回かなり野心的な経済発展計画を打ち出したと言われています。

(1)「プラン・メキシコ」の主な内容

この「プラン」について、メキシコ政府のホームページでは次のように説明されています。

国の発展に関する現在と将来のビジョンであり、13の目標から構成されています。その目的は、貧困と不平等をなくしていくことによって我が国を世界で最良の国にすることです。そのために総額2770億ドルにのぼる2000件の国内外からの投資計画の構成について検討しています。

13の目標というのは、以下のとおりです。

1. 国内総生産(GDP)を現在の世界12位から10位へ押し上げる。

2. GDPに対する投資の割合を25%以上に引き上げる。

3. 150 万人の新規雇用を創出する。

4. 「戦略的分野」(繊維・履物・家具・玩具)について、供給と消費の50%はメキシコ国内で行われるようにする。

5. 世界でメキシコ産品を15%増やす。

6. 公共の調達品の50%は国内生産品にする。

7. メキシコ製ワクチンをつくる。

8. メキシコでの投資手続きの期間を2.6年から1年に短縮する。

9. すでに創出されている者に加えて、毎年 15 万人の専門家と技術者を増やす。

10. 企業による環境サステナビリティを促進する。

11. 中小企業の30%が融資を受けられるようにする。

12. 世界で最も訪問される国のトップ5に入る。

13. 貧困と不平等を減らす。

さらにシェインバウム大統領は、今年1月から4月にかけて新たな行動を実施するための日程一覧を提示しました。

•1月15日から民間投資計画と100の工業団地(地区)創出の進捗状況を追跡する推移表が月ごとに作成される。

•1月6日から15日までに、企業・大学・政府の間で戦略的技術および科学開発プロジェクトに関する作業が開始される。

•1月17日、我が国の企業の移転に関する法令が公布される。そして手続きの簡素化とデジタル化に関する国内法案が連邦議会に提出される。

•1月20日から24日までに、国内のサプライヤー(仕入れ先)開発のための作業部会が始まる。部門ごとの輸入品、国内での生産品、奨励金などについて検討する。

•2月3日から7日までに、中小企業向けの開発銀行基金が発足するとともに、エネルギー消費のルールも開始される。

•2月17日から21日までに、「メイド・イン・メキシコ(Hecho en México)」ブランドがリニューアルオープンする。

•4月18日から19日にかけて、メキシコ銀行(中央銀行)・メキシコ銀行協会・連邦政府の間で中小企業の融資利用を年間3.5%増加させる協定を締結する。

シェインバウム大統領は、「メキシコ人一人一人に、計画があり発展すると知ってほしいし、近い将来に起こるかもしれない不確実性を前にしても、メキシコには計画があり、団結して前に進んでいくことを知ってほしい。」と述べています。

「近い将来に起こるかもしれない不確実性」というのは、直接の言及はありませんが、「トランプ2.0」の始まりを指しています。

また自身の任期である6年を超えても継続していく長期的なプランであることを望んでいるとも説明しています。

同じ政権を支えるマルセロ・エブラルド経済相は、この計画について「メキシコがこれから直面する新時代の航海図」であると述べました。

その上で、シェインバウム大統領とこの計画文書の作成に参加したことは「とても素晴らしい経験であった」と述べ、大統領と同じように、「当面は不確実性があるが、我々は互いに結び付いて、国家としての方向性を持っていれば、我々は前進していくだろう。」と発言しています。

(2)専門家の「評価」

次にこのプランを専門家たちはどう評価しているのかを見ていきたいと思います。

2025年1月15日付のBBCのウェブ記事に2人の専門家のコメントが載っていましたので紹介しておきます。

1人目は経済アナリストのマリオ・カンパ氏です。

まずこのプランについて、「少なくとも文章の上では、メキシコの過去40~50年間で最も大胆な産業政策である」と語っています。

もう1人は経済学者のカルロス・ペレス・リカルト氏です。

「今直面している不確かな状況に対しては良い反応」であると評価する一方で、どのように対処していくのかが明確にはなっていないとも指摘しています。

両者とも、このプランが中期的には期待できるという点で一致した評価を与えています。またカンパ氏は、この政策はかつてラテンアメリカで採用されていた「輸入代替工業化政策」とは異なるものであること、主に国内市場向けに焦点をあてたものであることを強調しています。

※「輸入代替工業化政策」は、ラテンアメリカ諸国では1950~60年代に採用されていた経済政策。一次産品の輸出に依存していた従属的な経済構造から脱却するため、この政策の下、海外から輸入していた工業製品を国産化することで経済発展を進めようとした。しかし産業育成のための財政負担や経済効率が低下するなど、うまくいかなくなり、放棄されるようになった。

そのことは、シェインバウム政権のプランの目的が、あくまでメキシコが米国の主要な貿易相手国であり、米国市場向けのサプライヤー(供給先)としての地位を維持することにあることからも明らかです。

また、メキシコにとっては、これまで中国から輸入していた品目を国内生産に切り替えることで中国の経済的影響力を低下させるという意味では対中国政策という側面も備えています。

※閣僚の説明では、現在の中国の輸出の10%はメキシコ向けであると述べています。

さらに、カンパ氏はこのプランが先に見たように非常に包括的なものであると評価しながらも、これに社会政策が伴うことの必要性を指摘しています。

例えば、専門的な技術を備えた労働者の育成についても、定着させるには職場の近くに住宅を備えることが重要であること、こうしたことが時に軽視されていると述べています。

他方、ペレス・リカルト氏は、このプランを実現するための巨額の予算を確保できるかどうか明確になっていないと疑問を呈しています。

ペレス氏は、トランプ大統領の任期が憲法上4年に限定されているため、1次政権の時とは違って、かなり攻撃的な性格の政策を実施する可能性があることを指摘しています。

「ドナルド・トランプに対して適切な対応や処方箋はない」とした上で、シェインバウム大統領が現在の環境の中であり得る最善を尽くしている」と評価しています。

この点について、カンパ氏も「プラン・メキシコ」が想定しているように進んでいく保証はないけれども、それでも関税引き上げなどの圧力に対する「交渉と防御の手段」としては「良い」という見方を示しています。

結局、このプランをこの時に発表したことの意味は、経済的なことだけではなく、「トランプ2.0」の始まりと厳しく向き合わなければならない状況の中で、先に国民に対して政府としての明確な姿勢を示し、国民の団結を呼びかけるという意味での効果をもたらすことにあったと言えるのではないでしょうか。

その上で、財政的な裏付けもそうですが、メキシコに生活する人々の声や認識を政策により反映させていくような働きかけが今後とも必要になってくるように思います。

2025年1月27日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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メキシコ 「トランプ2.0」への対応

(1)トランプ次期大統領による「圧力」

11月25日、ドナルド・トランプ次期米大統領が、来年1月20日の就任直後に、メキシコとカナダからの輸入品に25%の関税を課す大統領令に署名するつもりであることを、自身が立ち上げたソーシャルメディアプラットフォーム「トゥルース・ソーシャル(Truth Social)」上で公表しました。同じく、中国製品に対しても10%の追加関税を課す意向を明らかにしています。

これは、米国への「不法移民」の流入と麻薬密輸を取り締まるための措置であることを強調しています。

「多くの人間がメキシコとカナダを横断して、これまでにないレベルで犯罪と麻薬を持ち込んでいる」として、「我が国への麻薬、特にフェンタニルとすべての不法移民の侵入を阻止するまで」継続するとしています。これらの問題への対策は大統領選挙の公約として掲げていたものです。

その上でメキシコとカナダの両政府に対して、「高い代償を払う時だ」として、こうした問題を解決するために権力を行使するように強く求めています。

同じく中国製品への追加関税についても、「膨大な量の麻薬、特にフェンタニル」(その成分がアジア諸国から来ているとされる)について、同国政府と何度も交渉を行ったが、「何の成果も得られなかった」と述べて、「これが止まるまで」行うと述べています。

(2)メキシコ・シェインバウム政権の対応

これを受けてメキシコのクラウディア・シェインバウム大統領は、11月26日の記者会見において、トランプ次期大統領宛てに送付した書簡の内容について説明を行いました。

シェインバウム大統領は、この書簡の中で、米国における移民問題や麻薬の消費について、「脅しや関税」によって対処しようとするのではなく、「これらの大きな課題に対しては協力と相互理解が必要とされている」と述べました。

その上でそれぞれの問題についてのメキシコの取り組みについて次のように書いています。

①メキシコは、世界各地からメキシコを通過して米国の南部国境を目指す移民に対して包括的な対応を発展させてきた。その結果、米国税関・国境警備局(CBP)によると、2023年12月から2024年11月の期間にかけて、両国の国境におけるCBPと移民との遭遇件数は75%も減少している。

②メキシコは、米国でのフェンタニル(※)の蔓延が続くのを防止する意向を常に表明してきた。国軍と検察はこの1年で大量の様々な種類の麻薬や武器を押収してきたし、麻薬密売関連の暴行容疑で1万5640人を逮捕してきた。

さらにいま立法府では、フェンタニルやその他の合成麻薬の製造、流通、販売について保釈なしの重大犯罪と宣言する憲法改正プロセスが進んでいる。

一方、合成麻薬がつくられる前の物質がアジア諸国から違法な形でカナダ・メキシコに流入していることは周知の事実であり、国際的な協力が急務である。

※フェンタニルはオピオイド(鎮痛剤)の一種。その効果は痛みを緩和するだけでなく、摂取することで脳内が刺激されて一時的に幸福感に至ると言われています。

米国では、メキシコで密造された薬物が流入し違法に売買されており、フェンタニルの過剰摂取(薬物中毒)が深刻な問題となっています。安価で入手できる上に依存性が強く、死に至ることもあり、「史上最悪」の麻薬とも言われています。

③関税については、相互の応酬が繰り返されて、共通する企業がリスクにさらされることになる。例えば、メキシコから米国に輸出している主要な企業(自動車メーカー)であるゼネラルモーターズ、ステランティス(クライスラーを傘下に持つ)、フォードは、80年前からメキシコで操業している。なぜ課税することでそれらの企業をリスクにさらすのか。それは受け入れがたいことであり、米国とメキシコ双方にインフレや雇用喪失をもたらしかねない。

「対話こそが両国の理解、平和、繁栄への最善の道であると考えている」と締めくくっています。

上記3社の株価は、この関税措置がサプライチェーン(供給網)にダメージを与える恐れがあることから26日には下落しました。

翌27日には、メキシコのマルセロ・エブラルド経済相が、25%の関税措置によって、税金と生産コストが倍増するため、メキシコに拠点を置く米国企業(主に自動車分野)に悪影響を与えることになると明言しました。

またこの措置は、2020年に米国・カナダ・メキシコの3か国が締結した新貿易協定(T-MEC:新NAFTA)違反になる可能性を示唆しています。

「最終的に、これらの課税は米国の消費者に影響を与えるだけでなく、米国にある企業にも影響を与えて、40万人の雇用が失われることになるだろう。これは致命傷だ。」と説明しています。

両国の通商関係については、メキシコ政府の最新データ(2023年)によると、米国のメキシコからの主な輸入品は、自動車部品および付属品の359億7900万米ドル、次いで自動車本体が357億5300万米ドルとなっています(BBCの24年11月26日付記事より)。

ちなみに米国のモノの輸入に占める割合で見ると、2023年1〜6月にはメキシコが中国を抜き、首位に立ちました。メキシコの伸びを後押ししたのが自動車と機械関連産業です。

特に自動車産業については、中国製品への関税強化を回避するためにメキシコに生産拠点を移してきたことが影響しています。

したがって、もし次期トランプ政権による関税措置がそのまま行われれば、両国の産業活動にとって大きなダメージとなることがわかります。

同時に経済相は、シェインバウム政権が、①地域の安定、②繁栄の共有、③国際競争力の3点に基づいて北米地域を強化するための提案に取り組んでいることも報告しました。

①地域の安定では、信頼できる安全な地域を実現するために、安全保障、移民、ガバナンスにおける戦略的協力を提案している、②繁栄の共有では、インフラへの投資を通じて高賃金の雇用を創出することを目指している、③国際競争力では、関税引き上げがアジアや欧州市場に対してメキシコ、米国、カナダを弱体化させると説明しています。

(3)「食い違う」両者の主張

続いて28日午前の定例記者会見でシェインバウム大統領は、27日夜に行ったトランプ次期大統領との電話協議の中で「国境の閉鎖には同意できない」との考えを伝えていたことを明らかにしました。

これは、トランプ次期大統領がこの電話協議について、「メキシコを通ってアメリカ領土へ向かう移民を阻止し、我が国の南部国境を実際に封鎖することに(シェインバウム大統領が)同意した」と述べたことを受けての発言です。

「同意した」とするトランプ次期大統領の発言に対して、シェインバウム大統領が「同意していない」と反論したことで、両者の見解は真っ向から食い違う形となっています。

シェインバウム大統領は、「メキシコの立場は、国境を閉鎖することではなく、政府と国民の間に橋を架けることである」と述べています。そして、移民問題については「人権を尊重しながら」取り組む考えであることを強調しています。

来年1月20日から始まる「トランプ2.0」(第2次トランプ政権)を目前にして、メキシコ史上初の女性大統領であるシェインバウム大統領がどのような対応を示していくのか、今後も注視していきたいと思います。

2024年12月23日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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ブラジル 先住民による「土地の権利」を守る闘い

(1)「土地の権利」を制限しようとする改憲案への抗議行動

10月30日、ブラジル全土で「土地の権利」に制限を設けようとする憲法改正案(PEC48)に反対して、先住民団体「ブラジル先住民連合(APIB)」が呼びかける統一行動が取り組まれました。

首都ブラジリアでは約400人の先住民の人たちが参加したデモ行進が実施され、その他の州(少なくとも5州)では、高速道路を封鎖するなどの行動がありました(サンパウロ、サンタ・カタリーナ、リオグランデ・ド・スル、マラニョン、ロライマの5州)。

「APIB」は、全国の7つの地域先住民組織を統合している団体で、2005年に結成されました。

憲法改正案(PEC48)は、現憲法231条の「改正」案で、先住民の土地請求権を、現憲法が公布された1988年10月5日以前に住んでいた土地に限定する条文を加えること(時間枠組みの導入)を目的としています。これが認められると、この日以降に行われた請求は「無効」とされます。現憲法には「期限」についての規定はありません。

1988年の憲法では、先住民が独自の社会集団として習慣、言語、信仰、伝統を持つ人びとであること、固有の文化を保持する権利が認められるとともに、生活してきた土地への権利を永続的に持つことが承認されています。但し、境界の確定などの認証権限についてはを連邦に帰属させるとなっています。

そのため、先住民が居住と利用の権利を有する土地は、境界画定の認定作業によって決定されることになっています(いわゆる先住民保護区の設定。土地の所有権は公有)。

現在、先住民の土地はブラジルの国土の約14%を占めていると言われています。

改憲派は時間枠組みを導入することによって、これまでに認められた境界の見直しも含めて、土地境界線を巡る争いに「法的な決着」をもたらすことで、アグロビジネスや資源開発を推進・拡大させたいと考えています。

一方、APIBは、PEC48を「死の憲法改正案(PEC)」と名付けて、これは「私たちの境界を定めた土地に対する脅威」であり、「地球規模の気候緊急事態を悪化させるだろう」と述べて、先住民の権利が制限されるとともに、開発によって環境や生物多様性が破壊されることへの危惧を表明しています。

1988年10月5日以降の請求権は認めないという期限の設定は、かつての軍事独裁期(1964年~1985年)における先住民の追放や強制移住の実態(88年の時点で以前の土地に住んでいなかった状態)を考慮しておらず、「公平でない」と批判しています。

また、境界認定がされた土地に関しても違法な土地収奪が横行しており、地価の上昇(道路建設などの開発計画に伴う)や、違法な森林伐採や採掘(金など)による環境破壊が後を絶たず、さらには先住民リーダーが殺害される事件も継続的に起こっています。2023年には先住民リーダーたちの殺害事件が25件発生したことが報告されています。

とくに前のボルソナーロ政権(2019年~22年)が環境保護よりも開発政策を進めたことで、対立がより一層深刻なものになってきたことが背景にあります。

ボルソナーロ氏は大統領になる前から「先住民に与える土地は1センチもない」などと発言したと言われています。

現在のルーラ大統領は環境保護の姿勢を重視していますが、議会内では少数与党ということもあり、必ずしもガバナンスがうまく機能しているとは言えない状況にあります(とくに議会運営について)。

※ブラジルにおける憲法改正手続きは国会の上下両院で2回ずつ行われ、議員投票の5分の3以上の票が得られた場合に承認されることになっています。

(2)右派(開発推進派)が主導する連邦議会の動向

2023年9月21日、連邦最高裁(STF)は、南部のサンタ・カタリーナ州で行われた訴訟(21年に提訴)の中で、土地境界認定に関してこの時間枠組みによる制限を認めるかについて、これを否定する(違憲とする)判断を下しました(11名の判事のうち、9名が時間枠組みによる制限に反対)。

これにより、先住民の土地の権利保障を守る側が「勝利」しました。しかもこの判決は、同州にとどまらず、他の州でも行われている同様の裁判に対しても判例として影響が及ぶとされたことで「喜び」を持って迎えられました。

ちなみに、この判決で時間枠組みによる制限に賛成した2名の判事は、先住民の領土拡大に反対し、アグロビジネスや採掘産業の拡大を目論んでいたボルソナーロ前大統領によって任命された人物でした。

しかしこの判決が出た同じ9月21日に、連邦上院では冒頭に示した改憲案(PEC48)が提出されることになります(ヒラン・ゴンサルベス自由党議員による)。さらに同年9月27日に、連邦議会は、連邦最高裁が違憲と判断したこの時間枠組みを条文化した「法案2903号」を急いで成立させました。

この「法案2903号」に関しては、23年10月20日にルーラ大統領が拒否権(法案の核心部分について)を行使しました。ルーラ大統領は、23年1月に政権をスタートさせてから新たに先住民省を設置するとともに、現在係争中の土地請求を認めるとの立場を明確にしていました。

しかし右派が主導する連邦議会は、23年12月14日にこの拒否権を覆す決議を成立させました。それにより「法案2903号」は「法律14701号」として有効となっています。

この事態に対して、今年の4月22日に連邦最高裁がこの法律に関する訴訟手続きを一時的に停止して関係者間での「調停」を提案し、8月にそのプロセスが始まっていました。

調停の話し合いには、APIBからの参加は代表者6名しか認められておらず、300を超えると言われる先住民族全体を代表する形にはなっていません。

しかもAPIBは土地の権利に関して「交渉の余地はない」との立場を堅持しています。結局、APIBは調停プロセスから離脱を決定しました(今年8月末)。

今回の抗議行動は、連邦上院の憲法・司法委員会でPEC48の審議が行われようとしている最中に呼びかけられたものであり、権利を制限しようとする一連の法的措置の撤廃を強く求めています。

PEC48を支持する議員らは、先住民以外の土地所有者に対する法的保障を与えるためにはこれが必要であると主張し、先住民リーダーたちが領土の無制限な拡大を推進していると非難しています。

しかしこの改憲案が成立してしまうと、自らの生活空間が脅かされるだけではなく、大規模な資源や農業開発、それらに関連するインフラ建設を可能とする規制緩和への道が開かれてしまう恐れがあります。そのため。先住民団体は「我々はこれに対して闘い続ける」と堅い意志を示しています。

(3)「闘いは続く!」

先住民団体は、今回の行動に伴って、国家を構成する三権(行政府、立法府、司法)に対してそれぞれの要求項目を掲げた書簡を送りました(要求項目は全部で25項目)。

書簡のタイトルは、「私たちの土地、私たちの生活(命):ブラジル国家三権へのブラジル先住民の書簡」。

書簡は初めに以下のように訴えています。

「私たち、全国の様々な生物多様性の地域に住む先住民は、この土地の先住民である私たちの生存を脅かしている、私たちの権利と領土に対する継続的かつ組織的な攻撃を非難するために、再びブラジリアを占拠する。先祖からの知恵を守護する者として、私たちは、自然と調和のとれた関係を維持しており、私たちはその一部である。」

「私たちの伝統的な生活様式は、生態系の保全、生物多様性の保護、水の保全、そして気候危機に対する世界的な闘いに寄与しており、環境に配慮するための力を捧げている。」とも述べています。

最後に、「境界線がなければ民主主義はない」と強調しています。そして「私たちの境界線は先祖代々受け継がれていくものである。」「私たちはここに居続ける。」と締めくくっています。

2024年11月27日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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アルゼンチン 増加する貧困層

(1)直近20年間で最も高い貧困率

今年8月にアルゼンチン国家統計センサス局(INDEC)が公表した報告によると、同国の2024年上半期の貧困率は人口の52.9%に達していることが明らかとなりました。直近20年間で最も高い数値となっています。

アルゼンチンの貧困率については、世帯収入で購入される商品とサービスについて、それらが必要不可欠と評価される「一連の食料品とそれ以外のニーズ」を満たしているかどうかで測定されます。

また極貧率については、必要量とされるエネルギーとタンパク質の最低基準を満たすことができる食料品を賄うのに十分な収入が世帯にあるかどうかで測られます。

これらについては、毎年6か月ごとにINDECが評価しています。今回の記事では取り上げていませんが、貧困調査に関してはこれ以外にも国勢調査に基づいて、収入面だけでなく、教育、医療、住宅など多面的に評価する調査も行っています(こちらは10年ごとに実施)。

貧困率については、昨年同期比で12.8%の増加(23年上半期の貧困率は40.1%)、昨年下半期からでは11.2%の増加(23年下半期の貧困率は41.7%)となっています。昨年12月にハビエル・ミレイ大統領の政権が発足して以降、貧困層が大幅に増加していることがわかります。

また貧困ライン以下のうち、極貧率を見ると、昨年同期の9.3%から18.1%へと、1年でほぼ倍になっています。ちなみに昨年下半期の極貧率は11.2%でした。

これを人口規模で見ると、ほぼ2500万人が貧困ライン以下、その中で850万人が極貧ライン以下にあることになります。

また増加率から換算すると、今年上半期のうちに500万人以上が貧困状態に、そのうち300万人が極貧状態に陥ったことになります。

これに合わせて、とりわけ子どもの貧困も深刻さを増しています。同じ報告によると、14歳未満の子どもの約66%(720万人)、つまり3人に 2 人が貧困状態にあります。

子どもの状況については、アルゼンチンのユニセフが今年6月に公表した報告によると、世帯収入が不足しているために夕食を取らずに眠りに就く子どもの数が100万人、日中の食事をちゃんととっていない子どもを含めるとその数は150万人に上るという実態が明らかにされました。

※ユニセフの調査は今回で8回目。今年4月15日から5月9日までの期間に全国の子どもと青年がいる1313世帯(サンプルとして抽出)に電話で実施したものです。

また、約1000万人の子どもたちが肉類や乳製品、野菜とフルーツの摂取量を減らしており、代わりに麺類やパンの消費(いずれも価格が安いもの)を増やしていることも明らかとなっています(昨年との比較)。このように多くの世帯で栄養価の高い食料品の価格を支払う余裕がなくなっています。

さらに食料品だけでなく、医療(医薬品の購入や健康診断の受診など)や教育(学用品の購入など)分野の支出も減らさざるを得なくなっています。

収入の減少を補うために、多くの世帯では貯蓄を取り崩したり(約41%の世帯)、借金(クレジット払いなど)に頼らざるを得ない状態(約23%の世帯)に陥っています。

経済的貧困が与える影響は、当然各世帯均等ではなく、教育へのアクセスが少ない世帯、ひとり親世帯、女性が世帯主の世帯、スラム地域に暮らしている世帯により悪い影響を及ぼしています。

ユニセフ・アルゼンチンのルイサ・ブルマナ代表は「収入不足に直面して、家族は借金を抱え、栄養価の高い食料品や医薬品を買わなくなり、世帯員の生活の質が著しく悪化している」と説明しています。

(2)貧困率上昇の要因について

なぜこれだけ貧困(極貧も含む)が増加しているのか。その要因については、一般的に人々の所得水準とそれで購入する物価水準が必要と見なされている財やサービスを賄うのに適切なレベルにあるかどうかということによります。

アルゼンチンでは、長年にわたる経済的苦境(2012~22年の年平均成長率は0.3%。23年はマイナス1.6%)と、高いインフレ率とが相まって、貧困率(極貧率)を上昇させてきました。

インフレ率は10年以上にわたって年率25%超を記録しています。2023年12月の消費者物価指数は前年同月比で211.4%に急上昇しました。

ミレイ政府は、高いインフレ率について、基本的には中道左派前政権による公共支出の大幅な増加が寄与したとして、史上最大規模の歳出カットを実施している(公共支出の3分の1を削減した)と報じられています。

しかし昨年12月の急上昇については、ミレイ政権が発足して為替統制を緩和してペソの大幅な通貨切り下げ(50%超)を実施したことによるものと指摘されています。

現在の貧困率の上昇について、ルイス・カプート経済相はテレビのニュース番組の中で「政府には責任はない」と答えています(BBCの24年10月14日付配信記事による)。

反対に、政府のとった措置によってハイパーインフレの危機を回避することができたので、貧困率がさらにひどく高くならずにすんだという趣旨の発言をしています。

インフレ率については今年に入って月間ベースの伸び率は落ちてきているとは言え、依然として高い水準にあることは変わりません。

その一方で貧困率を押し上げているもう一つの要因が所得の減少にあります。次にこの点について見ていきます。

以前の経済危機(2001年時)とは違って、現在の失業率は7%台で推移していて失業者が急増しているわけではありません(今後どうなっていくかという点はあります)。しかも政府による貧困のための社会支援プログラムも行われています。

その中で貧困層が増大しているのは、仕事に就いていても十分な収入が得られていない状況、つまりワーキングプアが広がっていることが影響しています。

アルゼンチン(一般的には中南米全体がそうだとも言えますが)では、インフォーマルな形での就労が増えていることが統計でも確認されています。

※インフォーマルな就労とは、法的な規制や保護を受けない形での労働(自営業、雇用労働を含む)のことを指します。

公式統計によると、労働者の約47%がインフォーマルな労働に従事しているとされています(その半分以上が5人未満の民間企業に所属)。そしてこの部門は最も所得が低い部門でもあります。

ブエノスアイレス大学(UBA)に付属するGino Germani研究所によると、未登録労働者(未登録のため社会保障などを受けることができない)の70%が貧困ライン以下で生活しているとしています。

しかし登録労働者であっても、その30% (200 万人以上)も貧困状態だということです。

こうした状況に対して、ミレイ政府の基本方針は、従来の公共部門の雇用を削減し、民間部門での雇用を増やしていく政策に力点を置いています。その一方で、最も脆弱な立場にある人々を保護するための社会的支援を強化しているとしています。

人的資本省(従来の労働、教育、社会開発、文化を統合した新設の省)が9月末に公表した報告では、次の3つの手当てを増加させたとしています。

①普遍的子ども手当:374%増加
②食料給付(食料購入用カード):138%増加
③1000日計画(生後 3 歳までの子ども向け給付。※妊娠・出産などに対する手当て):1323%増加 

政府は、これらの措置によって「基本的な食料品」の97.7%はカバーされるとしています。しかしこれは未成年者一人を想定したものでしかないと指摘されています。しかも極貧ラインとされる食料品に関してだけです。

「典型的」とされる4人家族(大人2名、未成年者2名)の場合では、極貧にならないための基本的な食料品の費用の半分しかカバーしていません。さらに子どもが多い家庭ではそれだけでは足りなくなります。

先のユニセフの調査でも、回答者の93%が、国が提供する社会経済的支援が必要であると考えていますが、その一方で現在行われている支援は十分でないと回答している割合が67%に達しています。

この調査では、所得支援(給付金)を受給している世帯の68%が、その支給額では日常的な支出額の半分にも届いていないというデータが示されています。

ミレイ政府は、インフレ率の鈍化を取り上げて最悪の状況から事態が改善していることを宣伝しています。今の状況は改善していくと信じている人が4割以上いるという社会調査もあります。

しかし日々の生活が良くなっていることが実感できるようにならなければ、遅かれ早かれ、こうした思いが「絶望」へと逆転する可能性があることは否定できません。貧困が拡大している状況を見ると、人々が辛抱できる時間はそう長くはないと言えます。

2024年10月23日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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