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アルゼンチン ミレイ政権による新自由主義改革の行方

このテーマについては、今年1月にアップした記事に書きましたが、今回はその続きになります。

(1)目玉法案の成立

6月28日(金)、国家改革「一括法案」の修正案(法案名称は「アルゼンチンの自由のための出発点と根拠法」。以下「根拠法」)が下院で可決、成立しました(上院では6月13日に可決済み)。

これが昨年12月にミレイ政権が発足してから初めて成立させた法律となります。

この法案が最初に国会に提出されたのが昨年12月27日でした。その後、野党との協議で「修正」された法案が下院で審議入りしましたが、法案の主要な条文が否決されたため、政府は法案を撤回して一旦は白紙に戻されました。

新しく修正された法案が再提出され、4月30日(火)に下院で可決されました。その後、上院ではさらに修正された法案が6月13日(木)に可決されました。

上院では賛成と反対が36票ずつの同数でしたが、上院議長(ビクトリア・ビジャルエル副大統領)が賛成票を投じてかろうじて可決となっています。

上院では修正された法案が可決されたため、再度下院に送られて審議されたのち、ようやく6月28日に可決・成立に至りました(賛成票147票、反対票107票)。

当初、664あった条文は最終的には238条に削減されています。もともと一体だった税制改革に関する条文は切り離されて、「税制改革」法案として別途提出されました(4月中旬に提出、根拠法と同じく6月28日に可決・成立)。

(2)成立した「根拠法」の主な中身

BBCの配信記事(2024年6月13日公表、28日更新)を参考にしてまとめてみます。なお、ここでは「雇用」に関する部分は省略しています。「税制改革」についても別の機会に取り上げたいと思います。

①非常事態:政府に立法権限の付与

根拠法の最も重要なポイントの1つは、「行政、経済、財政、エネルギー分野における公的非常事態」を宣言し(第1条)、行政権力に1年間の特別な権限を与えるというものです(憲法76条に基づく権限)。

これによって、ミレイ大統領は2025年半ばまでの間、立法権限を持つことが可能となり、先の分野については立法府を通さずに政令によって立法措置をとれるようになりました。

但し、今回の法案の承認を得るために、一定の制限を受け入れています。例えば行政改革について、公的機関を再編するために解散を含めた権限が政府に認められていますが、その中でいくつかの公的機関については、介入したり解散させたりはできないことが確約されています(国立大学、司法機関、立法機関、憲法上の独立組織である公共省など)。

それ以外にも、軍事独裁政権下で誘拐されて他人に養育された子どもたちの親子関係を特定するために行方不明者の情報を保管する国立遺伝子データバンク(BNDG)や、国家農畜産品衛生管理機構(SENASA)、国立工業技術院(INTI)などが、介入や解散の対象から除外されています。

また、政令による立法権の行使と結果については、毎月議会に詳細を報告することになっています。

②国有企業の民営化

根拠法の成立により、政府は一部の国有企業を売却することが可能となります。政府の当初案とは違って、すべての国有企業が民営化の対象になるわけではありません。

今回可決した根拠法の付属文書Ⅰに民営化が明記されている企業は、インテルカーゴ(空港グランドハンドリング事業)と、エネルヒア・アルヘンティーナ(炭化水素の探査・開発)の2つです。

また法律の条文に「民営化の対象」と明記されているのが、アルゼンチン原子力発電 (NASA)と、リオ・トゥルビオ炭鉱(YCRT)です。

それ以外に、同じく付属文書Ⅰに「民営化/コンセッション」の対象として名前があげられているのが以下の4つです。

アルゼンチン国営水道会社(AySA)、ベルグラーノ貨物物流(鉄道貨物輸送)、オペラドーラ・フェロビアリア(鉄道旅客輸送)、コレドーレス・ビアレス(高速道路、幹線道路の運営)

一方で、国営石油会社YPF、アルゼンチン航空(2008年に再国営化)、公共メディアであるアルゼンチン・ラジオ・テレビなどは民営化の対象から外されることになりました。

③大規模投資奨励制度 (RIGI)の創設

RIGI は、国内外を問わず、アルゼンチンへの大規模投資を長期的に促進するための制度です。

2億ドルを超える投資に対して、税金、関税、為替規制上の優遇措置を30年間にわたって提供するとしています。

また、法的安定を保障し、国や地方自治体などがRIGIの条文内容を制限したり妨害したりなどすれば、それは完全に無効になるとの規定を盛り込んでいます。

対象となるのは、エネルギー、林業、鉱業(リチウム採掘を含む)、観光業、インフラ、テクノロジー、製鉄、石油・ガスの8業種で、国の発展にとって戦略的と考えられる分野です。投資額の20%相当を地場のサプライヤーに発注することが義務付けられています。

政府は、RIGIについて、アルゼンチン経済を活性化する資本を呼び込むための重要なツールであると考えています。

恒常的な経済危機と債務不履行によって、アルゼンチン経済は投資家からの信用を得られてこなかったことから、投資を引きつけるには特別なインセンティブが必要であるとしています。

しかしRIGIについては、大企業、とくに多国籍企業に大きな利益をもたらし、現在雇用の70%を生み出しているアルゼンチンの中小企業に損害を与えることになるとの批判的な意見が出されています。

左派のクリスティーナ・フェルナンデス・デ・キルチネル元大統領は、RIGIは外国企業の手によるアルゼンチンの自然資源の開発をもたらし、「付加価値のない採掘主義経済」を作り出し、「21世紀版の植民地主義」を確立することになると警告しています。またそれにより失業が深刻化することも指摘しています。

(3)最近の経済状況

このように、内容的に大幅な譲歩を余儀なくされたものの、ミレイ大統領による新自由主義改革は目玉となる法律ができたことによって、「新たなステージ」を迎えたと言われています。

ここでは政権が発足して以降、アルゼンチン経済の状況がどう変化しているのか、いくつかの数字を取り上げて概観してみたいと思います。

まず財政赤字の削減についてです。財政収支は今年1月から黒字に転じ、今年3月には約2766億ペソの財政黒字を達成しました(6月まで連続で黒字を記録)。四半期ベースでの黒字は実に2008年以来のことです。

続いてインフレについてです。今年7月の消費者物価指数(CPI)上昇率は、前月比4.0%増(全国平均値)でした。

前月比の伸び率については、ミレイ政権が誕生した昨年12月の上昇率は25.5%でしたが、今年に入ってから減速(6月を除く)を続けています。

しかし年率換算では263.4%増、今年1月から7月までの累計では87%増です。このようにインフレ率は抑制されているとは言え、高止まり傾向にあると言えます。

政策金利を見ると、ミレイ政権発足時は133%であったのが5月には40%にまで引き下げられています。しかしながら、実質金利は依然として大幅なマイナスであり、これでは投資が進まないのも当然と言えます。

物価高と高金利の共存が依然として経済活動の重荷になっていることが経済成長率にも表れています。

経済成長率については、今年第1四半期(1月~3月)の実質GDP成長率は前年同期比マイナス5.2%を記録しました。第2四半期(4月~6月)はマイナス幅が縮まったものの、マイナス1.7%でした。これで政権発足以後、2期連続のマイナスで、改善傾向が見られるとは言え、景気の悪化が継続していることが見て取れます。

最近のマイナス要因としては緊縮財政による国内需要の縮小、それに伴う消費の落ち込みや生産活動の低下が指摘されています。業種では建設業がマイナス22%、製造業がマイナス17.4%となっています(前年同期比)。輸出はプラス31.4%ですが、輸入はマイナス22.5%を記録しています(前年同期比)。

完全失業率については、今年第1四半期で7.7%、前期比(23年10月~12月)で2.0ポイント増加しています。この数字については、大幅な悪化ではなかったという見方もあるようですが、景気悪化による失業率の上昇には今後も留意する必要があります。

こうした経済状況の悪化に伴って、貧困が広がっています。アルゼンチンカトリック大学(UCA)所属機関によると、今年前半期に人口の半分以上(52%)が貧困状態にあり、17.9%が極貧状態にあるとの推計値が公表されています。

これは2004年以来最も高い数値です。これらの家庭では、基本的な食糧品類をカバーするのに十分な所得がないことを意味しています。

貧困が広がっている要因として、経済のインフォーマル部門(法的な保護下にない職種)での働き口が減っていること、民間部門のフォーマルな労働者の賃金が低いことが指摘されています。

ここから見えてくるのは、経済の立て直しが決して容易ではないこと、それが労働者を含めた民衆の生活を犠牲にした上で進められていることです。

ミレイ政権は内外からの大規模な投資を呼び込むことで、景気を良くし、雇用を増やすことを考えているようですが、アルゼンチンに限らず、これまでの新自由主義改革と言われるものの「結果」を見れば、そううまくはいかず、反対に経済的不平等が拡大していることが明らかになっています。

したがって、政権発足時から始まっているミレイ政権の政策に反対する労働者、民衆の運動が今後も粘り強く続けられていくことは必至だと考えられます。

2024年9月25日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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ベネズエラ 大統領選挙をめぐる動向

7月28日、ベネズエラで大統領選挙が行われました。その結果をめぐって国内では政権与党を支持する勢力とこれに対抗する野党勢力との間で対立が起こっています。この記事を書いている時点(8月15日)で何らかの決着を見ているわけではありませんが、大統領選挙の結果をめぐって何が起こっているのかを少しまとめてみたいと思います。但しすべての情報に触れているわけではないのであくまでも「暫定的」なまとめであることをあらかじめお断りしておきます。

(1)大統領選挙の「結果」

大統領選挙の「結果」についてはベネズエラの全国選挙管理委員会(CNE)が28日深夜(29日午前0時)、開票率80%時点の結果として、以下のことを公表しました。

ニコラス・マドゥーロ候補(現大統領)の得票数515万92票、得票率51.2%、野党側の最有力候補エドムンド・ゴンサレス氏の得票数444万5978票、得票率44.2%、その他野党8人の候補の合計得票数が46万2704票、得票率4.6%、投票の傾向が「強力かつ不可逆的」であるとしてマドゥーロ候補の当選(3期目)が確定としました。ちなみに投票率は59%でした。

CNEのエルビス・アモロソ委員長は結果発表の会見時に、公表が遅れた理由について、投票データの送信において「テロ攻撃」を受けたと説明しました。これにより選挙センターから集計センターへの選挙データの送信が妨害されたとしています。

マドゥーロ大統領も「全国選挙管理委員会のシステムに対する大規模なハッキング」があったと述べています。

ベネズエラの投票システムは、電子投票で行われます。その際、投票者は指紋認証を受けたのち、自分が投票する候補者を選択したのち、選んだ候補者と政党名が記載されたチケットが機械から印刷されます。そのチケットを投票箱に入れるという手順になっています。

投票した記録については、集計用紙の原本などが機械で印刷されて保存される仕組みとなっています。データを照合すれば、投票所ごとに有権者の投票行動を確認することが可能となっています。

また法律では、選挙後 48 時間以内に基礎自治体や選挙センター、各投票所での集計結果を完了することが義務付けられています。しかしその後も詳細な結果は公表されていません。

このCNEの結果発表に対して、主要野党であるゴンサレス候補陣営(民主統一プラットフォーム、PUD)は、「不正選挙であった」と非難し、ゴンサレス候補が70%の票を獲得して勝利したと宣言しました。

のちに入手したとする選挙記録(選挙記録の約82%のデータと述べている)をウェブ上で公表しました。

それによると、ゴンサレス候補の得票数730万3480票、得票率67.08%、マドゥーロ候補の得票数331万6142票、得票率30.46%、その他野党8人の候補の合計得票数が26万7640票、得票率2%という結果で、ゴンサレス候補が勝利したと繰り返し主張して、引き続き全国的に抗議行動を呼びかけています。

先にも述べたように、今回の選挙について、各投票センターの投票記録をCNEが公表していないため、PUD側が公表した記録データとの照合を行うことができていません。

今回の選挙には国際的な監視団も参加しました。CNEの結果を正当なものとして認めている機関もありますが、米国のカーターセンターは「ベネズエラの2024年大統領選挙は、選挙の完全性に関する国際的なパラメーターと基準に対応しておらず、民主的とは考えられない」として「疑義」を表明しています(7月30日)。

一方で、5名の選挙監視員から成る代表団を派遣した全米法律家組合(National Lawyers Guild)は、選挙の翌日(7月29日)に「正当性、投票へのアクセス、多元主義に細心の注意を払いながら、透明で公正な投票プロセスを観察した」とする声明を公表しました。

さらに、ラテンアメリカ・カリブ海諸国の反応としては、マドゥーロ候補の勝利を認める国、反対にPUD側の勝利を認める国のほかに、選挙結果の公表を求めている国があります。

その中で、コロンビアのペトロ大統領やブラジルのルーラ大統領、メキシコのロペス・オブラドール大統領などは選挙記録の公開を求めていました。しかし、コロンビアとブラジル両国の大統領はその後、選挙のやり直しを要請するに至っています。

これに対して、メキシコのロペス・オブラドール大統領は、「ベネズエラ国民が解決すべき事柄について、誰であれ、われわれ部外者や外国政府が意見を述べるのは賢明とは思えない」と発言しています。

つまり、再選挙の実施ではなく、いま行われている最高裁での審議の結果を待って、慎重に行動することを訴えています。※最高裁での審議については(2)で説明します。

オブラドール大統領は、マドゥーロ候補の勝利を認めていませんが、ゴンサレス候補の勝利を認める各国政府や機関についても批判しています。

「私たちはどちらか一方に賛成しているわけではない。私たちが望んでいるのは、結果が公表され、選挙が行われた国の管轄当局が決定を下すことである。・・・私たちが求める唯一のことは、すべてが平和的に解決されること、暴力も弾圧もなく、すべてが平和であることである」とオブラドール大統領は述べています。

一方、米国のバイデン大統領は、「マドゥーロ(候補)がベネズエラ選挙の勝者であると宣言したのは間違いである」と発言して、野党のゴンサレス候補を支持する姿勢を示しました(8月15日)。

(2)選挙結果の認定をめぐる動き

7月31日、マドゥーロ大統領は、最高裁判所(TSJ)選挙法廷に一連の選挙プロセスを検証するために調査を行うように求める訴えを起こし、最高裁がこれを受理しました。

最高裁は、大統領選に参加した10名の候補者と38の政党代表に対して、8月2日に選挙法廷に出席すること、各自の投票関連文書や記録を提出するように命じました。同じく順次公聴会も開かれることになりました(日程は8月7、8、9日の3日間)。

8月2日の選挙法廷には、10名の候補者のうち、エドムンド・ゴンサレス候補を除く9名が出席しました。また、出席した9名の候補者のうち、エンリケ・マルケス候補は検証に必要な証拠と証明書を提示して協力する旨の書面にサインしませんでした(マドゥーロ大統領を含めた8名は最高裁の協定文書に署名)。

また、選挙法廷はCNEに対して、票の集計記録、最終集計記録、判定記録、当選者の布告といった文書を3日以内に提出するよう求めました。また、サイバー攻撃に関する文書を受け取るためにCNEの事務所を開放することも決定しました(期間は8月5日から11日までの間、24時間開放する)。

同じ8月2日にCNEから選挙の第2次結果が公表されました。それによると、投票記録のほぼ97%が精査された結果、マドゥーロ候補の得票率は51.95%(得票数640万8844票)に対し、ゴンサレス候補の得票率は43.18%(得票数532万6104票)となっています。※残りの8名については省略。

その後、8月7日の公聴会への呼び出しを受けたPUDのゴンサレス候補は出席せず、PUD傘下の3政党の代表は出席したものの、投票結果の資料の提出を拒否しました。最終的に、提出を求められた38の政党のうち、資料を提出したのは33政党でした。

公聴会が終了したのち、最高裁が行う手続きのために出廷しなかったのはゴンサレス候補だけでした。ゴンサレス候補は声明の中で、適正手続きに違反する行為に参加することになるため、最高裁判所には出廷しないことを明言していました。このほか、出廷したものの資料の提出を行わなかった候補者が2名いたことも報じられています(エンリケ・マルケス候補とアントニオ・エカリ候補)。

一連の公聴会などを経て最高裁は、8月15日、今回の大統領選挙の候補者と政党が提出した書類について「専門調査」を実施すると報告しました。

こうした中、ゴンサレス候補を支持する野党勢力は、8月17日に首都カラカスで抗議の街頭行動を行いました。これに呼応する行動が周辺諸国でも実施されました。

現状では、最高裁が今回の調査をもとにどのような判断を下すのかを注視する必要があります。その上でこの大統領選をめぐる動きがどのように推移していくのかを引き続き見ていきたいと思います。

2024年8月18日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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キューバ 苦境が続く経済状況

7月17日から19日までの3日間の日程で第10期人民権力全国議会(国会)の第3回通常会議が開催されました。

会議では様々な新しい法律が制定されたほか、2023年の国家財政の決算や2024年上半期の経済実績などが報告されました。

本会議に先立って、11の常設委員会の作業部会でそれぞれのテーマについての報告や議論が行われました。今回はキューバのマクロ経済の状況について報告を元に概観してみます。

7月15日に開催された経済委員会で、ホアキン・アロンソ・バスケス経済計画大臣がキューバのマクロ経済状況について報告を行いました。続いて17日には本会議で今年上半期の経済実績についての報告を行いました。

それらの報告によると、2023年の国内総生産(GDP)は1.9%のマイナス成長でした。直近の成長率を見ますと、新型コロナのパンデミックの影響を受けた2020年は10.9%のマイナス成長でした。2021年は1.3%のプラス成長、2022年も1.8%のプラス成長でしたが、いずれも低成長に終わっています。

23年はマイナス成長でしたので、いぜんとしてパンデミック前の経済状態を回復するに至っておらず、厳しい状況にあることがこの数字からも見て取れます。

本会議での報告でもバスケス大臣が、「パンデミック前の数年の結果と比較して、国は生産とサービスのレベルを回復できていない」ことを認めています。

23年のマイナス成長の理由として、米国による経済封鎖、外貨と製品の供給不足、燃料不足、過剰流動性(現金や預金量が経済活動に必要な適正水準を上回っている状態。いわゆる「カネ余り」)などを指摘しています。

産業別で見ると、とくに農業と製造業に関しては、それぞれ約12.7%、約1.4%のマイナスとなっています。

一方で、23年のGDPに最も寄与した部門は、観光・ホテル部門のプラス13%でした。しかし、2024年(上半期)のデータについては、「期待が持てるものではなかった」とも述べています。

今年(2024年上半期)の経済実績の評価については、高い水準の財政赤字と、望ましいレベルを超過する通貨発行が続いているとしています。これは、インフレ傾向が当面続くことを意味しています。

バスケス大臣は、キューバ経済の問題点として「不十分な外貨収入、膨大な対外債務、低い国内生産の回復」の3点を指摘し、「燃料やエネルギーの制約」と「高インフレ」を挙げています。

以下、報告のポイントに沿って列挙します。

・外貨収入について、今年上半期末の時点では前年同期比で2億4900万ドル増えたものの、計画された額よりも2億2200万ドル少なかった。輸出による外貨収入は、計画の88%を達成し、前年同期比で24%増と報告。

・好調だった輸出品目は、タバコ、木炭、ウナギやロブスターなどの水産物、バイオ医薬品などであった。しかし、ニッケル、砂糖、蜂蜜、ラム酒、海エビは想定された収入レベルに届いていない。

・医療サービスなどのサービス輸出も計画レベルを達成しているが、観光サービスや電気通信は想定レベルに届かなかった。

・観光業については、2023年は前年比1.8%のプラスだった。海外からの来訪者は132万1900人(15日の経済委員会では180万人と報告されていた)で、計画の約85%を達成したものの、2019年同時期の達成率と比べるとその51.6%にすぎない。国・地域別に見ると、カナダ、ロシア、海外在住のキューバ人、ドイツからの来訪者が多く、とくにカナダとロシアからの割合が大きい。

・より多くの外貨収入を達成する必要があるにもかかわらず、上半期で対外売上(売掛)債権(販売代金を将来的に受け取る権利。現段階では未回収の代金)が6.4%増加した。「輸出代金の回収管理を改善する必要がある」と指摘。

・輸入については、計画の58%しか満たされていない。食料、燃料、医薬品、医療消耗品を優先している。食料と燃料の輸入が支出の大部分を占めている。

・非国営企業の輸入額は9億ドルに上る。そのうち約6億2200万ドルが零細、中小企業の相当分となっている。

・外国からの投資については、今年上半期で12件の外資による新規事業を認可。そのうちの1件はマリエル特別開発区での事業であった。

・農牧畜業では、ほとんどの農業生産が計画を満たしていない。肥料、殺虫剤、殺菌剤、燃料、家畜飼料の不足が生産未達成の主な原因の一つである。この部門の輸入額は年間17億ドルに上っており、国内の自給率を上げることが不可欠である。

・全国の発電システムについては、持続可能性のための燃料や資源が限られており、需要を満たす上で「リスクと課題」に直面し続けている。

また、エネルギーなどさまざまな分野への主な投資に関して、2000MW(メガワット)の太陽光発電の建設工事や熱電発電所のメンテナンスなどについて言及。

キューバでは、とくに今年の5月以降、エネルギー事情が悪化しており、ピーク時の停電が頻繁に発生しています。その主な原因は燃料不足と発電施設の老朽化による故障ですが、メンテナンスのための投資、調達すべき資材の確保が十分でないことが障害になっています。

・インフレの動向については、2023年以降は減少傾向にある。「しかし30%を下回るには障害がある」と報告。

「これは、物価の下落を意味するものではなく、物価は上昇し続けているが、そのペースは落ちている」と説明。

・高い水準のインフレについて、バスケス大臣は、財やサービスの供給が制限されている中で、原価コストを大きく上回る価格、違法な為替レートに基づいた価格形成などの投機行為について言及するとともに、推定値として人口の約10%(主に非国営部門)にお金が最も集中していると報告。

・各種事業体については、1万8973ある事業体のうち、2674の国営企業、120の混合企業、5133の協同組合、1万1046の民間の中小・零細企業という内訳になっている。

・自営業者については、現在、59万6167 人となっている。国営企業部門では 130 万人以上の労働者が雇用されており、輸出の80%は国営企業が担っている。

・税引前損失を抱えている企業は340社あり、そのうち319社が国営企業である(1年前より51社増加)。

これらの報告からは、キューバ経済の中心を担うと位置づけられている国営企業の多くが赤字体質から脱却できておらず、民間の中小・零細企業、自営業者が経済活動を支えている構図が見えてきます。

その一方で、稼げる者とそうでない者との間で格差が生じていること、またお金のアクセスと運用をめぐっては、課税逃れや違法な両替行為、汚職などの問題が起こっていることにも留意する必要があります。

また、15日の経済委員会の作業部会では、労働組合であるキューバ労働者センター(CTC)のウリセス・ギラルテ・デ・ナシミエント書記長が発言しています。

ナシミエント書記長は、複雑な経済・金融状況により、今年後半の見通しは困難になると述べています。

その上で、一般の人々の議論の中心は、家庭の基礎配給品の供給不足、高水準のインフレ、年金や労働者の賃金の購買力(の低下)などに対してどう解決策を見いだすかにあると説明しています。

最後の点は、賃金の名目金額が増加しても、現在の物価上昇に対しては十分なアップではない、つまり実質の購買力は下がっていることを意味しています(年金も同様)。

また、国の歳入不足、外貨収入を満たすために輸出を強化する必要性、海外からの直接投資の不足などについても言及しました。

さらに社会主義国営企業については、特に農牧畜業、砂糖、食品産業などの第一次産業において、依然として赤字企業が存在すると述べました。いかに供給を増やすかにもっと力を入れることを強調しています。

キューバ経済の構造的な課題として、まず供給(とくに生活に必要な財に関して)を増やして、各企業が利益を上げられる状態を作ることができるかがポイントになると思います。

そのためには、投資を増やすことが求められますが、それは同時にそのための資金、つまり外貨の安定的な調達が必要となります。

しかし政府が優先的に行おうとしていることは、例えばインフレ対策としての生活必需品に対する価格統制(上限を決めてフタをする)であったり、利益を上げている中小・零細の非国営企業に対する優遇税制の撤廃による課税強化などです。

これらの措置はどちらかと言えば、供給を抑制する方向に作用すると言えます。もちろん、企業の税逃れなどの行為が見過ごせないのはそのとおりですが、それが一律に実施されると委縮効果をもたらす可能性があることにも留意する必要があります。

今回は総論的にマクロの経済状況を見てきましたが、各産業の状況や人々の暮らしの面からなど、多角的にキューバ経済の実態を引き続き調べていきたいと思います。

2024年7月26日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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メキシコ 大統領選とジェンダー平等

6月2日、メキシコで総選挙(大統領、上下院)が行われました。今回の選挙は連邦レベルだけでなく、州知事や地方議会選挙も行われたので「メキシコ史上最大の選挙プロセス」とも呼ばれています。

ここでは大統領選挙と連邦議会選挙に絞って内容を見ていきたいと思います。

(1)初めての女性大統領の誕生

まず、大統領選は、与党連合(国民再生運動、メキシコ緑の環境党、労働党)のクラウディア・シェインバウム候補(前メキシコ市長)、野党連合(国民行動党、制度的革命党、民主革命党)のソチル・ガルベス候補(前上院議員)、第3極である市民運動のホルヘ・アルバレス・マイネス候補(前下院議員)の3名で争われ、クラウディア・シェインバウム候補が勝利しました。メキシコで初めて女性の大統領が誕生したことになります。次点で敗れた野党のソチル・ガルベス候補も女性でした。

投票結果は以下のとおりです。投票率61.04%(前回2018年より2.4%低下)

①クラウディア・シェインバウム候補 得票率59.75%

②ソチル・ガルベス候補 得票率27.45%

③ホルヘ・アルバレス・マイネス候補 得票率10.32%

任期は2024年10月1日~2030年9月30日までの6年間。再選はなし。

クラウディア・シェインバウム候補の勝利を見る上で、BBC(2024年6月3日付配信記事)は3つの数字を上げて説明しています。

1つ目は、3500万を超える得票数です。前回(2018年)のロペス・オブラドール大統領の得票数は3000万強でした。この間に総人口が増加して有権者数も増えているのでそれが得票数の増加に反映しているとも言えますが、いずれにせよ、メキシコの民主主義史上、最も多くの票を獲得しています。

2つ目は、野党候補との得票率の差が30%超(32%)もついたことです。その要因はいくつかありますが、シェインバウム候補のメキシコ市長としての行政手腕が肯定的に評価されたことと同時に、ロペス・オブラドール現大統領の人気の高さが指摘されています。実際、任期を終えるオブラドール大統領の支持率は大統領選の1か月前でも60%を記録したことが報じられています。

3つ目が議会での多数派(3分の2)の獲得可能性についてです。6月3日時点の記事の説明では、与党連合は「下院で少なくとも 334 議席、上院で 76 から 88 議席を獲得した。」と報じています。

下院の定数が500、上院の定数が128ですので、それぞれ3分の2の多数派を形成する可能性があると指摘されています。しかも、記事によれば、連邦議会の議席の3分の2を占めるのは、制度的革命党が支配していた1980年代以来のことです。

また、「3分の2」の議席確保は、連邦憲法の改正を可能にします(憲法改正には連邦議会の出席議員の3分の2の賛成が必要。その後で、全国の州議会の過半数の承認が必要とされます)。

このように行政府の長と議会の多数派を獲得したことは、シェインバウム政権(与党・国民再生運動)にとって、「貧困、暴力、汚職」というメキシコ社会が抱える構造的な問題に取り組む上で大きな支えになると言えます。

(2)ジェンダー平等の到達度

ここからBBCの別の記事(2024年5月27日配信、6月5日更新)を紹介します。それはメキシコの政治分野におけるジェンダー平等のプロセスに関する記事です。

まず、連邦議会(上下院合わせて628人)における男女比の変化を挙げておきます。

1988年 男性(89.18%)、女性(10.82%)

2000年 男性(84.87%)、女性(15.13%)

2018年 男性(50.48%)、女性(49.52%)

2021年 男性(49.04%)、女性(50.92%)

※下院議員の任期は3年(連続4期まで)、上院は6年(連続2期まで)

これを見ると、この20年間で大きく変わった(女性議員の割合が多い)ことがわかります。ちなみにメキシコの女性参政権獲得は1953年、翌54年の議会選挙で1名の女性議員が誕生しました。

それではこの変化をもたらした要因は何かということですが、クオータ制(候補者の一定数を女性に割り当てる制度)の導入がそれをもたらしてきたと言えます。

とは言え、制度が導入されてすぐ大きな変化につながったというわけではないようです。朝日新聞2024年6月13日の記事「ジェンダーを考える」などによると、メキシコにクオータ制が制定されたのは1996年(選挙法改正)でしたが、この時は義務ではなく、努力目標(候補者の30%を女性に割り当てる)でした。義務化されたのは2002年で、翌03年選挙後に女性議員の割合が初めて20%を超えました。

2008年に40%クオータへと拡大。2014年に政党候補者のパリテ(男女同数)導入によって、女性議員の割合が40%を超えていくことになりました。メキシコの場合は義務型なので違反した場合は罰則が適用されます。

さらに2019年の憲法改正によって「すべてに平等(パリテ)」条項が制定されました。これは、これまでの連邦議会議員と州議会議員の候補者だけではなく、すべての公的部門(候補者や役職)にパリテ原則を適用するというものです。つまり立法府だけでなく、行政府、司法、さらにムニシピオ(自治体)も対象となっています。

ロペス・オブラドール政権の下では、2018年から今年までの間、連邦政府の全閣僚(20名)のうち10名が女性閣僚でした。

司法では、女性の進出は制限されてきましたが、法改正によって、国家最高司法裁判所(連邦最高裁)を構成する11名の裁判官のうち、5名が女性となっています(裁判官は議会の指名を受けて大統領が任命)。

州知事では、今回の選挙までは、全国32州のうち女性知事は9名でしたが、今回の選挙結果で4名増えることになると報じられています。

このように憲法改正を頂点とする法制度改革によって、政治分野での意思決定への女性の進出は大きく前進してきていることがわかります。

ちなみに「ジェンダーギャップ指数」2024年版のランキングで、メキシコは33位(前年と同じ。日本は118位)となっています。

しかし、同じBBCの記事では、実際に女性を取り巻く様々な問題(具体的には、貧困と経済的自立、性暴力の根絶、中絶の合法化やケアの権利保障など)の改善は、それだけ(政治分野での意思決定への女性の進出が拡大しただけ)で、ただちに「保証」されるものではないとも指摘しています。

なかでも家父長制的な文化やマチスモ(男性優位主義的な思想)がなくなっていくには更なる取り組みと時間が必要とされると述べています。

2024年6月25日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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