1.2019年10月大統領選挙の実施と結果
2019年10月20日、総選挙(大統領、国会議員)が行われました。10月25日に最高選挙裁判所(TSE)が公表した大統領選の最終結果は以下のとおり。
モラレスの得票率47.08%、過半数には届かなかったが、2位のカルロス・メサの36.51%を10.57ポイント上回り、決戦投票なしでモラレスの勝利を認定。
当選基準は、①得票率5割以上か、②得票率4割以上かつ2位との差が10ポイント以上のいずれかで、今回は②の条件を満たしていたかが焦点となりました。
(1)2通りの集計システム
票の集計は次の二通りで実施されました。①「予備的選挙結果伝送システム」(TREP)と呼ばれる迅速な集計システム。
これは、作業を請け負う民間企業と市民登録サービスが共同で実施。事前に決められた技術スタッフ(市民)が各投票所からモバイルを使い投票用紙を撮影、その電子情報をTSEに伝送します。但し、エラーチェックがなされたものではなく、農村部ではインフラが未整備でアクセスに格差があるなど情報としては不完全。あくまでトレンドを示すものです。
②正式の集計システム。法的拘束力を持ち、①より完全で正確だが集計に時間がかかる。TSEが最終結果を決定し知らせるためのものです。
これは、投票所から各県の選挙裁判所に票が集められ、エラーチェックを経た集計用紙には、陪審員制に類似して、市民から選出された六名の署名が必要とされます。また政党の代表者の立ち会いも可能で、これらの結果がTSEに伝えられます。
TSEは、①は開票率80%までの結果であり、②が公式の結果であることを事前に説明しています。
実際のTREPの経過ですが、第一報では、開票率83.85%、モラレス(45.71%)、メサ(37.84%)、その差は7.87ポイント。
その後、約24時間後に更新された時点では、開票率95.30%、モラレス(46.86%)、メサ(36.72%)、その差が10ポイントを超えていました。
この「空白の時間」と「ポイント差」について疑問を呈して介入したのが選挙監視団として参加していた米州機構(OEA)でした。
21日、OEAは「投票後に周知された予備結果の傾向を正当とすることは難しく、この劇的な変化に対して驚きと深い憂慮」を表明しました。監視団を派遣した欧州連合(EU)もこれに同調します。
これに対してモラレス政権は、開票作業の検証を呼びかけ、OEAによる検証が10月31日から始まります(同じく参加を打診された野党側のメサは一方的に決められたものとして拒否)。
11月10日、OEAは中間報告を公表し、開票速報が選挙当日の夜から約24時間「中断」したことを問題視し、また10%以上の差があったかどうかは確かではないと結論づけて決戦投票の実施を求めました。12月4日に公表された最終報告書でも明確な証拠は提示されることなく「重大な不正の存在」を確認したと結論づけました。
(2)「不正選挙」だったのか?
最初のOEAの疑義に対しては、米国にある経済政策研究センター(CEPR)が批判するレポートを公表しました(11月8日)。
そこでは、得票率に関するTREPのトレンドと最終結果のそれは一貫している、OEAは選挙についての組織的で一般的な不正があったとする証拠を示していない(この点は野党も同様)、両者の差が拡大したのは、与党支持層の多い農村部からの開票が遅れていたことで説明可能と述べています。また、TREPの速報が「中断」していた間も公式の開票作業は続けられていました。
2.抗議開始からモラレス辞任まで
20日、野党候補のメサが支持者に不正がないように監視することを呼びかけました。21日には、メサが選挙について「言語道断な不正」と批判し、「市民が歪曲され不正に操作された結果を受け入れないと確信している」と訴えました。ここから抗議行動が始まり、全国へと広がっていきます。
反モラレス勢力は、当初は決戦投票の実施を求めていましたが、のちに大統領選挙の無効と再選挙へと要求を変化させていきます。TSEの人事の一新なども求めました。そのために、全国各地で無期限のストライキ、道路の封鎖などの行動に出ます。この過程で与党「社会主義運動」(MAS)の選挙事務所や県の施設などを襲撃し、放火事件も発生しました。反対派は、「我々はキューバでもベネズエラでもない」というスローガンを掲げていました。
モラレス辞任を求める抗議行動の中心人物の一人がルイス・フェルナンド・カマチョ(サンタクルスの弁護士、企業家)でした(東部のサンタクルスは富裕層が多く反MAS派が強い地域)。カマチョは、思想的にはキリスト教保守派で、「ボリビアのボルソナーロ(ブラジルの現大統領で極右派)」と評されています。
一方、モラレス率いるMAS支持層は「選挙結果の尊重」を訴え、同じくデモや道路封鎖(それを通じて都市の包囲)を行うとともに、反政府側の封鎖を解除する実力行使に出ました。そこで両者の暴力的な衝突が起こり、国家警察の治安部隊が介入する中、多数の負傷者、死者が発生しました。
(1)辞任に至るきっかけ
11月8日、コチャバンバにある国家警察の作戦指揮部隊(UTOP)の隊員たちが反政府勢力の鎮圧命令に造反。国家警察署の建物の上でボリビア国旗を掲げて反旗を翻す姿がテレビで放映されました。隊員の一人は「我々は上官ではなく国民とともにいる」とコメント。こうした動きはスクレ(憲法上の首都)やサンタクルスの国家警察部隊にも拡大していきます。
9日、ラパス(行政・立法府のある事実上の首都)では、大統領府の前にあるムリーリョ広場を警備していたUTOP隊員が国家警察署に引き上げる事態が発生。国家警察官たちは労働条件の改善(軍人と同じ賃金など)を要求します。
同日、モラレス大統領は野党に「開かれた対話」を呼びかけますが、野党側のメサは「モラレスとその政府とは交渉する必要はない」と拒絶。
軍が選挙後初めて声明を発表し、軍はボリビア国民とは対峙せず、政治的な解決を求めていることを強調。一方、モラレスは軍の動員については否定的な姿勢を示しました。
10日、軍の最高司令官のウィリアムズ・カリマンが他の司令官とともに、平定をもたらし安定を保つことができるとして、モラレス大統領に辞任することを求める声明を読み上げました。
この行為の法的根拠として、軍隊組織法第20条(軍の高官の権限と責任の一つに、「適切な解決策を対応する者に示唆するため、国内外の紛争状況を分析する」)の規定を引用しました。
新しい選挙の実施を呼びかけていたモラレスは、こうした事態を受けて大統領辞任を表明。暴力が続くのを回避し、国の利益のためであることを強調すると同時に、反対派のグループが妹の家やオルーロとチュキサカの県知事の家に放火したことを非難しました。
その後、モラレスはメキシコへ亡命(到着は12日)、12月12日にアルゼンチンへ再亡命します。
メディアとのインタビューの中で、今回の事態は、在ボリビア米大使館を通じて画策された右派勢力によるクーデターであり、その目的には、同国に埋蔵されている希少金属のリチウムの開発と独占化があることを指摘して批判しました。
(2)「クーデター」を示唆する会話
ボリビアのデジタル・メディア Erbolは、モラレスの大統領続投を阻止する計画についての16の音声会話の録音とその概要を報じました(2019年11月3日付)。
この中で、反政府派の市民活動家、政治家・元軍人、米国関係者らが、総選挙前後で不安定な社会状況を作り出す計画について会話をしています。
例えば、モラレスが続投した場合、ボリビアへの経済制裁を進めるために、マルコ・ルビオ、テッド・クルスら米国上院議員との約束があることや、総選挙を無効にする前提条件として軍・市民の反乱を起こし、全国的なストライキを組織する戦略を進めることやこうした行動を支持する軍・警察メンバーが存在していること、住民の中に恐怖の念を抱かせるためにMAS支持者の住居を攻撃するといった内容が語られています。
また、米国在住の反政府派であるカルロス・サンチェス・ベルサイン(先住民らがガス資源の国有化を求めた2003年「ガス戦争」時の国防相)から50億ドルの資金を受け取ることや、選挙結果についての世論操作のために投票速報の装備を手に入れることも話し合われています。
この他にも、アリエル・バステイロ元在ボリビア・アルゼンチン大使がインタビューの中で、クーデターはCIAの資金提供(NGOを経由)によって引き起こされたものであることが、数年のうちにはっきりするだろうと答えています。(Página 12 11月11日付)
3.アニェス暫定大統領と新しい選挙へ向けた動き
(1)大統領の「継承」とその後
11月12日に上院副議長で中道右派のジャニーネ・アニェスが大統領として宣誓しました。
憲法169条の規定では、大統領の失職(死亡、辞職、その他の原因)について、①副大統領、②上院議長、③下院議長の順で職務を引き受けなければならないとしています。
今回の場合、正副大統領以下、上下院議長までが辞任したため、両院議会は新しい議長を選出する必要がありました。開催の法的な定足数を満たすには、両院の多数を占める与党MAS議員の参加が必要でした。MAS側は両院でまず議長を選出することを求めましたが、この要求は受け入れられることなく、MAS議員が欠席した状態でアニェスの暫定大統領就任が認められてしまいます。憲法裁判所もこの即時の継承を承認しました。20日、MAS議員団は臨時選挙法案を提出し、その中でアニェス就任を「認める」に至ります。
就任後、内閣が一新され、軍・警察、TSEの人事も変更されました。対外的には11月にベネズエラ、2020年1月にキューバとの外交関係を停止し、ベネズエラ・キューバが進めてきた米州ボリーバル同盟(ALBA)からの離脱を表明しました。生産開発・多角経済省のウィルフレド・ロホ大臣は、モラレス政権の国営化路線に対して民営化推進の立場を明確にしています。
一連の事態にMAS支持派は抗議し、デモの呼びかけも「今こそ、市民戦争を!」と過激化していく中で、野党勢力、警察との間で引き続き暴力的衝突が起こります。
11月14日、アニェスは、国内秩序の回復と安定化のための行動に参加する軍の兵員について刑事責任を問わないとする法律(政令4078号)を出します(事態の鎮静化を果たしたとして同月28日に廃止)。
こうした中、米州人権委員会(OEAの一機関)がのちに「虐殺」と評価する事件が、11月15日にコチャバンバのサカバで、同月19日にエルアルトのセンタカで起きます。
それは、「クーデター」への反対と、警察の一部が先住民の旗である「ウィパラ」を焼いた行為に対する謝罪と「ウィパラ」の尊重、モラレスの帰還などを求めた抗議行動(サカバでは平和的な行進、センタカでは石油公社YPFBの天然ガスプラント周辺の封鎖)への軍・警察の発砲を伴う弾圧でした。これにより少なくとも18名の死者が出ています。
10月総選挙以降の一連の衝突では合計36名の死者が出たと言われています。こうした中、12月18日に検察からモラレスに対して暴動扇動容疑で逮捕状が出されました。
(2)新しい総選挙へ向けて
1月3日、TSEが新しい総選挙を5月3日に行うと発表しました。昨年制定の選挙法によりモラレスは大統領選に立候補できませんが(2期連続の任期を終えているため)、MASの参加は政党資格を失っていないため可能です。その後、アニェス政権の任期は次の選挙まで続くことが認められました。
1月19日にMASの正副大統領候補が公表されました。大統領候補がルイス・アルセ(経済学者。モラレス政権の経済・財政大臣を2期務め、経済の高成長に貢献)、副大統領候補がダビッド・チョケワンカ(アイマラ族出身。同じく外務大臣を務める)です。反MAS派では、メサ、アニェス、カマチョが立候補を表明しています(2月3日、立候補の登録締め切り。大統領選は8名による争い)。
1月初めに公表された各種世論調査では、いずれもトップはMAS候補で、それをアニェス、メサ、カマチョが追う展開です。
決戦投票になった場合も含めてMASの得票率や上下院での獲得議席数がどうなるかにもよりますが、現在の政治的な対立構造が今後も続くことが十分予想されます。
なお、MASはモラレスを上院議員の候補者リストに入れていましたが、TSEは「永住資格」を満たしていないとして認めないことを明らかにしました(2月20日)。
ここで、モラレスとMAS側の問題点について触れておきます。一つは、モラレス再選への固執です。再選は、現憲法の再選2期までとする制限を削除するために実施した2016年の国民投票で否決された後に憲法裁判所の判断で「出馬可能」とした経緯があります。これは後継者ができていない問題でもあります。1月17日、モラレスは4選出馬を間違いだったと発言しています。
二つ目は、左派・リベラル派からの支持を失ってきたことです。イシボロ・セクレ国立公園先住民居住区内での道路建設計画をめぐる先住民や環境活動家との対立(計画は停止)はその一例です。
これらの問題は、左派・リベラル派の社会運動の高まりによって政権を獲得した後の国家と社会運動とがどのような関係を作っていくべきかを改めて問い直していると言えます。
4.新型コロナウイルス感染拡大と大統領選挙の延期
選挙へ向けた活動が行われていた中、3月10日、ボリビア国内で2名の新型コロナウイルス感染者が初めて確認されました。2名ともイタリアへの旅行から帰国した人(60代の女性)でした。その後、感染者数は2266人に増え、死者の数は106人に上っています。(米ジョンズ・ホプキンス大学のサイトより、5月9日現在)。
3月18日から部分的な隔離措置を実施。
3月21日、政府は全国的な隔離措置(22日から外出と活動制限)の実施に踏み切りました。(4月29日、この措置を5月10日まで延長することを発表。その後は、地域ごとに感染状況に応じて制限を緩和していくとしています。)
3月25日、政府は「公衆衛生緊急事態」を宣言し、新型コロナウイルス感染を防ぐための措置をさらに強化することを決めました(3月26日から4月15日まで実施。5月10日まで延長)。
これにより、ボリビア国民が外出できるのは、平日では一週間に一度、食料や医薬品などの調達のみです(一家族につき一人まで。年齢は18~65歳までの者で、IDの末端ナンバーによる。時間は午前7時~昼の12時まで)。土曜・日曜は原則外出禁止(緊急時などは除く)。
違反者は、1000ボリビアーノス(約150米ドル)の罰金、8時間拘束されます。活動には軍隊と警察が参加。
他にも、3月26日から全面的な国境閉鎖、飛行機の国際便の中止を実施(その後5月末まで延長)。
大統領選挙など一連の選挙については、3月21日、最高選挙裁判所(TSE)が、5月3日の投票について延期を発表しました(日程は未定)。
4月30日、議会は、MAS議員の賛成最多数で、5月3日から90日以内に選挙を行うとする法案を承認しました。具体的な日程などはTSEが決めるように定めています。
これまでの世論調査では、MAS候補の優位が伝えられており、選挙の日程をめぐって政治的な対立が続いています。
2020年5月11日 西尾幸治(アジェンダ編集員)
この記事は、雑誌『アジェンダ―未来への課題―』第68号(2020年春号)掲載の「ラテンアメリカの現在―分岐する世界の中で―」第三回「ボリビアは何処へ」をその後の情勢も加味して再構成したものです。
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