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チリ 新憲法制定のための改正法が成立

昨年9月の国民投票で不承認となり、一旦は挫折したチリの憲法改正ですが、もう一度憲法改正プロセスを進めるための基本文書(「チリのための合意」)が、昨年12月に主な与野党を含む政党間で合意されました。

この「チリのための合意」を具体的に実行する法案審議が年明け早々に始まりました。

1月11日(水)、下院議会が、新しい憲法草案の作成と承認を可能とする憲法改正の手続きに関する法律の改正案を可決しました(賛成109票、反対37票、棄権2票)。

同改正案は、その一週間前の1月4日(水)に、上院で賛成40票、反対4票、棄権2票で承認されていました。

両院で承認された改正法は、13日に公布、17日に官報に掲載されました。

この法令では、50名からなる憲法審議会、24名からなる専門委員会、14名からなる許容性技術委員会の設置や役割などが定められています。

それぞれの役割や構成などについては、昨年12月20日付の配信記事「チリ 憲法改正へ向けて再始動」にまとめていますので、合わせてお読みください。

地元メディアによると、憲法審議会の審議員に選出される市民は、憲法草案を承認するという職務の性格上、他のいかなる公職とも兼務できないことになるため、公職に就いている人は候補者登録をする際にその公職を辞めることになると伝えています。

ここからは、今後のスケジュールをまとめておきます。

まず、上院と下院で、専門委員会と許容性技術委員会の各委員を選出するための会議が開かれます。

委員が決まったのち、両委員会は3月6日に設置されて、活動を始めます。専門委員会は、3か月で改憲草案のたたき台を作成します。

許容性技術委員会は、「チリのための合意」で確認された、憲法の基礎となる12項目に関して、新しい改憲案がその内容を遵守しているかどうかをチェックし、必要があれば修正を求めることになっています。

こうして作成された改憲案のたたき台の中身を検討し、最終的な改憲案をまとめるのが、憲法審議会です。この審議会の審議員は、市民の中から選挙(上院選挙に準じた形)で選出されます。審議会の構成は男女同数原則が適用されます。その選挙は5月7日に実施され、審議会は6月7日に設置、活動を開始します。活動期間は5か月となります。

審議会によって承認された新しい憲法草案は、最終的に国民投票にかけられます。国民投票は、12月17日に実施されます。前回の国民投票では、「承認」か「拒否」が問われましたが、今回は、「賛成」か「反対」で意思を示すことになっています。

今回の再始動に関しては、国会の関与が大きいため、進め方に議員のスケジュールが優先されることや、改憲草案を作成・承認するための条件が煩雑であることに対する批判があります。事実、今回の改正案の審議は上院では二日間だけで、十分な審議ができないとの意見も出ていました。

今後のチリ社会の在り方を決める重要なプロセスである憲法改正の審議が拙速であってはならないと思います。このプロセスが十分に民主主義的なものとして、新たな社会の礎を築いていくことを期待します。

2023年1月28日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
©2023アジェンダ・プロジェクト

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チリ 憲法改正へ向けて再始動

 12月13日(火)、チリ上下院の議長が大統領府(モネダ宮殿)を訪問し、ボリッチ大統領と会談しました。その際、12日に署名された新たな憲法改正に向けたロードマップに関する政党間の合意文書「チリのための合意」を手渡しました。

 以前の憲法案が9月4日の国民投票によって否決されて以降、100日近くに及ぶ交渉を通じて次に向けての合意が結ばれました。文書には、上下両院に議席を持つ主な14の政党と、その他3つの政治グループが署名しています。署名した政党は与野党問わず、左派から右派まで幅広く含まれています。

※極右の共和党(2021年の大統領選を争ったホセ・アントニオ・カスト候補が率いる)は、憲法改正に賛成していないので合意に加わっていません。)

(1)合意文書の中身

「チリのための合意」は次の4つの項目から構成されています。

①憲法の基礎
②憲法改正の機関
③国民投票による承認
④改正へのスケジュール

 ①について。新しい憲法草案はまったくの「白紙」からスタートするのではなく、あらかじめ定められた項目を土台に作成されることになります。その項目は次の12に分かれています。

1.チリは民主共和国であり、主権は人民にある。

2.チリ国家は単一であり分権化されている。

3.主権は、人間の尊厳と、チリ国家が批准した国際条約で認められ効力を持った人権によって制限を受ける。

4.憲法は先住民をチリ国民の不可分の一員として承認する。国家は先住民の権利と文化を尊重し促進する。

5.チリは、社会的・民主的な法治国家である。その目的は、共通利益を促進することである。共通利益とは、基本的人権と自由を認めること、財政責任の原則に従い国家と民間機関を通じて社会的権利の漸次的発展を促進すること、である。

6.チリの国章(エンブレム)は、国旗、エスクード(盾形の紋章)、国歌である。

7.チリはそれ自身、独立し分立した三つの権力を持つ。

a)行政権力。政府の長を持ち、公共支出における排他的イニシアティブを持つ。
b)司法権力。司法機関を備え、確定的かつ執行された判決を完全に尊重する。
c)立法権力。二院制、上院と下院により構成。特にそれぞれの権限と管轄が侵害することはない。

8. チリは、他に憲法上、以下の独立した自治機関を承認する。中央銀行、選挙裁判所、検察庁、会計検査院。

9. チリは、生存権として以下の基本的権利と自由を守り保障する。法の下の平等、様々な形での所有権、良心と信仰の自由、青少年の最善の利益、教育の自由と子どもの教育を選択する家族の優先的義務など。

10. チリは、憲法上、市民権に従属する形で、軍隊、治安部隊(特に軍警察(カラビネロス)と捜査警察)の存在を承認する。

11. 憲法は、少なくとも、以下の4つの憲法上の例外事態を承認する。「estado de asamblea」(対外戦争による事態)、「estado de sitio」(内戦、深刻な内乱による事態)、「estado de catástrofe」(災害による事態)、「estado de emergencia」(国の安全への損害や危険、公共秩序の重大な変化による事態)。

12. チリは、憲法上、自然と生物多様性に対する保全義務を負う。

 ②について。新たな憲法草案は、以下の3つの機関によって起草されます。

・憲法審議会
・専門委員会
・許容性技術委員会

 それぞれの役割を簡単に説明しておきます。

・憲法審議会
 50名で構成。国民の直接投票で選出。候補者名簿と選出結果にはともに男女同数原則が適用される。先住民枠の議席を設ける。

 審議会の目的は、新しい憲法草案を討議し、承認すること。提案された憲法の規定は審議員の5分の3で承認されて最終案に入れられ、最終案も同じ定数で承認される。

・専門委員会
 職業上、専門上、学問上で誰もが認めるキャリアを持った24名の人物で構成。男女同数とする。12名は下院、もう12名は上院によって選ばれる(政治勢力の代表数に比例。各院の議員の7分の4で承認)。

 同機関の任務は、討議の土台となるドラフトの作成、新しい憲法のテキストを起草すること。委員会の採決は、メンバーの5分の3で可決する。

 承認されたテキストは憲法審議会に引き渡され、審議会で討議される。専門委員会は憲法審議会に加わって、発言することができる(投票権はない)。

・許容性技術委員会
 優れた専門的、学術的キャリアを持つ法律家14名で構成。下院が単一の候補者案を策定して、上院によって選出。両院での採決には定数の7分の4の支持が必要。

 同委員会の任務は、技術委員会あるいは憲法審議会で承認された規定が、法律の判例や憲法解釈に基づいて妥当かどうかを判断し、場合によっては、上記2機関に対して条文の改訂を促す。

 3者の役割分担をまとめると、次のような形になります。

 憲法の条文案を作成するのは専門委員会(議会が選んだ有識者で構成)。

 それを審議し最終的に承認するのは憲法審議会(直接選挙で国民が選ぶ)。その過程に専門委員会も加わる(発言権はあるが、議決権はなし)。

 さらに承認された条文案が法的に問題がないかチェックするのが許容性技術員会(議会が選んだ法律家)。問題があると判断した場合、憲法審議会と専門委員会に改訂を促す。

 ③について。新憲法の最終草案は国民投票にかけられて承認・不承認が決定される(義務投票)。

 ④について。憲法改正プロジェクトは、下院議会に提出される議会の発議により開始される。行政府は以下のスケジュールが実現されるように調整する。

2023年1月 専門委員会の設置
2023年4月 憲法審議会の代議員選挙(義務投票)
2023年5月21日 憲法審議会の設置
2023年10月21日 チリ共和国憲法草案の引き渡し
2023年11月26日 義務投票の国民投票による承認

(2)今回の合意内容と以前の改憲プロセスとの違い

 違いの1つは、議会や政党の関与がかなり強くなったことです。憲法草案の最終的な決定は憲法審議会で行いますが、その土台となるテキストは専門委員会が行いますし、一旦承認された規定についても法的な整合性などに関して許容性技術委員会が判断を示すことになっています。

 それら両機関の構成員は議会によって選出されます。また審議会の議員数も前回(憲法制定議会)の155人から50人に減っています。

 それによって前回多かった無所属の人々が少なくなり、議論が政党主導になると予想されています。このように市民による直接的な関与が削がれていることは否めません。

 憲法改正プロセスにおける専門家の関与についてはどちらかと言えば、右派勢力が要求してきたものであり、政治的に見ると今回の合意は、右派に対する妥協の反映であり、それが憲法案にどう影響を与えていくのかは今後も注視する必要があります。

 2つ目は、草案は「白紙の状態」から作り直すのではなく、先に見たように議論するための枠組みがすでに合意されていることです。この点についても疑問視する声があります。

 政党間の交渉が大詰めを迎えた12月7日(水)、ボリッチ大統領が「合意しないより、不完全な合意の方が望ましい。」と発言した内容がこうした事情を物語っていると解釈できます。

(3)合意についての評価

 ここでは主に左派(政党)からの評価を挙げておきます。

 チリ共産党のダニエル・ハドゥエ(サンティアゴ市レコレタ区長)は、SNSで「勇気と信念が足りなかった」と振り返り、今回の合意内容は共産党が提案したものではなかったものの、共産党はこのプロセスに参加すると述べました。それは「自らをチリの主人であると見なし続けている者たちとそこで争うため」だと説明しています。

 ボリッチ政権を支える左派の政党連合「拡大戦線」の一翼を担う社会収束党(CS)のディエゴ・イバニェス下院議員は、「100%選挙で選出される機関を望んでいた」が、議会(上下院)、右派の賛成が「必要となった」と、ラジオ番組の中で述べました。

 また、「すべての人が満足することにならない憲法になることは承知している」が、「しかし最低線として、社会的・民主的法治国家を確立することになる。それは社会的変革を準備することに役立つだろうし、その中で我々は新しい社会契約でまとまっていくだろう」とコメントしています。

 この合意を土台として、できるだけ左派的な要求事項を憲法に盛り込み、そこから実際の社会を変革していくためのヘゲモニー争いの場として今回のプロセスを位置づけていることがわかります。

 最後に、今回の合意発表についてのボリッチ大統領の発言を紹介します。

 ボリッチ大統領は、感謝の意を表明した上で、「我々は必要な一歩を踏み出した。より良い民主主義、より多くの自由と社会的権利のための新しい社会契約に向けて決定的な一歩になることを期待している。」と述べました。

「チリの国民は我々に二度目のチャンスを与えてくれた。我々には最近の経験から学んでそれに応える義務がある。」

「私は、実現したこの合意を評価する。かつてのプロセスから学んだことが重要である。つまり、(最終案を承認する)主権を持った機関(注・憲法審議会のこと)は100%選挙で選ばれた機関であり、専門家の役割は決定のプロセスに寄り添いながらアドバイザーとしての役割を果たすことであり、誠意を持って合意に達することについて信頼している。」

 さらに、この合意が実現するように政府も協力するとした上で、国会に対しても憲法改正を可能にするための法律の制定をできるだけ速やかに実現するように要請しました。

 右派との妥協を余儀なくされるとは言え、来年以降も新しい憲法、社会変革の実現へ向けたチリ人民の闘いは続いていきます。

2022年12月20日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
©2022アジェンダ・プロジェクト

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ペルー 大統領の罷免と「政治的危機」

(1)はじめに

 12月7日(水)、ペルー国会は、「恒久的な道徳的能力の欠如」を理由としてカスティージョ大統領の罷免を決議しました。カスティージョ大統領に対する罷免決議は今回が3度目でした(1度目は21年11月、2度目は22年3月でいずれも不成立)。

 ペルー憲法には、「議会によって宣告された、恒久的な道徳的・身体的能力の欠如」による「空位」という規定(憲法113条2項)があります。「空位」とは大統領がその地位を明け渡すことです。これは、法定議員数の3分の2以上の賛成票によって承認されます。

 国会(一院制)の定数は130議席ですので87票以上が条件となります。今回の決定は、賛成101票、反対6票、棄権10票でした。これによってカスティージョ氏は失職することになりました。

(2)罷免決議と逮捕・失職に至る経過

 この日の国会では、事前の申告に基づいて午後から、カスティージョ大統領に対する「恒久的な道徳的能力の欠如」による「空位」(罷免)を審議、決議することになっていました。

 その前日にカスティージョ大統領は、「民主主義の破壊を望んでいる」と野党側を非難するとともに、汚職の告発についても無実を繰り返し表明していました。

 そして罷免の動きを阻止するために、午前11時50分にカスティージョ大統領は、「例外的な緊急政府」の設立を宣言し、国会の一時的な閉鎖、夜間外出禁止(7日午後 10 時から翌日の午前 4 時まで)を命じました。

 さらに、今後9か月以内に憲法改正を目的とした新しい国会選挙の実施、司法権力の再編を行う意向を示しました。新しい国会が選出されるまでは政令を通じて統治を行うことも明らかにしました。

 この発表直後、ベッツィー・チャベス首相、アレハンドロ・サラス労働・雇用促進相、クルト・ブルネオ経済・財政相、セザール・ランダ外相、フェリックス・チェロ法相ら13名の閣僚が、カスティージョ大統領の意向は憲法違反だとして相次いで辞任を表明しました。

 カスティージョ大統領担当弁護士もカスティージョ氏の弁護を放棄せざるを得ないとのコメントを公表しました。

 憲法裁判所長官は、カスティージョ大統領の行為を「国家クーデター」と認定した上で、「いかなる者も、権利を侵害した政府に従う必要はない。」と明言しました。

 さらに、国会議員には「自らの権限と能力に従って行動する」よう促すとともに、ディナ・ボルアルテ副大統領に政府の引き継ぎを行うよう訴えました。

 検察庁・国軍・国家警察に対しても、「法に従って行動すること」、「法を逸脱している者に対処すること」を呼びかけました。

 国軍と国家警察は、文書で共同声明を出し、「現行の憲法秩序を尊重する」と述べました。ペルー憲法の規定(第134条)によると、大統領が国会を解散できるのは、同一政権下で国会が内閣に対する信任決議を2度否決した場合となっています。つまり、今回のカスティージョ大統領の宣言はこの規定に反していることを意味します。

 さらに「現行の憲法秩序に反するどのような行為も憲法違反であり、国軍と国家警察はその行為を遵守しない」意思を明確にしました。また、市民に対しては「平静を保つ」こと、国家機関への信頼を呼びかけました。

 国会での審議中、カスティージョ氏とその家族は車で大統領官邸を後にしたことが確認されましたが、リマにあるメキシコ大使館から亡命する可能性があるということで、その途上でカスティージョ氏は現行犯逮捕されました。罪状は、反逆罪(刑法第346条)、職権乱用(刑法第376条)、憲法違反(第46条)でした。数時間拘留された後、ヘリコプターで警察特殊作戦局の本部にあるバルバディージョ刑務所に移送されました(アルベルト・フジモリ元大統領も収監されています)。

 午後1時15分から国会が開かれ、カスティージョ大統領の罷免に関する審議と投票が行われました。そして午後1時 55 分、賛成101票、反対6票、棄権10票により罷免が可決しました。

 11月29日に提出された動議(67名の議員が署名)によると、「恒久的な道徳的能力の欠如」を示す具体的な内容については、大統領自身が関与したとされる汚職疑惑(収賄)や、「市民の福祉を損ない、大統領とその親族の利益を優先して、深刻な問題を抱えた高官を任命することで国家機関を乗っ取り・解体したこと」などが列挙されています。

 汚職に関しては、10月に、公共工事の不正入札による利益の取得を主導したり、調査を妨害したりしていたとする告発が検察によって国会になされていました。

(3)ボルアルテ新大統領の就任と、長引く「政治的危機」

 カスティージョ氏が失職したことにより、副大統領のディナ・ボルアルテ氏が女性初の大統領に就任しました。ボルアルテ氏は、カスティージョ氏が行った議会閉鎖の決定に対しては、はっきりと距離をおいて「憲法に反する行為」と批判していました。

「私は、議会の閉鎖によって憲法秩序を崩壊させるペドロ・カスティージョの決定を拒否します。これは、政治的・制度的危機を悪化させる国家クーデターであり、ペルー社会は法を厳守してこれを克服しなければならない。」とソーシャルメディアに書き込みました。

 ボルアルテ新大統領の任期は、選挙の前倒しが行われない限り、現在の任期が終了する2026年までとなります。

 大統領就任後の最初のメッセージでボルアルテ氏は、「国家的統一政府を設置するために政治的休戦を求めます。そのための責任はすべての人が負わなければなりません。」と断言しました。

「話し合い、対話し、合意に達することは我々の責任です。」「そのために、議会に代表されているか否かに関わらず、すべての政治勢力の間での幅広い対話のプロセスを求めます。」と述べました。

 さらに、取り組むべき最初の措置として「国家機関における腐敗との闘いを開始すること」を掲げ、検察庁と国家代理人庁(Procuraduría)の支援を要請しました。

 ボルアルテ氏の就任は「ペルー初の女性大統領」として注目を集めていますが、今後の政権運営が安定するかどうかは疑問視する向きもあります。政治を安定させ、政策を前に進めるには、野党議員の支持を取り付けることが必要とされるからです。

 2021年7月に誕生したカスティージョ政権は短命に終わりました。この約1年半の間に5つの内閣、約80名に上る閣僚が任命されたことからも、政権がいかに安定していなかったかがわかります。

 カスティージョ氏が大統領選挙に立候補した時の所属政党は左派の「ペルー・リブレ」でした(2020年9月30日に党員登録)。ボルアルテ氏も副大統領候補として同党から立候補しました。

 しかし、カスティージョ氏は党規約への抵触(党の団結の破壊促進)、実施された政策が選挙公約とは異なっている(「失敗した新自由主義プログラムを実施している」)ことを理由に、党員を辞めるように同党からの勧告を受けて、今年6月末に離党しました。

 ボルアルテ氏も「ペルー・リブレ」に所属していましたが、メディアとのインタビューでの発言(「私はペルー・リブレ党のイデオロギーを受け入れたことはない。」)などが問題視されて、現在は離党しています。

「ペルー・リブレ」は21年の選挙では37議席を獲得して最大勢力となりましたが、その後、党内運営などをめぐる対立から多くの議員が党を離れたため(別の政党グループに分かれる)、現在は15にまで議席を減らしています。現在の最大勢力は右派の「フエルサ・ポプラール」(党首ケイコ・フジモリ氏)で24議席です(ペルーの国会は、無所属を除いて13の政党で構成されています)。

 このような経緯がありましたが、今回のカスティージョ大統領の罷免決議に関して「ペルー・リブレ」は必ずしも賛成の立場には立ちませんでした。実際の投票では、反対の6票、棄権のうち9票は同党の議員が投じています。

 いずれにしても、ボルアルテ新大統領にとっては野党勢力との協力が必要不可欠になっていることに変わりはありません。

 しかし、近年のペルー政治を見渡した時、今回のケースが特別だったとは言い難い面があります。2018年から現在までに大統領の交代が繰り返され、6人が大統領の座についていたことになります。

 まず18年3月にペドロ・パブロ・クチンスキ氏が収賄容疑で辞任、2020年11月に跡を継いだマルティン・ビスカラ氏が収賄容疑で罷免、同年就任後わずか5日でマヌエル・メリノ氏が辞任、フランシスコ・サガスティ氏は21年の任期終了まで、21年7月からはペドロ・カスティージョ氏、現在はディナ・ボルアルテ氏と続いています。

 交代が相次いで起こる要因としては、汚職疑惑が大きいわけですが、その一方で構造上の問題があることも指摘されてきました。

 1つは多党制に見られる政治的な分裂状況です。もう1つは議会と大統領との競合関係であり、憲法上、一方が他方の権限を無効にすることができる制度になっている点です。

 具体的には、議会には大統領を罷免する権限があり、大統領には議会を解散する権限があることです。一院制の議会と大統領の間に対立がある場合、こうした制度が国の統治を難しくすることにつながる可能性があると言われています。

 また、今回適用された「恒久的な道徳的能力の欠如」の中身についても、憲法に細かい規定がないため、「解釈の余地」があることが指摘されています。

 今回の交代劇が、近年続いている「ペルーの政治的危機の終わり」をもたらすかどうかは依然不透明です。というのも、国会は引き続き多党に分裂した状況にあって国民の支持が低いことと、罷免を受けて全国各地で数多くの人々が新しい選挙(国会と大統領の両方)の実施を求めて抗議活動を活発化させているからです。

 ボルアルテ新大統領は、10日(土)、新しい内閣を任命しました。任命した17人の閣僚のうち、8人が女性です。元最高検事のペドロ・アングロ・アラナ氏を首相に任命し、汚職反対の行動を取るように指示しました。

※以下の過去の記事もご参照ください。
ペルー 大統領の辞職と政治的危機の構図(2020年12月1日)
ペルー 大統領選挙から見た政治的課題(2021年4月29日)
ペルー 高まる政治的・社会的危機の中で(2022年4月28日)

2022年12月12日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
©2022アジェンダ・プロジェクト

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ブラジル 大統領選と民主主義の再生

はじめに

 ブラジルの大統領選挙は、10月30日に上位2名による決戦投票が行われ、左派・労働者党(PT)のルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルバ候補(77歳)が、現職で右派・自由党(PL)のジャイル・ボルソナーロ候補(67歳)を僅差(1・8ポイント差)で破って勝利しました。

(1)大統領選の結果

 開票結果は次のとおりです(高等選挙裁判所(TSE)のデータ)。投票率は79・4%。

①ルーラ候補、得票率50・9%(6034万5999票)
②ボルソナーロ候補、得票率49・1%(5820万6354票)

 地域別の得票状況を見ると、ルーラ氏は、出身地域でもあり貧困層が多い北東部で票を得ています。

 11名の候補者で争われた10月2日の1回目の選挙(投票率79・1%)では、ルーラ候補が得票率48・4%(1位)、ボルソナーロ候補が43・2%(2位)でした(どの候補も過半数を獲得できなかったため、前述の決選投票に持ち越し)。

 勝利結果が公表されたのち、ルーラ氏は、ツイッターに、ブラジル国旗に自身の左手を載せた画像とともに「デモクラシア(民主主義)」のメッセージを投稿しました。

 ルーラ新政権は来年1月1日に発足します。任期は26年までの4年です。

(2)大統領選出馬までの道のり

 2003年から10年までの2期8年間、大統領を務めた経験を持つルーラ氏が3回目の大統領となるまでの道のりは、自身にとっても、ブラジルの民主主義にとっても平坦ではなかったと左派系のメディアは報じています。

 2016年、ルーラ氏は国営石油会社ペトロブラス絡みの汚職事件への関与(収賄とマネーロンダリング)を疑われ起訴されました。17年に1・2審とも有罪判決となり、18年に収監されました(収監から580日後に釈放)。法律の規定により被選挙権を失ったため、同年10月の大統領選に立候補できませんでした。

 しかし2021年3月8日、エジソン・ファキン判事がルーラ氏の汚職事件に関する1審と2審の有罪判決を無効とする判断を下し、再審理となりました(取り消し理由は、事件との関連で裁判を行った管轄地域が不適切であったため)。

 同年4月に連邦最高裁(STE)がルーラ氏の被選挙権を認める決定を下したことで、今回の大統領選に立候補することが可能となったのです。但し、汚職事件は再審理のため、無罪にはなっていません。

(3)選挙の争点と主な政策について

 今回の大統領選の争点の1つは、ポストコロナの経済と社会の立て直しをどう実現するか、でした。

 結果が公表されたのち、ルーラ氏はサンパウロ市で最初の演説を行いました。そこでも国内の分断の克服と、国の再建、とりわけ貧困との厳しい闘いの必要性を訴えています。

「私たちの闘いは選挙で始まり終わるものではない。 すべてのブラジル人が働き、学び、食べることができるという、公正な国を求める私たちの闘いは、私たちの残りの人生のために続くだろう。ブラジルは私の大義であり、その人民も私の大義である。貧困との闘いこそが命が尽きるまで生きるための理由である。」と述べ、最優先の課題は、飢餓を終わらせることだと繰り返し訴えました。

「2023年1月1日から、私に投票した人たちだけでなく、2億1500万のブラジル人のために政治を行う。ブラジルは2つではない。 私たちは1つのブラジル、1つの国民、1つの偉大な祖国である。」と呼びかけました。

 さらに「家族を再び1つにし、憎しみの許しがたい蔓延によって壊れた絆を作り直す時だ。分断された国に生きることを誰も望んでいない。」と訴えました。

「ブラジルはこれ以上、底なしの巨大な穴、国を分断する見えない不平等とコンクリートの壁とは共存できない。この国は自らを認識し、再発見する必要がある。」と、対立と分断に終止符を打つ必要があるとも述べています。

 ルーラ氏が掲げる新しいブラジルのイメージは「平和、民主主義、チャンスのあるブラジル」です。

 そのために、「ブラジル、世界、人類の主要な問題は、腕ずくではなく、対話によって解決できると信じている。」と言うように、「対話の回復」を強調しています。

 今回の勝利の要因は、「壮大な民主主義運動の勝利」であり、「(その運動は)民主主義が勝者となるために、政党、個人的利害、イデオロギーを超えて形作られた」と説明しています。

 その民主主義とは、「ブラジル人民がよく生き、よく食べ、よく暮らしたいと思うこと」であり、「インフレを上回って常に調整された公正な給与を伴う雇用と質の高い公共政策」のことだとも述べています。

 つまり「法律に書かれたきれいな言葉としてだけではなく、私たちが日々作り出せる、実感できるような何かでもある」、それを「リアルで、具体的な民主主義」と名づけ、「私たちの政府は日々それを作りだしていく」ことを約束しました。

 飢餓の現状に対しては、「私たちは、この国の何百万人もの男性、女性、子どもたちが食べられないでいること、カロリーやタンパク質の摂取量が少ないことを普通のこととして受け入れることはできない。」との認識を示した上で、経済の役割について次のように述べています。

「すべてのブラジル人の間で経済成長を分かち合う、不平等を永続させるためではなく、すべての人の生活を良くするための手段として経済は機能しなければならないからである。」として、食料生産では中小規模の農業生産者への支援、それ以外の分野でも潜在的な創造性を引き出すために零細・小企業に対してできるだけインセンティブを与えることを約束しています。

 また社会的な差別の克服としては、女性に対する暴力と闘うこと、同じ職務での男女同一賃金のための政策を強化する、レイシズム・偏見・差別に反対して不断に取り組んでいくことを約束しました。

 国際関係の分野では、公正な貿易関係に基づいたパートナーシップの再構築、世界的な気候危機に対して積極的に取り組む姿勢を示しています。

 国際的な経済関係では、「より公正な国際貿易」を望むとして、「永久に一次産品の輸出国としての役割をブラジルに負わせるような貿易協定には関心がない。」と主張しました。

 気候危機への取り組みとしては、特に「アマゾン熱帯雨林の保護」を訴えています。気候変動の原因となるガスの排出を大幅に削減するために「アマゾンの森林伐採ゼロ」を掲げています。そのために、違法伐採・採掘などに対する監視・警備を再開するとしています。

 最近の研究では、森林破壊によってこの地域がCO2の排出源になっていると言われています。

 すでに選挙公約としては、「ブラジルの再建と変革プログラムの指針 2023―2026」を公表(全121項目)しています。その中身は、飢餓・貧困対策、労働法の改正、エネルギー・気候変動対策、国営企業の民営化反対など多岐に及びます。決選投票前の10月27日には「明日のブラジルへの手紙」という政策文書を改めて出しました。

 そこに記された飢餓・貧困対策では、最低賃金の引き上げ(インフレ率以上)を実現し購買力の回復を図る、質の良い食料の増産、貧困層向けの雇用創出などの必要性を訴えています。産業政策では、デジタルとグリーンエコノミーへの移行の促進(知識経済へ向けた戦略)を掲げています。

 かつて実施した「ボルサ・ファミリア」(低所得層向け現金給付プログラム)については拡充するとしています。具体的には1世帯当たり月額600レアル(約1万7400円)と6歳未満の子供1人当たり150レアルの支給を考えています。

 ブラジルの飢餓の問題は深刻で、あるデータによると今年の飢餓人口は3310万人(人口比15・5%)、この2年で倍近くに増加しています。失業率も低下しているとは言え、8・7%に達しています。いずれにせよ財源の確保が課題となります。

(4)ボルソナーロ陣営の対応と今後の動向

 敗れたボルソナーロ大統領は、選挙直後に正式に敗北を認めるコメントは出さずに沈黙を守りました。2日後になって「憲法のすべての戒律は尊重する」との発言を行いました。

 一方、ボルソナーロ氏の支持者たち(主にトラック運転手)は、選挙の不当性を訴えて幹線道路を封鎖(全国20州以上で230カ所超の封鎖)し、軍の介入を要求し始めました。

 この道路封鎖についてボルソナーロ大統領は、不当だとする感情に理解を示しながらも、「合法的な」抗議方法ではないとして、他の形で行うように促しました。政権の移行作業については同意し、政権移行チームが立ち上がっています。

 連邦最高裁は封鎖解除の決定を下し、連邦高速道路警察(PRF)が解除に動きました(次第に減少)。

 大統領選とともに行われた議会選挙(総議席、上院は81、下院は513)では、自由党が議席を伸ばして上院14、下院99の第1党となりました。ブラジル議会は多党制なので、他の保守政党との連携次第で過半数を得る可能性があります。

 一方、労働者党は上下両院とも少数議席(上院9、下院68)です。

 このように立法府との関係で見ると、新政権の船出は決して安定優位が確保されているわけではなく、十分に困難が予想されています。

2022年10月22日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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キューバ 改正家族法の成立

先月末の9月25日(日)、家族法の改正案の是非を問う国民投票が行われ、賛成多数で可決しました。翌26日にディアスカネル大統領とエステバン・ラソ人民権力全国議会議長が署名し、27日(火)に官報に掲載されて発効となりました。

今回はこの改正について取り上げます。家族法の改正の動きと内容については、第46回配信記事の「家族法の改正へ向けて」(2022年2月27日)でも取り上げていますので、そちらもご参照ください。

(1)国民投票の結果

国民投票の最終結果は以下のとおりです。データは全国選挙委員会(CEN)10月4日公表。 

有権者数 845万7978人
投票者数 626万9427人 投票率 74.12% 投票は海外からも実施。
有効票数 590万9385票(94.25%)
賛成票 395万288票(66.85%)
反対票 195万9097票(33.15%)
白票 20万2164票(3.22%)
無効票 15万7878票(2.51%)

今回の国民投票の設問は、「あなたは、家族法(改正)に同意しますか?」というものでした。

25日の国民投票のわずか2日後の27日には、キューバの西部にハリケーン「イアン」が上陸、多数の家屋倒壊や全土での停電が発生するなど、大きな被害をもたらしました。国民投票の最終結果の公表が遅れたのもそれが原因と言われています。

(2)改正家族法での大きな変化

国民投票で承認された家族法改正の最終案は25版目に相当し、7月22日に人民権力全国議会(国会)で採択されたものです。

新しい家族法は、全体が11章に分かれ、474条から構成されています。その他に移行措置や最終措置などが含まれています。

法案成立による大きな変化としては、日本のメディアでも報道されていましたが、同性婚が合法化されたことです。キューバは、世界で33番目の同性婚が認められた国・地域となりました(NPO法人EMA日本のサイトより 2022年10月時点)

改正家族法の第2条(家族の承認)2項では、「様々な形の家族組織は、愛情関係に基づいて、姻戚の性質に関わらず姻戚間、配偶者または事実上のカップルの間で作られる。」と規定されています。

「姻戚」については第16条に規定があり、姻戚関係とは「同じ一つの家族の構成員となる2人の間に存在する法的関係」として、結婚や事実婚などを根拠にしています。

他には、LGBTカップルによる子どもの養子縁組の承認、非営利での代理出産の承認などが規定されています。

それ以外にも、離婚に際しての未成年者や祖父母の間の連絡を保護したり、子どもの親権、資産の分配、相続などの面で家族内で権利を侵害する者への罰則を認めるなど、子どもや高齢者の権利保護についても多岐にわたって規定しています。

(3)法改正についての評価

「家族法は、すべての人とすべての家族の権利を広く保障するのに貢献しています。ジェンダー間、世代間の関係をより一層民主化することに寄与しています。」と、国立性教育研究センター所長のマリエラ・カストロさんは、国民投票の前にスペインのEFE通信社にコメントしていました。マリエラさんは、国会議員としてもキューバにおける同性婚の合法化に向けて活動を続けてきました。

キューバの俳優でLGBTの権利擁護の活動を行っているダニエル・トリアナさん(25歳)は、BBCの取材に対して「ついにキューバで、数多くの同性愛者たちの愛、婚姻、人生の正当性が法的に認められたことは、嬉しく、私と私のコミュニティの人々の存在すべてを取り戻すものです。」と答えています。

その一方で、キューバ司教会議(カトリック教会の組織)は、「法案の条文の多くが支持している、いわゆる『ジェンダー・イデオロギー』の内容を法律に導入することはキューバの家族に利益をもたらさない。」とウェブサイトに反対の声明を公表していました。

特に、同性婚、同性カップルによる養子縁組、代理出産に関して、カトリックの信仰や価値観に反すると考えています。

ただし、家庭内暴力を規制したり、高齢者と未成年者の権利の保護に関連する条文については支持する考えを示しています。

また、家族法改正に反対する人々は、ツイッターで「#YoVotoNo」(私は反対に投票する)、「#CodigoNO」(改正法反対)のハッシュタグを付けて「反対」の意を表明していました。その理由の中には、現在のキューバ社会が直面している経済的な苦境に対する不満や国民投票の透明性に対する疑問などが含まれています。

これらは、政府が進める家族法改正「賛成キャンペーン」に対して、政治的意見の表明としてあえて「反対」を掲げている側面があるとされています。

国民投票前には、テレビ・ラジオや新聞などを介して幅広い「賛成」キャンペーンが行われていました。SNSでも「#YoVotoSi」(私は賛成に投票する)、「#CodigoSi」(改正法賛成)のハッシュタグをつけたメッセージが拡散されました。

先のダニエル・トリアナさんは「体制とは意見を異にしている。私たちは家族法改正を支持するが、非常にデリケートな政治的・倫理的立場にある。」と、政府とは一線を画す立場にあることをBBCの記事の中で語っています。

革命後に同性愛者の人権が抑圧されてきたかつての歴史を踏まえれば、今回の法改正はLGBTの人権擁護の観点からは「前進」として評価されるべきだとは思います。その上で、以前から続いている経済面での苦境からいかに脱していくのか、政府の政策の有効性を含めて評価していくことが必要ではないでしょうか。

参照記事 BBC News Mundo配信記事「家族法:キューバでの同性婚の合法化に向けて議論となった規則」(2022年9月23日 同月26日更新)

2022年10月24日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
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