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チリ 軍事クーデターから50年、人々の評価

(1)はじめに

今年は1973年の軍事クーデターから50年となります。5月31日に一つの世論調査(タイトルは「ピノチェトの影の下のチリ」)が公表されました。

これは、CERC- MORI(チリの世論調査機関)が、ピノチェトの軍事独裁時代、1973年の軍事クーデターについてのチリ国民の意見を調査する目的で、1987年(独裁政権の末期)から現在まで定期的に実施されてきたものです(コロナ禍のみ中断)。

調査は、チリの有権者を3つの世代に分けた中から代表して対面で行い、約1000件のデータをもとにまとめています(今年の3月に実施)。

3つの世代分けは、①独裁時代を経験している世代(53歳以上)、②民政移管以降(1990年から、ピノチェトが死亡した2006年)の世代(36歳~53歳)、③2006年当時未成年だった世代(18歳~35歳)となっています。

※(補足)歴史的経過

ピノチェトによる軍事クーデターは1973年9月11日に発生。目的は、冷戦対立の下、社会主義を選挙を通じて平和的に実現しようとした当時のサルバドール・アジェンデ政権を打倒することでした。これに伴い重大な人権侵害(殺害、拷問、失踪など)が引き起こされました。

その後ピノチェトを大統領とする軍事独裁が続きますが、1988年10月、憲法の規定により自らの統治期間の延長の是非を問う国民投票が行われ、反対多数で否決されます。ピノチェトへの賛成得票率は44%でした。

1989年の大統領選挙でピノチェト派の候補が敗れ、1990年に民政移管が実現。

その後、「コンセルタシオン・デモクラシア」(民主主義を求める政党連合)と呼ばれる中道から中道左派政党の連合による統治が2010年まで続きました。

ピノチェトは、大統領を辞任したのちも1998年までは陸軍最高司令官に留まりました(退役後、終身上院議員に就任)。同年、病気療養中のロンドンで逮捕されましたが、2000年に帰国。2006年に死去。

今回の記事は、BBCがこの調査結果について、CERC- MORIの創設者であるマルタ・ラゴス氏に行ったインタビュー記事(2023年6月6日付)を参照しながらまとめました。

なお、BBCの記事では、他のラテンアメリカ諸国における権威主義やポピュリズムの問題についても言及されていますが、ここでは割愛します。

(1)ピノチェト軍事独裁に対する人々の評価

今回の調査結果について、「軍事クーデターに正当性があった」と回答した人の割合が36%に達したことが海外メディアでも大きく報じられました。

軍事クーデターの正当性を問う設問は2003年からのデータがありますが、「正当性があった」の割合は、最低だった2013年(16%)からこの10年で20ポイントも増えています。

反対に、「いかなる正当性もない」との回答は41%(10年前は68%)と多いのですが、今回が最低の数値となり、両方の差は5ポイントに縮まっています。

これについて、報告書では「現在の経済的・政治的・社会的危機の下でピノチェト主義(支持)が復活しているようである」と指摘しています。

マルタ・ラゴス氏は、今回の調査結果について「とても驚きました。」「2023年ほど彼のイメージが良かった時はない。」と答えています。

例えば、調査の中で軍事クーデターの主要な責任者を問う設問について、ピノチェトと回答した人の割合の比較を見ると、2003年(24%)、2013年(41%)、2023年(22%)と今年が最も低くなっています。

上記の評価と世代との関係について、ラゴス氏は若い世代による影響を否定した上で、「ピノチェトに傾倒しているのは、旧世代の人々、つまり独裁政権の時代を生き、独裁制が秩序と安全をもたらすという、過去の間違った考えに基づいてノスタルジックな気持ちを抱いている人々」と見ています。

「これと対照的に、ピノチェトに批判的な見方をしているのは若い世代」と述べた上で、「問題なのは、若い世代のほとんどが、クーデターと独裁時代の状況、ピノチェトが行ったことを知らないことです。」「このままの状態が続けば、国民全体が独裁時代について十分に知らなくなる時期が来るでしょう。」と懸念を表明しています。

実際に調査報告を見ると、18歳~35歳の中で、「正当性がない」と答えているのは36%で多数ですが、「正当性があった」を選んでいる人も31%を占めています(残りは無回答)。

また、ピノチェト体制についての評価では、半数近くの47%の人が「良い所もあったし、悪い所もあった」と答えています。

この点について、ラゴス氏は「ピノチェトは純粋に悪いことだけを行ったのではないとする考え方が変わらず存在していることを裏付けている。」と述べ、「これは、民主主義政党の教育・文化上の失敗である。」とも指摘しています。

ラゴス氏は、「過去のデータからその変化について検討してみると、ピノチェトに対する決定的な判断は明確ではなく、その判断は社会的な出来事の影響を受けている。」と述べています。

今は、経済の停滞、移民の増加、治安の悪化などの問題にチリ社会が直面しており、その状況の下で人々の意識がより保守的かつ反動的なポジションになっていることが評価に反映されていると指摘しています。

その一方で、現在の評価がこれからも維持されることを示す証拠はないとも述べています。ドイツのナチズムと比較して、ピノチェト時代とは何であったのかについて、決定的ではっきりした判断(社会的合意)がないことが問題であると結論づけています。

その後の民主化との関係で言えば、ピノチェトは1998年まで陸軍最高司令官に留まり、民主主義体制の内部にピノチェトを支持する多くの代理人が存在し、事実上独裁者の存続を容認していたとラゴス氏は述べています。

「私たちの民主主義はピノチェト主義者によって浸食されており、2006年にピノチェトが亡くなってからも、ピノチェト主義(者)を政党や発言の中から取り除くためのことをしてこなかった。」と厳しい評価をしています。

その上で、「彼を支持した世代が今も生きていて、強く応援し続けている」ことによって、「いまだ、恐怖、胃の痛み、この問題を扱うことに対する抵抗感(ためらい)が残っている。」としています。

73年のクーデターの意味について、36%の人が「チリをマルクス主義から解放した」と答えています。これも2013年(18%)と比べて大きく増えています。一方、「民主主義を破壊した」と答えた人は42%でした(2013年は63%)。

軍事クーデターから50年という節目の年を迎えて、「根本的には私たちは何も前進していないのです。それどころか、我々は後退しており、今日ピノチェト主義者たちは厚かましくも自らを擁護している。」と批判しています。

(2)民主主義の中で生き続けるピノチェト体制との闘い

政治レベルでは、チリにはピノチェト主義を継承する政党がいま2つ存在していると述べています。

一つは、軍事独裁下の1983年に結成された独立民主連合(UDI)です(当初は独立民主連合運動)。

もう一つが、現在支持を伸ばしている極右の共和党(PLR)です。同党は、今年5月7日に実施された憲法審議会議員選挙で最多の議席を獲得しました。その他の右派政党にもピノチェト主義者がいると述べています。

ラゴス氏は、「ピノチェト体制は今も有効性を持っている。」と言います。少なくとも「独裁はOK」という言説を変えなければならないし、「ピノチェトは独裁者だ」と言わなければならないと訴えています。

このことは、この間の憲法改正のプロセスとも関連しています。ピノチェト時代の憲法(80年憲法)を引き継いでいる現行憲法を改正することに2021年の国民投票で国民の多数が賛成した点については、次のように答えています。

得票数を見てみると、そう(多数が賛成した)とも言えません。21年の国民投票は自由投票制で、投票した人の80%が憲法改正に賛成票を投じました。しかし、その時の投票率は50.90%(756万2173票)でした。つまり全有権者の約半分です。言い換えれば、憲法改正に賛成票を投じたチリ人は全有権者の約40%しかいないということになります。

一方、昨年9月4日に行われた国民投票(新しい憲法草案の是非を問う)は義務投票制でした(結果は反対多数で否決)。そのため投票数は1300万超でした(投票率は85.81%)。

この投票数の差が、民主的でリベラルな新憲法案を否決し、再びピノチェト主義を支持する票の掘り起こしにつながっていると考えられています。

では、ホセ・アントニオ・カスト党首が率いる共和党の台頭は、1973年の軍事クーデターに関するこうした意見の変化の結果なのか?という問いかけに対しては、次のように答えています。

「その因果関係を立証するのは非常に困難です。しかしデータを見ると、民主主義体制への移行期間を通じて、民主主義よりも権威主義を支持する人々がかなりの割合で存在していました。」

「そして、右派に位置づけられる人々の増加とともに、独裁体制のモットーである『秩序と安全』という考えが定着していきました。こうした層が、カスト氏と共和党の選挙における支持基盤であるように思えます。」

さらに、「このまま何も起こらなければ、次の大統領選でカスト氏が当選する可能性が高い。」と指摘しています。

この調査が公表された日と同じ5月31日に、ボリッチ大統領が自身のツイッターを通して、共和党の党員で新しい憲法審議会の議員に選出されたルイス・シルバ氏がテレビ番組でピノチェトを政治家として称賛する発言をしたことに対して、次のように発信しました。

「ピノチェトは独裁者であり、本質的に反民主主義者であり、彼の政権は、異なる考えを持つ人々を殺害し、拷問し、追放し、失踪させた。また彼は腐敗しており泥棒でもあった。最後まで卑怯であり、司法の裁きを逃れるために全力を尽くした。決して政治家ではなかった。」

この発言についての評価を問われて、ラゴス氏は、「チリの大統領がそう発言するのは初めてのことです。これがすべてです。これほど明確にこのような発言をした大統領は歴史上いません。」と答えました。

また、自身の言う「教育・文化上の敗北」の意味について、「以前からこうした具体的な形で言われていたならば、おそらくピノチェトのイメージは異なる形で定着していただろう。」と説明を加えています。

「もちろん、彼を擁護するエリート集団はつねに存在するでしょう。それは変えることができません。しかし、世論を変えることはできます。」と述べています。

ボリッチ大統領は、ピノチェト独裁末期の1986年2月に生まれました(調査で言えば、②の世代に該当)。彼を支える与党議員は、軍事政権下で行われた人権侵害の否認を罰する法案を提出し、問題の解決に向けて動き出しました。

こうした状況について、ラゴス氏は、「私たちの民主主義への移行は非常に異例であって、独裁者は国民投票で敗北しましたが、その後も民主主義の中に入り込み、張り付いたままです。したがって、権威主義的な立場が存在しているという意味で、チリ政治の中にピノチェト主義がまん延しているという問題を解決しない限り、不完全な民主主義という問題を解決することはできないでしょう。」と結論づけています。

2023年6月27日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
©2023アジェンダ・プロジェクト

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チリ 憲法審議会選挙と右派の優位

5月7日(日曜日)、昨年否決されたため、再度新しい憲法案を起草するための憲法審議会の議員選挙が行われました。

投票は義務制(正当な理由がない場合は罰金を科せられる)で、定員50名のうち男女各25名の同数になるように選出されます。先住民枠については、先住民候補者の得票数の割合に応じて議席数の調整が行われる方式で行われました。

候補者のうち、無所属は3名、その他は政党(2つ)ないしは政党連合(3つ)から立候補。また、先住民からは2名が立候補しました。

左派陣営は、中道左派連合と左派連合の間で統一名簿による候補者一本化の調整がつかず、それぞれの名簿で登録。右派陣営も3つのグループに分かれて選挙戦を戦うことになりました。

(1)憲法審議会議員選挙の結果

選挙結果は以下のとおり。(データはチリ選挙管理庁(Servel)より)

投票率 84.87%

有効投票数 980万1374(78.47%)

無効票数 211万9506(16.98%)

白票数 56万8673(4.56%)

◆議席を獲得した政党・政党連合

①共和党(極右) 得票率(35.41%) 獲得議席(23)

②「チリのための統一」(左派連合) 得票率(28.59%) 獲得議席(16)

③「安全なチリ」(中道右派連合) 得票率(21.07%) 獲得議席(11)

※上記(50議席)にプラスして先住民1議席獲得(先住民議員の選出については後述)。合計51議席。

この結果、極右派と中道右派の勢力(共和党+「安全なチリ」)が合計34議席となり、審議会での議論と起草の主導権を握ったことになります。両勢力が賛成した草案を数の上で否決することはできないことになります。

ボリッチ大統領の所属政党を含む左派連合「チリのための統一」は、16議席にとどまりました。そのため、上述のとおり審議会での拒否権を行使できません。

真偽会の規定では、憲法案の承認には5分の3の賛成が必要と決められています。ですので、5分の2超の議席数(21議席)が反対すれば、提案された条文を否決することができるのですが、16議席はそれを下回っています。

他方、候補者を立てたもう一つの中道左派グループ「Todo por Chile」(すべてはチリのために)と、右派の人民党はともに議席を獲得することができませんでした。

先住民議員の選出については、前回の時とは異なり、規定された50議席に追加する形で行われること、しかも選挙で獲得した有効投票の割合に応じて割り当てられることが昨年末の合意文書「チリのための合意」の中で確認されていました。

具体的には、総投票数の少なくとも1.5%に相当する票数を得れば、1議席を獲得できることになります。2議席を獲得するには3.5%の票が必要で、かなりハードルが高いと批判されていました。

結果的に1議席の獲得となりました。先住民から立候補したのは2名でいずれもマプーチェ族からでした。

また、今回の選挙では、無効票と白票数が多く(合計268万票超)、投票総数の21%超となり、チリでは前例のない事態となりました。

選挙結果を受けて、共和党のカスト党首(2021年の大統領選でボリッチ現大統領に敗れた)は、首都サンティアゴで支持者を前にして、日曜日の勝利は「(チリ国民が)我が国に望む進路を力強くはっきりと示している」と述べました。

一方で、「現在の国の状況がよくないので、祝うことはないもない」とも述べ、悪影響を及ぼしている経済と治安・安全保障の問題に言及しました。

他方、ボリッチ大統領は、選挙での敗北を認め、安全保障と移民問題が国民の意識に深く影響していたことを認めるコメントを残しています。

その上で、右派政党に対して、「祖国のために素晴らしい合意を達成する」よう呼びかけました。これは、幅広い合意(または左派が合意に寄与すること)なく、憲法案が起草される可能性があることに対する懸念の表明です。

専門家の見立てや世論調査によると、今回の結果は、憲法改正に関するチリ国民の関心の薄さが関係しています。以下、英BBCの関連ウェブ記事(2023年5月8日付の2つの記事)を参照してまとめています。

憲法改正に対する関心の低下については、前回の改正プロセスの「失敗」によって生じた影響、憲法改正に期待していた人々の士気を大きく下げることになったことが背景にあると、チリ大学社会学部の政治学者であるオクタビオ・アベンダーニョ氏は説明しています。

これにプラスして、現政権および政治家全体に対する「懲罰的」な意図が込められていると見られています。つまり、政治的なプロジェクトや政策に対する共感・支持で票を投じるよりも、権力の座にある勢力に対する拒否感が強い(批判票)ということです。

そのことが、民意の所在を読み取ることを難しくしており、同時に政府のガバナンスを非常に不安定なものにしていると分析しています。

(2)今回の選挙における「民意」とは

今回の選挙をどのように解釈する(読み解く)かですが、まず挙げられるのは「変革に反対する、非常に厳しい反応」ということです。

昨年9月に新憲法案が否決されて以降、憲法改正プロセスが不透明さを増していることに加えて、経済状況や国内治安の悪化、移民をめぐる摩擦など、現在のチリ社会の現状に対する人々の不満が反映していると見ることができます。

いわば、コロナ禍を前後してチリ社会の政治動向は、左から右へと振り子運動のように大きな変化が生じています。左派にしろ、右派にしろ、いずれも既存の政治システムからは外れた「アウトサイダー」的な存在が、人々の不満の高まりを反映して政治的な影響力を持ってきていることがその背景にあります。

無効票・白票の多さも「不満の表れ」と見ることができます。その意味合いは様々で、今回の進め方に反対する一部の左派グループが無効を呼びかけていたことや、現在の政治制度全般に憤慨している人々、義務投票(強制)に反対している人たちなどが含まれているとしています。

今回の選挙結果の最大の矛盾は、共和党がこれまで現憲法の改正は必要ないと反対の姿勢を示してきたにもかかわらず、新憲法案を起草する機関の主導権を握ることになったことです。

「チリでの憲法改正に反対した者たちが、自らが望む憲法を書くチャンスをものにしたこと」を「大いなるパラドックス」であると、チリ大学行政学部で政治学者のクラウディア・ヘイス氏は述べ、「チリの政治全体にとって大きな課題を提起している」と指摘しています。

これと関連したもう一つの懸念材料は、中道右派も含めた右派が優位に立ったことで、現在の憲法をより保守的なものにする可能性が生まれたということです(社会的紛争と結束・研究センター (COES)の政治学者イザベル・カスティージョ氏のコメント)。但し、合意形成から左派を外すなら、再び憲法改正は失敗するだろう、ともコメントしています。

具体的には、ジェンダー平等、性的マイノリティ・先住民の人権保障、国家の再分配機能の強化などが認められない可能性が指摘されています。

「恐れているのは、新たな条文が承認されないまま、現行憲法がそのまま残ること。議論が紛糾すること。」と、オクタビオ・アベンダーニョ氏は先行きを危惧しています。

クラウディア・ヘイス氏も、「この事態から抜け出す突破口があるかどうかはわからない」としつつも、「来るべき憲法が現行憲法と同じか、より保守的なものになる可能性が高い」と示唆しています。

最終的なカギは12月17日の国民投票となります。「国民が、ピノチェト時代由来の現憲法と同じか、あるいはそれ以上に新自由主義的な新憲法を承認するか、それともそれを拒否して、現状のままになるかが明らかになるだろう。」ともコメントしています。

その一方で、ヘイス氏は、「今回の選挙で共和党がこれほどの驚異的な票を獲得した」ということが、国民の大多数が新憲法を望んでいる意思を示した事実を損なうものではないとも述べています。

というのも、憲法改正の流れを作り出してきた様々な社会的課題(とくに社会的マイノリティの権利保障や再分配を強化した福祉国家の再建)はそのまま残っているからです。

ヘイス氏は、自らの意見として「憲法改正はこの国の完全な民主化に必要な条件である」とした上で、うまくいかない要因として「対話の欠如」を挙げています。

その意味で、今回のプロセスの中で左派が外されるなら、それは「憲法が必要とする条件、つまり、様々な政治的プロジェクトの進展を可能にする、公平かつ平等な政治的競争の場を作り出すことにならない」と、くぎを刺しています。

今回の憲法審議会はいちから草案を書くのではなく、あらかじめ政党によって任命された24名の専門家からなる「専門家委員会」が作成した予備草案に基づいて憲法案を起草することになっています。すでに専門家委員会は審議会が立ち上がる6月7日に提出するための文書案の作成に取り組んでいます。

今は、専門家委員会からどのような予備草案が作成されて、憲法審議会に提出されるのか、議論の行方を注視していきたいと思います。

2023年5月29日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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キューバ 国会選挙と第二期ディアスカネル政権の成立

今回は、『信任票が最も多かった者と少なかった者:キューバの投票統計に見る興味深い点』(ウェブサイト「La joven cuba」に掲載された編集記事 2023年4月3日付)を参照しながら、3月に行われたキューバの国会議員選挙について取り上げます。

今年始まる第10期人民権力全国議会(国会に相当、一院制)の議員選挙が3月26日(日)に実施されました(以下、国会議員と表記)。

日本の市町村にあたる基礎行政区(ムニシピオ)議会の議員選挙は、昨年11月に実施されていて、今後5年間の政治行政を担う一連の選挙はこれで終了となりました。

この選挙の最終結果を、3月31日(金)に国家選挙評議会(キューバの選管)が公表しています。以下、そこから推察されることをまとめていきます。

その前にキューバの国会選挙の性格について少し触れておきます。

国会選挙では、候補者(今回は470名)は事前に「立候補委員会」による指名を得る必要があります。また候補者の数と定員が同数になるため、日本のように複数の候補者が議席を争う「競争的」選挙ではなく、いわば候補者に対する「信任」投票という性格を持つことになります(有効投票の過半数に達すれば当選)。

こうした選挙制度自体が「非民主的である」とする批判があることは承知していますが、ここではその点について深く議論することはしません。

(1)2023年選挙の結果

有権者数 812万9321人
投票者数 616万7605人
投票率 75.87%

有効投票数 556万5640票(投票者数の90.28%)
白票数 38万3316票(同6.22%)
無効票数 21万5920票(同3.50%)

有効投票のうち、
統一投票数(※1) 401万2864票(72.10%)
選択投票数(※2) 155万2776票(27.90%)

(注)各割合の母数は投票者数(616万7605人) 但し、投票率の母数は有権者数

(※1)統一投票:470名すべての候補者を一括して信任する投票方法のこと。投票用紙に一括投票用の欄(円)があり、そこに印(✕)をつける。政府はこの「統一投票」を行うキャンペーンを有権者に実施している。

(※2)選択投票:前者と異なり、投票用紙に記載されている候補者を選び、その氏名の横の欄に印(✕)をつけて投票する。

上記の選管が公表したデータに対して、前述の記事では、それぞれの投票行動(棄権も含む)の割合について以下のようなデータを示しています。母数は有権者数であることに注意してください。

有効投票(68.49%)
白票 (4.72%)
無効票 (2.66%)
棄権 (24.13%) ※投票率の逆

有効投票のうち、
統一投票 (49.38%)
選択投票 (19.11%)

前回選挙との変化を見るために、2018年の国会議員選挙(議席数605)のデータも挙げておきます。

有権者数 863万9989人
投票者数 739万9891人
投票率 85.65%

有効投票数 698万7041票(投票者数の94.42%)
白票数 31万9956票(同4.32%)
無効票数 9万2894票(同1.26%)

有効投票数のうち、
統一投票数 562万0713票(80.44%)
選択投票数 136万6328票(19.56%)

それぞれの投票行動(棄権も含む)の割合についてのデータ。母数は有権者数です。

有効投票(80.86%)
白票 (3.7%)
無効票 (1.08%)
棄権 (14.35%)

有効投票のうち、
統一投票 (65.05%)
選択投票 (15.81%)

今回の投票率について、海外のニュースではその低さ(つまり棄権した人が増えている)を強調して報じていました(日本でも同じ)。

他方、選管の発表では、投票率については、2022年に行われた2つの投票、①基礎行政区(ムニシピオ)選挙(11月)、②家族法改正の国民投票(9月)よりも今回の方が高かったと述べています。

①の投票率は68.58%、②の投票率は74.01%でした。補足ですが、①の投票率については、1976年に現在の選挙制度が始まって以来最も低い数字などと海外では伝えられていました。

選挙の内容・性格がそれぞれ異なるので単純な比較はできないと思いますが、国会議員選挙に限って見れば、今回の投票率が最も少ない数値であったことは事実です。2018年と今回の投票率を比べると、9.78%低下しています。

これに加えて、上記の記事では、全有権者の中で「統一投票」(政府が推奨していた、すべての候補者への一括信任投票)が初めて5割を超えなかった点を指摘しています。

(✻)今回の政府の選挙キャンペーンの標語は、「#YoVotoXTodos」(私はすべての第10期議会候補者に投票します)と、「#MejorEsPosible」(よりよき社会は可能だ)の2つです。

グラフ1 2018年選挙における有権者の投票行動の割合

グラフ2 2023年選挙における有権者の投票行動の割合

注)両方ともパーセンテージの母数は、その時の有権者数

(2)2018年の選挙と今回の選挙の比較からわかること

1つは先にも述べましたが、全有権者の中で有効投票を投じた人の割合が減っていること、とくに「統一投票」をした人の割合が減少していることです。

政府が選挙キャンペーンとして呼びかけている「統一投票」に応じる人の割合が減っているということは、現在の政府の統治に満足していない(あきらめも含めて)人がそれなりに増えていると解釈することができると思います。一方で有効投票のうち「選択投票」をした人の割合は増えています。

それ以外の、棄権(投票に行かない)、行ったとしても白票や無効票を投じた人の割合はいずれも増えています。これも先の解釈を裏づけるものとみて間違いないのではないかと思います。

もちろん、棄権をした人や無効票を投じた人がすべて政府に批判的だということにはならないとは思いますが、「一定の傾向」としてはそう言えるのではないでしょうか。

こうした変化の背景には、コロナ禍前と後という状況の変化、米国でのトランプ政権の登場前と後という変化、こうしたキューバ社会を取り巻く環境の変化が一定の不満として選挙の結果にも反映していると考えられます。そしてそれは当然、政府の対応・政策への「評価」の反映であるとも言えます。

見方を変えれば、選管の報告にあるように、減っているとは言え、有効投票をした人の72.10%が「統一投票」を行っていたことは、そうした状況の悪化にあっても政府はそれなりの支持を勝ち得ていると言うことも可能だということです。

政府の説明を見ると、「統一投票」を求める理由として、それが何よりも革命と社会主義のプロジェクトを守ることの意思表明だということです。また、候補者がキューバ社会の多様性を反映(代表)するように事前に調整されるのでそれを承認する意味合いがあるとも言われています。

各候補の得票の多少に関するランキングを見ると、興味深いのは、政府や共産党の要職にある人物だからと言って、得票率が必ずしも高いわけではないという点です。

例えば、全国規模で見て、最も得票が少ないのは、フェデリコ・エルナンデス候補(カマグエイの共産党第一書記)です(有効票の61.52%)。同様の例(政府や党の要職に就いているが得票率が低い候補)がいくつかあることも確認されています。

対照的に、最も得票率が高かったのは、ガストン・イデアル・マルティネス候補(産婦人科医)の97.54%でした。得票率が高かった他の候補には、ラウル・カストロ氏(94.97%)、マヌエル・マレロ首相(94.91%)などの有名な人がいるのも事実です。

さらに記事では、各県ごとに最も得票が多かった4名の候補者と最も少なかった4名を選んで分析しています。

それでわかったことは、職業で見ると、管理職などの指導的な地位についていない労働者がより多くの票を得ていることです。一方、国の幹部の中では得票が少なかった人が多かったとも述べています。

著名であったり、政府・共産党の要職にある方が「有利」と一般的には見られがちですが、そのようには実際の各候補者の得票率は動いていない、他の要因も加味してみる必要があることを示していると言えます。

これに関連して記事の最後では、ディアスカネル大統領の得票率について言及しています。その得票率は88.78%で、それほどは高くないこと、全候補者470名中の130位、立候補した選挙区であるビジャクララ県内では32名中14位、またサンタクララ基礎行政区内では8名中4位と述べています。

このことからも大統領だから得票率が特別高いわけではないこと、信任度について一定の民意が反映されていると見ることができるように思います。

このようにデータを多角的に見ていくと、各県ごとの投票行動の違い、各候補者に対する信任度の違い、各議員がどの社会的セクターを代表しているかなどを考察するための「手がかり」を与えてくれると記事では述べています。

もう一つ重要なことは、有権者数の動向です。数字を挙げておきます。

2018年国会議員選挙 863万9989人
2022年9月家族法改正国民投票 842万5147人
2022年11月基礎行政区議員選挙 835万1311人
2023年国会議員選挙 有権者数 812万9321人

有権者数が段階的に減っていることがわかります。もちろん死亡した人もいるわけですが、大きく減っているのは海外へ移住する人の数が近年増えていることが作用しています。ここでは詳しく触れる余裕がありませんが、この点も留意する必要があります。

おしまいに、新しく選出された国会議員(470名)の構成について、いくつか数字を挙げておきます。

◎女性議員 262名 (55.74%)
◎35歳までの若者議員93名(19.79%)
◎前期からの継続議員167名 (35.53%)

女性議員が過半数であることは強調すべき点だと思います。

この選挙を受けて、4月19日(水)には臨時議会が開かれ、ディアスカネル氏が大統領に再選出されました。副大統領はバルデス・メサ氏、首相はモレノ氏がそれぞれ再選されています。

キューバの大統領は国会議員によって選出されます。任期は5年、憲法の規定では連続2期までです。5年後には新しい大統領を中心とした政権が誕生することになります。

2023年4月27日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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キューバ 今年の経済見通し

今回はキューバ経済の現状と今年の見通しについてです。

「La Joven Cuba」というウェブサイトに掲載された記事「危機の時代のキューバ経済。2023年の経済見通し」(2023年1月13日付)を参照してまとめてみます。著者は、米ピッツバーグ大でラテンアメリカ研究・経済学の名誉教授であるカルメロ・メサ・ラゴ氏です。

※なお、原文にあるデータなどについて、確認して訂正しているものがあります。

(1)はじめに

まず、今年のキューバの経済成長率予測についてです。

国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会(西語略称:CEPAL)は、前年比プラス1.5%と予測しています(昨年12月公表の報告書)。2022年のプラス2%(政府統計)を下回っています。

キューバ政府のGDP予測ですが、2022年12月12日にヒル・アレハンドロ経済計画相が国会で行った報告では、プラス3%となっています。

両者の予測数値にはかなりの開き(2倍)があります。新型コロナ・パンデミックが猛威を振るった2020年の成長率は、マイナス10.9%の落ち込み、2021年はプラス1.3%でした(いずれも政府統計)。仮に今年の成長率が政府の予測どおりでもコロナ禍前の水準には戻っていないことになります。

今年の経済回復の可能性を考える上で、ラゴ氏は、プラスとマイナスの要因をそれぞれ挙げて考察しています。

(2)経済回復にとってのプラスとマイナスの要因

まず挙げているのが、対外環境の変化です。

昨年来行われてきた米国・バイデン政権とベネズエラ・マドゥーロ政権の対話の影響です。

その結果、2019年にトランプ政権下で中断されていたベネズエラ産原油の米国向け輸出に対する制裁が一時的に緩和されました。

さらに、米財務省は、シェブロン社にベネズエラでの石油生産を再開するための6ヶ月間の期限付き許可を与えました。

これらの措置により、ベネズエラの原油生産量が徐々に増加して1 日あたり 150 万バレルになると推定されています。これはベネズエラの経済回復を一定程度促進することにつながり、同国のキューバへの石油供給の増加を容易にすることで、キューバのエネルギー危機と停電を低減するのに役立つと見られています。

昨年8月、キューバでは、石油貯蔵タンクへの落雷によって大規模火災が発生、発電所が停止するなどの事態に陥りました。

なお留意点として、シェブロン社に与えられたライセンスは米政府によっていつでも無効となる可能性があること、米国への原油輸出再開がキューバへの供給の制限につながる可能性があることも指摘しています。

これと並行して、難しいとしながらも、米国とのキューバ移民に関する交渉がうまくまとまれば、トランプ政権時に課された制裁措置をバイデン政権が停止する道が開かれるかもしれない点にも言及しています。

※昨年5月、米政府は、渡航制限の緩和や米国からの送金上限の撤廃など一部緩和に踏み切っています。

次に、経済発展に欠かせない外貨収入の現状について述べています。

①サービス輸出による収入

主に医療サービスの提供(海外への医師の派遣など)によるもので、一番大きな外貨収入源です。しかし近年(2018 年から2021年にかけて)では、49%も減少したと述べています。

これも、ベネズエラ経済の回復次第でマドゥーロ政権がキューバからの医療サービスの購入を増加させることが考えられるとしています。

またメキシコが、昨年500名のキューバ人医師を雇用する契約を結びました。これは、2020年の事前合意に基づいたものです。メキシコ政府は、新型コロナ対策用の医療サービスの提供に対して620 万ドルを支払う予定です。

他には、ブラジルのルーラ大統領の再選出により、ボルソナーロ前大統領の下で廃止されたキューバの医療サービスの購入が再開されるという期待が高まっています(これについては後述)。

②海外からの送金(2番目の外貨収入源)

送金の額は、2021 年には 10 億 8400 万ドルと、これも減っています。その後、デジタル決済プラットフォームを使った送金の効果もあり、2022年に20億ドルに回復したと見られています。

また、新型コロナによる制限措置が解除されてキューバへの旅行者が増加すれば、送金の「配達人」の数が増えることになると述べています。

人を介した送金は、米ドルに不利な公式の為替レートでの目減りを回避するために行われています。

③外国からの観光収入(3番目の外貨収入源)

世界で新型コロナ感染症が再び深刻な状況にならないなら、外国人観光客の増加による成長が期待できます。

昨年キューバを訪れた観光客の数は合計160万人(推計)で、観光業界の総収入は18億ドルになると見られています。

今年の観光客数が270万人に増加した場合、総収入は約30億ドル (または純収入で12億ドル) になると考えられています。今年の政府目標は350万人です。

観光業の純収入を増やすために政府が提案している対策の1つは、観光業用の輸入品の一部を国内生産の増加で代替することです。そのためには農業・製造業分野での抜本的な改革が求められると指摘しています。

世界遺産にもなっているハバナ旧市街では、観光客が増加することを見越して、ホテル、レストラン、その他の事業所を修復するのための建設が進行しています。

④その他の外貨収入源(財の輸出)

とくに近年の国際市場では砂糖とニッケル価格の値上がりが見られます。この状況ををうまく利用するにはこれらの部門により多くの投資が必要となります。

ニッケルに関しては、2022年10月にカナダの会社であるシェリット・インターナショナル社(大手の探鉱開発企業) との間で合意が締結されました。

当面、両者の合弁会社から受け取るキューバ側の配当の一部はシェリット社への債務の支払いにあてられます。

シェリット社は、債務が返済されれば「積極的に」事業を拡大するための投資を行う考えを明らかにしています。

海外からの投資を増やすための措置としては、2021年末に、観光、バイオテクノロジー、卸売業における合弁事業での投資割合比率の要件が撤廃されました。これまではキューバ側の割合が51%以上であることが必須でした。

もう一つの措置は、民間の中小零細企業への外国投資を許可するものです。これらの措置は重要なステップになりますが、その結果を評価するには時期尚早だとラゴ氏は述べています。

2021年9月、政府は中小零細企業の創設を承認しました。その後1年で承認されたのは5061社(内訳は20%が零細企業、56%が小企業、24%が中企業)でした。

但し、ヒル・アレハンドロ経済計画相は、中小零細企業を含む非国営部門はこの間の経済危機の影響を最も受けていると語っています。これらの部門は国営企業に対する補助金などの恩恵を受けられません。

これらの企業が重要な役割を果たすためには、企業の設立を容易にし、各種のリソースや訓練などの面で必要なサポートを提供することが不可欠であると述べています。

昨年、政府は経済回復を進めるために75の措置を承認しました。

その中には、民間部門と外国投資向けの規制枠組みの設定、公私混合企業の設立の推進、外国人投資家向けの卸売・小売市場の創設など重要なものがありますが、いずれもその実績と経済への影響を評価するような段階にまでは至っていません。

さらに国内の深刻な品不足に対して、政府は、これまで旅行者による食品、医薬品、その他の消費財の持ち込みに対して行っていた制限を部分的に解除する措置を講じました。

食品、医薬品、個人衛生用品に対しては免税扱いとなりました。この決定はあくまでも個人の生活上のためであって商業目的(転売など)は除外されます。

他にも、携帯電話やパソコンなどの関税率も大幅に引き下げられました。これらは緊急的な性格の措置です。

続いてここからは、主に経済発展にとってのマイナス要因についての説明になります。

ラゴ氏は、キューバのマクロ経済指標を分析して、10年以上にわたって様々な指標が悪化していること、現在の経済危機の程度が、ソ連崩壊後の1990 年代の深刻な危機に匹敵するものだと述べています。

かつて経済計画大臣を務めたホセ・ルイス・ロドリゲス氏は、2024 年から 2025 年までは、2019 年の GDPレベル (すでに非常に低かった) には戻らないだろうと見ています。

2023 年の GDP成長率をプラス3%とする政府予測が実現したとしても、今年の経済は2019年の水準を約5ポイント下回っていることになります。

2014年から2020年にかけてのキューバに対する米国の制裁措置の影響(特にトランプ時代)について、ラゴ氏は最近の計量経済学研究による分析に基づいて、制裁の強化がキューバの GDP の成長率を押し下げていることは明らかだと述べています。

その一方で、海外からの送金と観光業が家計消費や民間部門の雇用と売上げを大幅に改善したものの、「国営経済の指標に大きな結果が示されていない」ことも指摘しています。

つまり、民間部門や家計には一定の改善(コロナ禍以前)が見られるけれども、国全体(とくに国営部門)の経済実績の向上には必ずしも結びついておらず、アンバランスが見られるということです。

また、現在の経済問題の責任を米国の経済封鎖だけに帰すように解釈すべきでないとも述べています。

先に、外貨収入源としての医療サービスの輸出について触れましたが、少し補足しておきます。

ブラジルのルーラ大統領は、1月からブラジルで「Mais Médicos」(もっと医師を)プログラム(医師不足対策)を再開する予定でしたが、新しくキューバ人医師を雇用することはなかったと述べています。

ルーラ大統領は、ボルソナーロ政権がこのプログラムを停止した後もブラジルに残ったキューバ人医師や、近年数が増加しているブラジル人医療従事者で対応するとしています。ブラジル経済が以前と比べて悪化していることが背景にあると見られています。

メキシコについても、さらに多くの医師を雇うことが可能としつつも、国内の医師会からの反対があり、キューバ側に支払われる金額は非常に少ないのが現状と述べています。

一方で、公式の統計はないものの、2022 年に海外に移住したキューバ人医師の数が大幅に増加していると述べています。医師の海外流出は、国内の経済状況が改善しない限り今年も続くと見ています。

そうなると、海外での医療サービスの提供が困難になるだけでなく、国内でも医師不足という事態に陥ることになると危惧しています。

次に通貨統合(二重通貨の廃止、為替レートの一本化)による影響についてです。

2021年から施行された通貨統合については、まず経済的に困難な時期に始めたことを問題視しています。

さらに統一した公式の為替レートが適切でないと述べています。エコノミストの多くはキューバペソ(CUP)に対して、米ドルの価値が低すぎると見ていたにもかかわらず、当初は1ドル=24ペソに設定されていました。インフォーマル市場での米ドルの価値が高騰すると、1ドル=110ペソ まで上昇(CUPが下落)しましたが、それでもインフォーマル市場の為替レートはそれを上回っています。

現在の公式レートは、1ドル=120ペソ(昨年8月から適用)です。

これについては、変動相場レートを設定するか、より現実的なレートになるように定期的に調整することが妥当だと述べています。

キューバ経済の発展について何よりも必要なのは投資(とくに海外から)であることは明らかです。マヌエル・マレロ首相も外国からの投資が緊急に必要であるとの認識を示しています。

外国投資を誘致するためのいくつかの措置が発表されていますが、キューバが直面している深刻な障害を考えると、それらは不十分だとラゴ氏は評価しています。

深刻な障害とは、すでに存在する多額の対外債務の支払い不履行によってキューバが「ハイ・リスクの国」と評価されていること、ペソ(CUP)の国際的な通貨交換性への制限、ドルおよび他の通貨にとって不利な為替レートの設定などです。

これによって外国企業が利益を定期的に国外に移転することが妨げられています。

他にも、外国投資が特定の分野に制限されている、例外があるものの出資比率がキューバ側が過半数以上とする要件がある、さらに、従業員の雇用、昇進・解雇、給与の支払いに関して、キューバの国営機関を通じて行うことが義務付けられていることなどが外資の促進の足かせになっています。

こうした制約をどの程度緩和するかは簡単ではないですが、投資を活性化するためには投資法の整備が緊急に必要だと述べています。

以下、各国との経済関係の動向を簡単にまとめています。

①中国

昨年11月、ディアスカネル大統領が中国を訪問した際、キューバに贈与(1億ドル)を行う約束をしました(今年1月、合意文書に署名済み)。

キューバとの経済協力をさらに拡大するための条件として資金の使途についても相互にチェックする体制を作ることになっています。

これに対して、ラゴ氏は、投資した結果として債務が増えることを回避するためにキューバが必要な改革を行うかどうかを見極めたいとする中国側の意向が反映されていると見ています。

②ロシア

貿易は増えているものの、財に関する貿易収支は大幅な赤字になっていると指摘しています(キューバの輸入超過。第5位の貿易相手国)。

債務については、昨年2月、ロシア側がキューバの23億ドルの債務の支払いについて2027年までの返済猶予を決めました(利子は上乗せする)。

ロシアの経済状況もウクライナ侵攻により悪化しています。昨年12月のモスクワへの訪問で、ディアスカネル大統領はロシアから新しい融資を得ることができませんでした。キューバへの総観光客数に占めるロシア人の割合は60%から3.5%へ大幅に減少したと伝えています(※ウクライナ戦争を機に定期便の運用が停止)。

同じような傾向は今年も続くため、キューバ経済の十分な支えにはならないと専門家は予測しています。

③EU

貿易(スペインを除く)は、2021年 7 月に起こったキューバでの反政府行動での逮捕に対するEU側の批判的反応や、ウクライナ侵攻中のロシアを事実上擁護していることなどもあって悪化しています。その結果、昨年に続いて 今年もさらに減少する可能性が高く、投資に関してもスペインを除いてヨーロッパからの投資増は現実的とは見なされていません。

④米国

現在進行中の交渉が実を結ぶためには、キューバ政府はより柔軟な対応をとる必要があるとラゴ氏は述べています。昨年の中間選挙の結果、下院は共和党が多数となり、上院はほぼ拮抗した状況になったことで、両党とも保守派の影響力が強まったことをその理由の一つに挙げています。

(3)最後に 経済政策の方向性をめぐって

キューバ政府が採用している措置について、ラゴ氏は「おおむね前向きなもの」と評価した上で、現在の深刻な経済危機から抜け出し、将来の持続可能な経済発展を促進するには「不十分」としています。ヒル・アレハンドロ経済計画相も、昨年12月に提出した報告書の中で、「経済活動はわずかに回復しているが、対策はまだ必要な効果に達していない」と認めています。

ホセ・ルイス・ロドリゲス元経済計画相は、以下のような優先すべき事項を挙げています。

対外債務の柔軟な再交渉、緊急のインフレ対策、国営企業の改革(特に収益性に関して)、食料とエネルギー分野への外国投資を優先、そして「国の経済状況に関する経済関係者や国民との議論」とコンセンサスづくりを行うこと。

ラゴ氏自身は、現在の政府の政策は「体系的な一貫性」に欠けており、キューバの経済改革の方向性について、中国やベトナムのような「市場社会主義」モデルの応用を提唱しています。

ちなみにキューバ共産党は市場の役割を一定認めながらも従来からの国営企業と「計画」が軸になる経済運営という考えを崩してはいません。

その理由としてラゴ氏は、中国やベトナムの経済実績とキューバの実績を比較評価した結果、前者がはるかに上回っているだけでなく、多くの社会指標でも上回っていることを挙げています。

その上で、現在の経済危機から抜け出し、持続的な経済・社会発展へ向かうには、「オープンで相互尊重に満ちた民主的な国民対話」を通じて、「市場社会主義のモデルへの変更、または北欧諸国の福祉国家のような混合的ではあるが民主的な経済モデルへの変更」について話し合うことを提唱しています。

2023年3月29日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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ペルー 継続する抗議行動

昨年12月に起こったペルーでの政変。その時、自ら「クーデター」を企てたとしてペドロ・カスティージョ前大統領が議会で罷免、前後して逮捕・収監され、代わりにディナ・ボルアルテ副大統領が大統領に就任しました。

その事態に対する民衆の抗議行動が、度重なる国家権力による弾圧にも屈せず、現在も続いています。

※上記の経緯については、過去の配信記事(2022年12月12日付「ペルー 大統領の罷免と『政治的危機』」)をご参照ください。

(1)抗議行動が続けられる理由

昨年12月7日に起こったペドロ・カスティージョ前大統領の罷免から2か月、クリスマスと年始を除いて、南部地域を中心に全国規模で街頭での抗議行動が続けられています。

2月9日(木)には、ペルー労働者総連合(CGTP)などの呼びかけで、全国各地で一斉のスト、抗議行動が行われました。

今回の行動が呼びかけられた直接のきっかけは、2月2日(木)に、2023年に総選挙(大統領と議会)の前倒しを可能にする憲法改正案が議会で否決されたことです(議会での否決は3度目)。

今回の改正案は左派政党から提出された案でした。総選挙の前倒し実施だけでなく、新しい憲法のための制憲議会の設置を問う国民投票も含んだ内容で、右派政党がこれを拒否した結果、成立に必要な票数を得られませんでした。ちなみに右派は政治制度について現在の一院制から「二院制の導入」などを主張しています。

とくに抗議行動が精力的に組織されてきたのが、南部プーノ県の中心都市・フリアカ市です。同市を含む南部地域は、罷免・逮捕されたカスティージョ前大統領の得票率が高い地域でした。

しかも農村部と都市部の対立、貧困層と富裕エリート層との対立といったペルー社会の構造的矛盾がその背景にあります。カスティージョ氏は選挙時に「(資源が)豊かな国に貧しさはもうたくさんだ!」と訴えていました。

その中で、自分たちの利益の代弁者であったはずのカスティージョ氏が議会によって排除されてしまったことに対する憤りや不満が大きいことが一連の抗議行動に表現されていると言えます。

フリアカ市では1か月前(今年1月9日)に、空港の占拠を試みたデモ隊と治安部隊との衝突により17名の死者が出るまでの深刻な事態に至っています。

他方、首都リマでは、1200名以上の治安部隊員が配置され、早朝から警官と兵士が要所となる場所を押さえて、抗議行動に参加していない人も含めて人の交通を遮断しました。9日の当日、リマでは大きな衝突は起こりませんでした。1月28日には首都でも弾圧によって初めての死者が出ています。

ペルーでは、昨年12月14日に全土を対象に非常事態宣言が発出されました(期間は30日間)。これにより、人身の自由、住居の不可侵、集会の自由及び通行の自由などの基本的人権の一部が制限されています。同時に4か所の空港が閉鎖されました。抗議行動に参加しているグループは空港の占拠を試みたり、幹線道路を封鎖したりしています。

その後、今年1月15日から非常事態宣言が延長されました。対象は首都リマや南部地域(クスコ県など)で、延長期間は30日間です。

2月10日現在、抗議行動が始まって以来の死者数が70名に上ることを政府が認めています(9日の行動で1名の死亡が確認されました)。

ディナ・ボルアルテ大統領とその政権の対応について、非難する声が強まっています。デモ隊は「ディナ、人殺し、人民はおまえを拒否する」を歌の節のように繰り返しコールしています。

こうした非難の声に対してボルアルテ大統領は、「辞任するつもりはない。」「私はペルーという国に責任を負っているのであって、祖国を傷つけているごく少数の集団にではない。」と述べるなど、対決姿勢を崩していません。

(2)民衆が提起する3つの要求

対立が激しくなっている背景には、民衆の運動が提起している3つの要求について、表向きはともかく、政権も議会もそれにきちんと応えようとしていないことがあります。

抗議が始まった当初は様々な要求が出されていましたが、現在では共通して次の3つの要求が掲げられています。①ボルアルテ大統領の辞任、②早期選挙の実施、③制憲議会の設置、です。その他には、カスティージョ氏の釈放などがあります。

元々、任期満了となる2026年の4月に予定されていた総選挙(大統領と議会)に関しては、ボルアルテ大統領は就任時に、2024年4月に前倒しして実施することを公表していました。しかし先に書いたとおり、そのための法律の成立が見通せない状況にあります。

大統領の進退についてはあくまで選挙までは続ける意思を示していて、総選挙の実施が決まらないことには事態が前に進まない状態に陥っています。

こうした事態に、抗議行動に参加する民衆の側が苛立ちをつのらせて行動をエスカレートさせていると見ることができます。

③の新しい憲法をつくるための制憲議会の設置は、カスティージョ前大統領が公約として約束していたものです。カスティージョ政権下でもこのテーマは進んでこなかったこともあり、運動側はその実現を重視しています。

このように、今ペルーで起こっていることの背景には、現在の事態を終息させるといった当面のことだけでなく、将来におよぶ国と社会の在り方をどう立て直すのかをめぐる政治的対立があるため、安易な妥協は許されないとする運動側の強い「決意」が感じられます。

度重なる大統領の交代と権力濫用による汚職腐敗が絶えないこと、議会の意向によって大統領を罷免しやすい制度上の問題など、ペルーの政治が信頼を取り戻すには解決しなければならない多くの課題が立ちはだかっています。その一つひとつにどう応えていくのかが明確にならなければ、現在の対立は続くと見なければならないと思います。

2023年2月26日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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