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コロンビア 大統領選の行方

 5月29日(日)、コロンビアで正副大統領選挙が行われました。8組の候補者で争われた結果、「革新」左派のグスタボ・ペトロ候補(副大統領候補はフランシア・マルケス氏)が一位になりました。但し当選ラインの過半数に達しなかったため、上位2名の決選投票が6月19日に実施されます。今回は、一回目の選挙の結果についてまとめてみます。

(1)一回目の選挙結果

 国家市民登録局(Registraduría Nacional del Estado Civil)の集計結果によると、開票率99.99%で、「革新」左派のグスタボ・ペトロ氏が得票率40.32%(852万7,768票)で一位、独立系で実業家のロドルフォ・エルナンデス氏が28.15%(595万3,209票)で二位につけました。この二人が6月19日の決選投票へ進むこととなります。

 現政権与党が支持する中道右派のフェデリコ・グティエレス氏は23.91%(505万8,010票)で三位となり、コロンビアで20年続いた中道右派政党への支持が大きく後退したことが浮き彫りとなりました。

投票率は54.98%(前回2018年より0.8%上昇)※投票は義務制ではない。

登録有権者数は3900万2239人

投票者数は2144万1605人

有効票数は2117万3157票

白票数は36万5764票(※)

※白票については、「不同意、棄権、反対の政治的表明であり政治的効果を持つ」との憲法裁判所の判決(2011年)があります。仮に白票数が最多得票の候補者の票数より多かった場合でも、選挙をやり直すには有効票の過半数が必要とされています。

 三位のグティエレス氏は、29日の結果を受けてすぐに、決選投票では二位のエルナンデス氏を支持することを表明しました。今回の両者の得票率を単純に合計すると、得票率52.06%となってペトロ氏のそれを上回ることになります。

 このことは、すなわち、中道を含めた反左派票の行方にどれだけ影響力を及ぼすことができるのかが、ペトロ陣営が勝利するためのハードルになることを意味しています(無論、投票率の水準も影響します)。

 中道左派で四位のセルヒオ・ファハルド氏は、投票後すぐには決選投票でどちらを支持するかは明言していませんでした。その後、6月初めにエルナンデス陣営と会談を持ちましたが、エルナンデス側がファハルド氏の支援を断った(理由は政策変更をめぐって)と報道されています。

 ファハルド候補の得票率は4.2%(88万8585票)。仮にペトロ候補にその票が移ったとしても、上記の二位と三位の合計には届きません。

 決選投票でペトロ氏が勝利すれば、コロンビアでは初の左派大統領の誕生となりますが、その道のりは簡単でないことがわかります。

(2)両者のプロフィールと選挙結果が意味するもの

 今回の選挙の争点は一言で表すと「変革」あるいは「変化」ということになります。新型コロナのパンデミックが状況の悪化に追い打ちをかけているように、社会的不平等や貧困に起因する人々の不満がもたらしている社会の二極化が進行する中で今回の選挙が行われています。

 その他にも、麻薬取引に従事する違法な武装グループによる地方での暴力や都市部の治安悪化に対する不安、繰り返される汚職による政治腐敗という既存の政治家への反発もあります。

 コロンビアでも近年、具体的には2019年11月、21年と、チリなどと同じように、現在のイバン・ドゥケ政権の政策(増税や社会保障改革など)に対する全国規模の社会的抗議行動が起こっています。

 このように、国の状況が悪くなっていると国民の大多数が考えている中、すべての候補者がそれぞれに「変化」の必要性を訴えていました。

 結果として、20年来コロンビアを支配してきた中道右派政党とは異なる候補者が上位を占めたことは、彼らの選挙公約が有権者にとって説得力があるものと理解されたことがそこには反映していると言えます。投票率の高さにもそのことは示されています。

 ペトロ氏は、選挙結果が公表されたのち、次のように発言しています。

「今日争われているのは、変革である。ドゥケ政権、その政治プロジェクトを支えている政党は敗北した。すべての投票が発している中心的なメッセージは、一つの時期、一つの時代が終わるということである。」

 続いて、決選投票に臨む両候補の略歴と主な政策を見ておきます。

◆グスタボ・ペトロ候補

 エコノミスト。62歳。上院議員(2018年~2022年)。反政府ゲリラ組織「4月19日運動(M-19)」の元メンバー(逮捕歴あり)。この組織は90年に政府と和平協定を締結し、合法政党へ転換。2012年から15年まで首都ボゴタ市長を務める。

 大統領選は今回が3度目の挑戦となります。前回(2018年)は決戦投票でイバン・ドゥケ現大統領に敗れました。選挙連合は「歴史的協定」(Pacto Histórico)。

 副大統領候補は、アフロ系子孫で女性のフランシア・マルケス氏。弁護士で、環境保護・土地権利擁護、フェミニズム運動の活動家です。2018年には環境分野のノーベル賞とも言われるゴールドマン環境賞を受賞しています。

 時間が経っているとはいえ、元ゲリラであったという経歴の他、「ネガティブ」に働くと見られている要素が、ベネズエラとの関係です。ペトロ候補は故チャベス大統領に近しいと言われています。大統領になればベネズエラとの外交・通商関係を再開するとしています。

 ペトロ氏の主な政策は以下のとおり(CNNの記事などを参照)。

①経済モデルの変革:農牧畜業生産と農地改革の推進

 土地所有と土地使用面での不平等に取り組む農地改革を実行する。地方在住世帯の土地の権利を保障する(とくに女性を優先)。その目的は、大土地所有(ラティフンディオ)の進展を削ぐことです。但し、土地の分配に関して、国家による(土地の)収用は行わないことを強調しています。

 国際関係では自由貿易協定の再交渉を挙げています。

②国土保全への支援とエネルギーの変革

 石油・石炭依存型のエネルギーから再生可能エネルギーへの移行を図る。

(鉱物資源の採掘主義的開発をやめる。取り決めのない鉱床の探査・採掘は禁止する。石油・石炭採掘の新しいライセンスを授与しない、大鉱山の露天掘りを認めないなど。

 その他にもアマゾンの熱帯雨林保護などラテンアメリカ地域での気候変動対策にも積極的に取り組む姿勢を示しています。

 現状、コロンビアの輸出の約5割超が原油であること、それが国家収入の約10%を占めていることを考慮すると、上記の政策はかなり「野心的」な提案だと言われています。

③ジェンダー平等の推進

 女性の政治分野での参加の促進:あらゆるレベルで公職の50%を占めるようにする。ジェンダーに関する政策を推進する平等省をつくる。

 その他、女性のケア活動を社会的に評価して減らすための全国的な制度をつくる。これに従事した時間を労働と認めて報酬を与えることを目的としています。

 経済的なエンパワーメントとしては、公立の高等教育への優先的なアクセスの保障や土地の所有権の分配、貧困ラインを上回る基礎的最低所得の保障を提案しています。とくに世帯主の女性を保護しエンパワーメントするためと説明しています。

 また、女性への暴力に反対する取り組み、人工中絶の合法化についての憲法裁判所の決定の遵守も述べています。

 さらには女性以外の社会的マイノリティ(アフリカ系子孫、先住民、LGBTなど)についての権利保障も掲げています。

④安全保障・治安分野における改革

 兵役義務の廃止、良心的兵役拒否の尊重。軍隊の改革については、国内のゲリラ組織との紛争が終結していることによってその役割を調整する必要があると述べています。

 FARC(コロンビア革命軍)との和平合意(2016年締結)の履行を推進していく。また、別のゲリラ組織であるELN(民族解放軍)との和平に向けた交渉再開(対話と交渉)。

 その振る舞いが過剰な暴力や濫用だと批判されている暴動鎮圧機動隊(ESMAD)の解体。表現の自由、デモ行動や社会的抗議活動の権利を保障することを強調。

 国家警察を防衛省から内務省または法務省の管轄へ移行する(※軍事的性格から民政的なものへ)。

 さらに、社会活動家を守る必要性を強調。同国では2021年だけで145人の社会的リーダー(各種コミュニティや組合など)や人権擁護者(人権擁護活動家)が殺害されています。

⑤税制改革

 最富裕層への課税強化。現在の課税制度は富裕層に有利な傾向があると指摘。配当金などの金融所得に対して申告を義務づけ、税を支払うようにする案を提起しています。外国への送金などの非生産的な資産を対象とするとしています。その他のテーマとしては年金改革があります。

 上記以外を見ると、教育では公立高等教育無償化、医療では単一のユニバーサルな公的医療制度の制定(支払い能力に関係なく)、汚職(政治腐敗)では、公的意思決定における市民参加のより一層の保障、参加型予算の推進、汚職告発者保護の法制整備、すべての公共契約の効果的な監視の強化を挙げています。

 対するロドルフォ・エルナンデス候補について簡単にまとめておきます。

◆ロドルフォ・エルナンデス候補

 建設会社の実業家。77歳。ブカラマンガの元市長(2016年~19年)。独立系候補で、既存の制度に反対する「アウトサイダー」「(右派)ポピュリスト」と見られています。選挙連合は「反腐敗統治者連盟」(Liga de Gobernantes Anticorrupción)。

「政府から泥棒たちを追い出すことを望んでいる」と自らを規定しているように、政策の中心は「汚職(政治腐敗)を終わらせる」ことです。

 選挙結果についても「今日、腐敗政治の国が負けた。」「政府のシステムとして腐敗を終わらせるという市民の確固たる意思が存在することがわかった。」とのビデオメッセージを発しています。

 このように反腐敗を前面に打ち出してはいるものの、当のエルナンデス氏自身が市長時代の汚職事案(コンサルティング契約の違法性)に関して検察から関与が疑われています。本人は無実を主張していますが、まだ調査中です。

 他方、自身の過去の発言も問題視されています。例えば、2016年にラジオでのインタビューで「ヒトラーの信奉者」であると発言しました。これについてはのちに謝罪した上で、「アインシュタイン」の言い間違えだったと釈明しています。その他にもベネズエラ移民に対する排外主義的な発言も批判されています。このように政策以前に大統領としての資質が問われています。

 その他、税制では、企業の資本財購入への課税を廃止(競争力の向上が目的)、付加価値税(IVA。消費税に相当)の10%への引下げ(減税)を掲げています。

 国内最大の反政府ゲリラ組織であったFARCとの和平協定が合意されて以降、コロンビア国内の政治課題として、社会的不平等(経済面だけではなく人権保障も含めて)や政治腐敗に人々の関心がより向けられるようになっています。今回の選挙結果はそのことを示しています。

 一位につけた左派のペトロ候補が決選投票で勝つためには、中道派・右派の「反ペトロ」票の行方がポイントになると見られています。長年にわたり親米右派勢力が政権をになってきたコロンビア政治がどのように変化していくのか、ラテンアメリカ地域の政治においても大きな変化の分岐点にあると言えます。

2022年6月9日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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〈ロシア軍によるウクライナ侵攻〉中南米各国政府の見解

 2022年2月24日、ロシア軍によるウクライナへの侵攻が開始されました。現在に至るまで戦闘状態は続いており、数多くの避難民、死者・負傷者gを生み出し続けています。この悲惨な事態を一刻も早く止めさせなければなりません。

 その上で、この事態(ロシア軍によるウクライナへの侵攻)に対して中南米各国政府はどのような立場をとっているのかをまとめてみるのが今回のテーマです。とはいえ、すべての国を取り上げるのは無理なので、いくつかの国をピックアップして紹介することにします。

(なお、この文章は、『アジェンダ』77号(2022年夏号)所収の「ラテンアメリカの現在」(第10回)の記事に掲載できなかった内容(メキシコ政府の部分は重複していますが)を再編集したものです。本誌77号も合わせてご覧ください。)

 まず概観するために、国連決議への対応をまとめてみます。侵攻後の国連決議には主に以下のものがあります。

①国連総会第11回緊急特別会合(2月28日から開催)でのロシア軍即時撤退を求める決議(3月2日採択)。

 国連加盟国193か国中、賛成141か国、反対5か国、棄権35か国。中南米諸国で棄権したのは、ボリビア、キューバ、エルサルバドル、ニカラグアの4か国。ベネズエラは無投票(※理由は後述)。

②同じく国連総会での人道決議(3月24日採択)。

 深刻化する人道危機を「ロシアによる敵対行為の悲惨な結果」として遺憾の意を示し、民間人保護などを求める内容。賛成140か国、反対5か国、棄権38か国(先の中南米4か国も同じ)。

③同じく国連総会でのロシアの国連人権理事会理事国の資格を停止する決議(4月7日採択)。

 賛成93か国、反対24か国。棄権(58か国)と無投票(18か国)を除いて、成立に必要とされる3分の2以上の賛成を得て可決。先の4か国のうち、ボリビア、キューバ、ニカラグアは反対、エルサルバドルは棄権。

 以下、各国政府の主張について取り上げます。

〈キューバ政府の声明〉

 ①の国連決議に際して政府代表が演説しています(3月1日)。2月26日に公表された政府の声明(外務省)も参照します。

 3月1日のキューバ代表の国連総会緊急特別会合における演説は、多少の違いはありますが、この声明に基づいています。演説の日本語訳(栗田禎子・訳)は、「ウクライナ侵略戦争─世界秩序の危機」(『世界』臨時増刊 岩波書店)で読むことができます。

「キューバは、国際法を擁護し、国連憲章を遵守する。すなわち常に平和を擁護し、いかなる国に対する武力の行使あるいは武力による威嚇にも反対する。」

「我々は、平和的手段を通じてヨーロッパにおける現在の危機の誠実で建設的かつ現実的な外交的解決を擁護する。それは、すべての当事国の安全と主権、同じく平和、安定、地域及び国際上の安全を保証するものである。」

 演説では、①の決議案を支持しない理由に「必要なバランスを欠いている」点を挙げています。つまり、「回避することができた」のに、「ロシア連邦の国境へ向けたNATOの漸次的拡大を続けるアメリカ合衆国の意図が、予測しえない規模の影響を伴った状況をもたらしている。」と、米国・NATO側の問題に言及していない点を指摘しています。

 これは、長年にわたって米国の経済封鎖、軍事的圧力に晒されてきたキューバとしては当然の主張とも理解できますが、ロシアが行っている「武力行使」について明示的な批判的言及がないのはやはり問題があると指摘せざるを得ないと思います。それは、たとえこの決議案のテキスト自体に賛成できないとしても、です。「いかなる国に対する武力の行使あるいは武力による威嚇にも反対する。」と述べているのですから。

 いずれにせよ、キューバにとってロシアとの関係では、とくに経済面での関係が重要になっていることが伺えます。ロシアは2月にキューバが負っている債務の返済を猶予する対応を示しています。

〈ベネズエラ政府の声明〉

 ベネズエラは、国連の加盟分担金滞納により投票できず、決議の採決では無投票(欠席)となっています。2月24日に政府が公表した声明を見てみます。

「ベネズエラ・ボリバル共和国は、ウクライナにおける危機の悪化に対する懸念を表明する。また、アメリカ合衆国が推進するNATOによるミンスク合意のごまかしと不履行を遺憾に思う。」

「これらの合意からの逸脱は、国際法を傷つけ、ロシア連邦、その領土的一体性と主権に反対する強い脅威を生み出している。同様に、近隣国との間の良好な関係を妨げている。」

「ベネズエラは、エスカレーションを回避するため、紛争の渦中にある双方の間の効果的な対話を通じて外交的合意の道を再開するよう呼びかける。同時にこれらの国々の住民の命と平和、地域の安定を保護するために、国連憲章で考慮された交渉の枠組みを再確認する。」

「ベネズエラ・ボリバル共和国は、憲法の平和外交に沿って、この紛争の平和的解決のためのよりよい票を投ずる。同時にロシア国民に対する経済攻撃や違法な制裁の適用を拒否する。それはロシア国民の人権の享受に大きな規模で悪影響を及ぼす。」

 その後もニコラス・マドゥーロ大統領は、ロシアとの経済関係を維持していくこと、経済制裁に反対する考えを堅持しています(3月2日)。

 その一方で、3月5日に首都カラカスの大統領官邸で米国の政府高官と会談したことを明らかにしました。これは、対ロシア禁輸措置による原油の供給不足を補う代替として、米国がベネズエラに課してきた制裁措置の緩和を協議するためのものです。2019年以降、米国内でのベネズエラの原油取引は認められていませんでした。

 マドゥーロ大統領は、「敬意があり、友好的で、とても外交的」と会談の雰囲気を表現しました。

 米国の目的の1つが、ロシアとベネズエラの同盟関係にくさびを入れる、少なくとも牽制することにあるとも考えられています。

 ベネズエラも対話を通じた平和的な解決を主張していますが、声明の中で直接ロシア軍の侵攻を非難した文言はありません。その一方で、NATO諸国による軍事支援の拡大が停戦の動きを妨げていることも同時に批判されることだとは思います。

〈チリ政府の見解〉

 続いて、①~③の決議に賛成した国の一つとしてチリ政府の主張を取り上げます。ちなみに侵攻が始まった2月24日は、ボリッチ新政権が発足する前です(発足は3月11日)。

 ガブリエル・ボリッチ現大統領は、自身のツイッターにコメントを出しました(2月24日)。

「ロシアは紛争解決の手段として戦争を選択した。」「我々は、ウクライナへの侵略、その主権の侵害、武力の違法な行使を非難する。我々の連帯は犠牲者とともに、我々の謙虚な努力は平和とともにあるだろう。」

 当時のカロリーナ・バルディビア外相は、「チリは、国連安保理会議で承認される制裁を支持する。」「我が国は、ロシアに軍隊を撤退させること、とくにウクライナの主権と領土的一体性を尊重することを呼びかける。」と述べました。

 3月14日に、ボリッチ大統領は、チリの外国特派員協会主催の国際報道機関との会談で政府の立場について改めて説明しています。

 大統領は、チリは「ロシアを罰する」国連決議に賛成するとの考えを示した上で、ウクライナへの人道援助の提供を検討していることを述べました。

「我々の明確な考えは、人権の尊重、国際法の尊重、対話と敵対行為の停止のための努力を謙虚に進めていくというものである」とコメントしています。

「私たちは、チリにおけるウクライナの代表者に、私たちのできる範囲の人道援助を提示し、できればラテンアメリカレベルでそれを行う方法について話し合っている」とも述べています。

 その後4月6日のインタビューでは、国際的な制裁措置について「国民全体に害を及ぼす場合」には、「見直すことができなければならない」こと、「(制裁が)最善の道ではない」ことを強調しています。

〈メキシコ政府の見解〉

 ロペス・オブラドール大統領は、メキシコ政府の立場を次のように説明しました(2月24日)。メキシコは、先の国連決議については、①と②は賛成、③は棄権。

「外交政策に関して我々が引き続き行動し推進していこうとしている立場は、武力の行使や侵略ではなく、対話であり、我々はいかなる戦争も支持しない。メキシコは、平和と、紛争の平和的解決を表明してきた国である。」

 この立場は、メキシコ合衆国憲法に規定されていることを合わせて強調しています。同国憲法第89条10項では、大統領が遵守すべき原則として、「紛争の平和的解決」「国際関係における武力による威嚇または行使の禁止」を掲げています。

 大統領は3月1日、「我々はいかなる経済的報復も取るつもりはない。世界のすべての政府と良好な関係を保ちたいから」と述べるなど、制裁を進める欧米諸国とは一定の距離を置いています(国内では立場が曖昧、矛盾していると批判されています)。

 その後も「武器は送らない、我々は平和主義者である」と軍事支援にも否定的な態度を示しています。

 戦争の長期化が懸念される中、各国政府はどのような態度を示してこの事態に立ち向かうべきなのか、また、国家とは別に私たち一人ひとりはどうすべきなのか? 

 具体的に戦争に対する抵抗の在り方はどうあるべきか? 戦争を起こさないためにはなにが必要なのか? 私たちの前には、引き続きこれらの問いが重く投げかけられています。

2022年5月29日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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ペルー 高まる政治的・社会的危機の中で

 3月末から4月初めにかけて、ペルーで大きな社会的抗議行動が起こりました。直接の原因は、燃料価格や食料品価格の高騰に対する不満です。

 しかし問題はそれにとどまらず、カスティージョ新政権の統治能力に対する「不信」へと広がっています。近年、政情不安が続くペルー政治の背景に触れながら今回の事態をまとめてみます(まとめるにあたって、英BBCの記事を参照しています)。

(1)物価高による不満の高まりと抗議行動

 今回の危機の高まりは、燃料価格(ガソリンなど)、生活費の高騰に対する人々の不満が直接のきっかけとなっています。物価高はペルーに限らず、日本も含め世界レベルで起こっています。

 今年3月のペルーの消費者物価指数は約1.48%のプラスです。月の変動幅では、この26年間で最も高い数字を記録しています(国家統計情報庁のデータ)。指数上昇の主な項目は、食料品、教育、輸送の3つでの値上がりでした。政府は、燃料価格の値上がりについて、ウクライナでの戦争に起因するものと見ています。

 そうした状況の中、輸送業者の組合である全国貨物運送業者協会(GNTC)が3月28日から無期限ストライキを実施することを公表しました。

 ストライキ実施の理由について、GNTCのエクトル・ベラスケス会長は、操業を続けるのに貨物の運賃コストが見合わなくなっていると説明しました。ストライキの開始とともに主要な幹線道路の封鎖が始まっていきました。

 これに連動して、肥料価格の高騰で打撃を受けている農業労働者、食料品価格の値上がりに憤慨する消費者市民、また、カスティージョ政権が力を入れると公約した公教育の拡充がなされていない状態に不満を強めている教員たち、その他の労働組合も抗議行動に合流。行動が拡大していきました。

 抗議行動は、首都リマ市だけでなく、以下のとおり全国各地に飛び火していきます。北西部のピウラ、チクラーヨ、ラ・リベルタ、フニン(中央高地)、イカ(南部)、アレキパ(第2の都市)、サン・マルティン、アマソナス、ウカヤリ(東部)などです。公共交通が制限された影響で学校の授業が中止となった地域もあります。道路封鎖によって通常の物流が妨げられるなどの影響も出ています。

 こうした中、ペドロ・カスティージョ大統領は、最低生活賃金の10%引き上げを発表しました(4月3日)。現行の月930ソル(約3万1,248円、1ソル=約33.6円)から1025ソルへと増額するものです(実施は5月1日から)。同時に、ガソリンとディーゼルに対する選択的消費税(ISC)を6月末まで免除する措置も打ち出しました。

 しかしペルーでは、法的な保護を受けないインフォーマル・セクターで働いている人の割合が多いため、こうした人々には政策の恩恵が届かないと指摘されています。

 この措置が公表されても、抗議行動を収束させる効果は出ませんでした。道路の封鎖はもとより、暴力事件などが相次ぐ中、カスティージョ大統領の次なる措置がより一層の批判をもたらすことになりました。

(2)エスカレートする抗議行動への政府の対応

 4月4日(月)の深夜、カスティージョ大統領は、翌5日(火)の午前2時から午後11時59分までの間、首都リマ市とリマ近郊のカヤオ憲法特別市(港湾都市)の2カ所に外出禁止令を発出しました。これにより、医療や社会的インフラに関連した生活に必須の活動の他は、すべての外出が禁止とされました。またこれにより集会の自由といった憲法で保障された権利の一部が制限されることになります。

 これは、抗議行動が激化する中で、略奪や破壊行為が横行、死者も発生しており、これ以上の被害拡大を防ぐことを目的としていました。

 抗議行動が始まってからの一週間で、死者4人、約20人の逮捕者が出ています。死者の中には未成年者も含まれていました。

「昨日(4日)、各地での抗議行動がエスカレートした。いくつかコントロールできない所があった。」

 首都リマにある太平洋大学の公共政策観測所の所長で政治学者のアレクサンドラ・アメス氏はこのように状況を説明しました。

 幹線道路の封鎖は、25県のうち少なくとも10県で続いていて、その中には首都リマにアクセスする道路も含まれていました。封鎖だけでなく、料金所やバリケード用のタイヤに火がつけられるなどの事例も報告されていました。北西部のトゥルヒージョでは、スーパーマーケットや商店で略奪があったことが報じられています。

 その一方で、抗議行動の参加者からは警察の弾圧行為が告発されていました。この点について、アルフォンソ・チャバリィ内務大臣は、「警察当局は、(状況に)非常にうまく対処している。」と説明していました(2日(土)の記者会見)。死者の発生についても、道路封鎖に伴う状況に由来するもので、警察の行為によるものではないと否定しています。

 今回の外出禁止令の発出は、4日の深夜に出されたこともあり、驚きとともに大きな批判の声を呼び起こしました。移動制限措置によって、通常の仕事も含めた日常の行動が大きな影響を受けることになるからです。アメス氏も「今回の措置は真夜中に発表された。なぜそんなに遅かったのか?」と疑問を呈しています。

 野党側だけでなく、人権オンブズパーソンである護民官局(Defensoría del Pueblo)も今回の措置は「違憲」の疑いがあり、「廃止」を要求しています。経済界からも反対の声明が出されました。

 抗議行動が起こった当初、カスティージョ大統領は、道路封鎖について、その「首謀者」「指導者」を「悪意がある」あるいは「カネを受け取っている」と非難していました。しかしその後、こうした発言について謝罪するとともに、閣僚とともに抗議行動が激しくなっている地域に出向いてその訴えを直接聞くように態度を変化させました(7日)。

 外出禁止となったにもかかわらず、5日当日は、多くの市民が首都リマの中心街の通りに出て、外出禁止令の発出に抗議しました。その過程で、最高裁、司法検察庁、全国選挙審議会などの施設が襲撃され、書類などが奪われて街頭に投げ捨てられるなどの事態が発生しています。

 結局、外出禁止措置は、事態をいっそう混乱させた上に、一日で撤回されました。その影響は小さくはなく、これまで積み重なってきたカスティージョ大統領自身の統治能力に疑問符をつけることになります。

✻ その後の経済対策では、4月14日に家庭で消費される5つの食材(鶏肉、鶏卵、砂糖、素パン、素パスタ類)に対する一般売上税(IGV、税率18%)の適用を一時的に免除する法律を公布しました(期間は今年7月31日まで。法案は12日に議会で可決済み)。

(3)支持を失いつつあるカスティージョ政権

 大統領に正式に就任する前から、「急進左派」と言われるカスティージョ大統領は、同候補の勝利を認めたくない野党勢力や企業のエリートたちからの攻撃に直面していました。

 新政権にとっては、最初から「波乱の船出」であったわけですが、一方で、地方を中心に人々からの「期待」や「支持」が大きな支えとなっていました。

 しかし政権が発足して一年も経たないうちに、カスティージョ大統領自身の「能力の欠如」がクローズアップされるようになっています。

 端的には、首相を筆頭とした内閣の度重なる交代です。2021年7月の就任から8か月のうちに4人の首相を任命する事態に至っています(現在は第4次のアニーバル・トーレス首相内閣。3人目のエクトル・バレル氏は家庭内暴力疑惑により2月1日の任命からわずか3日後の同月4日に交代)。こうした事態に、大統領の選定能力に疑問符がついています。

 これに加えて、汚職疑惑(橋梁建設計画の公共事業入札に関わる案件)に関する調査が起こっています。カスティージョ大統領の2人の甥と、昨年11月に辞任した元政府宮殿事務総長のブルーノ・パチェコ氏が関わっていると見られています。

 汚職疑惑に関する告発は、大統領の資質を問う議会での弾劾決議を推進するための理由の一つになっています。すでにカスティージョ大統領の罷免を求める弾劾決議の試みは二度にも及んでいます(昨年12月と今年3月。いずれも否決)。

 こうした事態が重なって、最近の世論調査における大統領の支持率の低下が顕著になっています。社会科学諸分野の研究を行っているペルー問題研究所(IEP)の調査では、不支持の割合が68%と最も高い数字を示しています(3月22日)。また、同じ割合の人が早期の選挙実施に同意しています。

 市場・世論調査会社Datumが実施した最近の調査(4月初め)では、カスティージョ政権への不支持が76%にも達しています。

 ペルーの近年の政治を振り返ると、政治的に不安定な状態の下にあるのは、カスティージョ政権に限ったことではありません。ペルーでは、2016年から今年までの間に5人の大統領が交代して政権を担う事態となっています。同じ期間での首相の交代も実に13人を数えています。いずれの大統領も5年の任期をまっとうできていません。

✻ 2020年の大統領の交代劇については、第25回の記事「ペルー 大統領の辞職と政治的危機の構図」をご参照ください。

 このことから、ペルー国民の多くは、カスティージョ大統領も5年の任期をまっとうできないだろうと見ています。とくに深刻なのは、現在不支持の意を示している人の多くが、地方在住の人々で、昨年の大統領選挙ではカスティージョ候補を支持していた人たちだからです。

 イカ県のペルー教職労働者統一組合(SUTEP。カスティージョ大統領もこの組合の元役員)の組合員であるフアン・パコ・アカシエテさんは、物価高の要因について、ウクライナでの戦争の影響だけではなく、企業が価格を引き上げている面があると考えています。その一方で、大統領が公約としている教育分野への予算拡充(目標はGDPの10%を教育分野に充てる)が果たされる様子がないと批判しています。

 抗議行動に参加している人の中には大統領の支持者もいます。こうした人たちは、物価高に不満を述べつつも、それは大統領の責任ではない、法外な価格を招いているのは国内外の資本に責任があると考えています。

 しかしながら、先の外出禁止令の発出は、コロナ禍で経済的に苦しんでいる人々にとって働きにいくことが禁止されたということで大きな間違いだったと指摘されています。

 他方で、ペルー国民は長年汚職に我慢を強いられてきたことを問題視したり、既存の政治勢力が大統領の進めようとしている変革を妨害していることを批判する人もいます。

 現在の議会では、フエルサ・ポプラール(人民勢力:党首ケイコ・フジモリ。フジモリ主義の政党)などの右派勢力が共同して、カスティージョ大統領の罷免を要求し、国民に対して政権に反対するよう呼びかけています。決選投票に敗れたケイコ・フジモリ陣営は、大統領選挙で不正行為があったとして告発してきましたが、その証拠は明らかになっていません。

 多くの専門家たちも、今回の危機について生活費の値上がりだけが原因ではないと分析しています。

 アントニオ・ルイス・デ・モントーヤ大学の公共政策の研究者であるアロンソ・カルデナス氏は、ペルーの政治的代表制が「末期的な危機」にあると述べています。そのことは、相次ぐ大統領や首相の交代に示されています。厳しく見るなら、国を統治するのにふさわしい政治(家)が不在であるとも受け取れます。

 新型コロナのパンデミックによる経済的影響も否定できません。パンデミックによる経済的な打撃を受けてきた人々の不満が、生活費の高騰を受けて爆発しているとも言えます。

 政府の措置や対応の誤りは、この状況を悪化させている要因のうちの一つであり、政府の「機能不全」とも言うべき状態に揺れ動いてきたのが、カスティージョ政権のこの9か月だと言えます。

 議会内に安定した基盤を持たないカスティージョ大統領が政権を安定させ、変革のための推進力を取り戻すには議会外の民衆からの支持を得るしか道はないはずです。しかし今はその逆に動いてしまっています。

 結局、問題の所在を「政敵」の責任だけに帰するのではなく、自らが担う政権内部の問題に目を向けることなくして、人々の支持を得ることができないのは「歴史のつね」と言えるのかもしれません。

✻ 政府は4月8日から30日間、国道での取り締まり強化を目的とした緊急事態宣言を発令しています。これにより、警察だけでなく軍も治安維持活動が可能となり、「交通の自由」「集会の自由」など憲法で保障された権利が制限を受けることになります。

参照記事(いずれもBBC News Mundoのオンライン記事。スペイン語)

①Perú: 3 claves sobre las protestas que provocaron el controvertido estado de emergencia en Lima y Callao(2022年4月5日、6日更新)

②Perú: cuál es el origen de las protestas que han provocado una grave crisis política y social en el país sudamericano(2022年4月9日)

③Perú: el presidente Castillo anuncia el fin del estado de emergencia en medio de violentos enfrentamientos en Lima(2022年4月5日)

2022年4月28日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
©2022アジェンダ・プロジェクト

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チリ ボリッチ大統領の初演説

 3月11日(金)、ガブリエル・ボリッチ氏(36歳)が大統領に就任しました。中部のバルパライソにある国会議事堂で就任式が行われた後、ボリッチ大統領は首都サンティアゴのモネダ宮殿前の憲法広場で就任の挨拶と初めての演説を行いました。数多くの支持者が、「ボリッチ、アミーゴ、国民はあなたとともにいる!」と歓声を上げながら出迎えました。

 就任式には、アルゼンチン、ペルー、ボリビア、ウルグアイ、パラグアイなど近隣諸国の大統領が出席、日本からは小田原潔外務副大臣が特派大使として参加しました(前日にはボリッチ新大統領を表敬訪問)。

 初演説では、経済格差の是正、移民問題や先住民族の権利保護、新憲法の必要性などについて語っています。この記事ではそのエッセンスを取り上げてみます。

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キューバ 家族法の改正へ向けて

(1)新しい家族法制定の動き

 昨年12月21日(火)、人民権力全国議会(国会)で新しい家族法案(471条)が承認されました。ここに至るまでに、実に23回のバージョンが作成・検討されてきました。

 国会で承認されたとは言え、この法律の条文が確定したわけではありません。その後、この法案に関して国民からの意見を直接聞く「国民討議」が行われ、再修正を施された上で国民投票を実施して成立という運びになっています。

 その「国民討議」はすでに2月1日から全国の選挙区レベルで始まりました。4月30日まで行われる予定です。